第121話 無法者を率いる姉妹
一時間かけて山道を走り、着いた場所は大きなログハウスだった。
聞けば母さんの両親が所有する建物で、もう何年も使われていないが一応いつでも住めるように清掃されている。
駐車場にキャンピングカーを停め、皆で中の荷物をログハウスに運び込む。
外は森林で囲まれ、人目につきにくい場所だ。日が沈めば暗くなるだろう。
中は精巧なデザインの内装で、木材を利用した造りになっている。
キッチン、風呂、水道、トイレは勿論、暖炉もある。
ログハウスの設備に皆は大喜びだ。
「凄い。風呂場が大きい」
「冷蔵庫もでかいな。これなら酒が美味く飲めそうだ。後で冷やしとこ」
「…………!」
「エマも気に入って何よりです」
ただ、母さんはすぐに2階に上がってしまった。
俺は母さんを追って2階に上がり、ベランダにいる母さんと話す。
「どうしたんだ?ずっと様子がおかしかったぞ」
「ごめんね。ちょっと……色々あって」
「実家はどうだった?何か言われたのか?」
母さんは深呼吸すると、哀しい顔で語ってくれた。
門を越えて家に入った母さんが見たのは、もぬけの殻の中だった。
家具も電化製品も何もかもが消え、それどころか住んでいる人も見えなかった。
気になって詳しく調べると、古びた差し押さえの札。
母親の部屋に入り、そこにあった手帳で何が起きたのか知った。
父親は癌で亡くなり、母親もくも膜下出血で死んだ。
母さんの兄や姉、親族は金野のターゲットにされ、社会的に抹殺された。
当時、母さんの両親はコネや権力を持っていた。兄弟達も優秀。
そんな家族を邪魔に思った金野が極道や半グレを使い、自己破産するように仕掛け、全員抹殺したのだ。
もうこの世に母さんの家族はいない。
その事を告げられ、俺は重く受け止めた。
「連絡がないからある程度察してた。だけど、全員死んだなんてね。流石に狂いそうだった」
「……悪い。行けば良かった」
「大丈夫よ。もう受け止めた。充分あっちで発散したし」
発散て……いや、聞かなかった事にしよう。
「ごめん。まだ残ってるや。ちょっと……失礼」
母さんが声色を震わせて言うと、涙を流した。
俺は静かに母さんの肩に手を触れる。
後ろに父さんが来ていた。後は夫婦で何とかしてもらおう。
「母さん。父さんと代わる」
そう言ってベランダを出て、俺は父さんと役を交代する。
「悪いな。ここからは夫の役目だ」
「頼んだ。俺は仲間といる」
俺は下に降りて、仲間や零に事情を教える。
黙って俺の話を聞いてくれ、質問や意見は言わなかった。
すると、零が俺に話しかける。
「後でお母さんを慰めようよ。今まで迷惑かけたから」
「そうだな。それが良い」
俺は目を閉じて、母さんの泣いた姿を思い出して、少し自分を責めた。
「お疲れ様です頭取」
風呂から出た金野は使用人からタオルを受け取り、そのタオルで顔を拭った。
そのままリビングのソファーに座り、ウオッカを飲む。
しばらくウオッカの味を楽しんでいると、電話がかかってきて、その電話に出る。
「俺だ」
『頭取、やはり奴ら来ました。途中から姿消しましたが、すぐに見つけます』
「そうか、死ぬ気で探せ。借金が増えたくないだろ?」
『は、はい!全力で探します!』
金野は電話を切り、別の相手に電話を繋げる。
「おい姉妹、話は聞いてるな?」
『はい、頭取。例の奴らの事ですね』
「そうだ。念のため兵隊をかき集めろ。奴らはお前らと対等に戦えるぞ」
『そうですか!それは楽しみです!妹にも伝えておきます』
「シノギはいつも通りやれ。ただし護衛を増やせ」
『お任せを、頭取』
電話を終え、金野を再びウオッカを楽しんだ。
翌日、俺は御殿場の町を歩いていた。
昨日の夜は母さんが飲みすぎて、暴走を止めるのに苦労した。
今、父さんは二日酔いの母さんとログハウスにいる。
他の皆は俺と同じく町の調査だ。
今回は優子と共にし、後で合流する予定だ。
それにしても本当に人気がないな。こんな寂しげな町だっけ?
スマホの地図を頼りに地形や建物を覚えておると、中学校が見えた。
御殿場市の学校は通常通りだ。今は午前中だからまだ学校に生徒がいるだろう。
しばらく町を歩いていると、早速後をつけている人間を感じた。
路地に入り、尾行している人間を誘い込み、来た瞬間に壁にぶつけて、地面に倒す。
「よう。会いたかったぜ」
ソイツを立ち上がらせて壁に押し付ける。
「お前は監視役か?ヤクザでも半グレでもないな」
「俺は普通の会社員だ!」
だろうな。尾行されてる事には随分前から感じてた。
素人だと予想していて良かった。かなり加減したから相手が話す余裕がある。
「何で俺を尾けてた?金野の指示か?」
「借金の返済の為に仕方なかった!会社もクビになったし、すがるしかなかった!」
金野は債務者を利用して、監視役を雇っているのか。
コイツは本当に民間人だ。話すだけの情報はない。
俺は監視役を解放し、見逃す事にした。ただし、二度と姿を表すなと念入りに言った。
監視役を逃がし、歩道に出ると優子と会った。
「今のは監視役ですか?」
「ああ。お前も会ったか?」
「はい。同じく借金で苦しむ市民でした」
「どこ歩いても目につくな。帰る時は予め決めたルートだ。それなら人目につかない」
優子が頷き、俺と一緒に歩道を歩く。
端から見るとカップルに思えるが、俺と優子は仲間だ。やましい事はない。
「日本にも犯罪地域があるのですね。まるで海外の犯罪都市みたいです」
「御殿場はレアケースだ。あっても小規模だからな。ここは金野が作ったようなもんだ。元に戻さないとな」
「シンガポールとメキシコの一件と関係があると思いますか?」
「まだ分からないが、その2つの件で俺の事は知られたかもな。だから俺を公安を利用してまで痛め付けたんだ」
「もう2度と拷問させませんよ。私がいるんですから」
心強いぜ、優子が隣にいるとな。
優子と話ながら、色んな町を調べたが特に成果はない。
ただ監視役が距離を保って俺達を見ていただけだった。
そうして公園まで歩くと、怪しげな連中が集まっていた。
若者だらけだが、顔は悪人。地元の不良か、それとも半グレか。
無視して進もうと思った時、その集団の中に少女がいた。
藤色の髪の顔に仮面を着けたような表情の変わった少女だった。
「皆、報告ー。どうだった?」
「バッチリ取れましたぜ!やっぱり老いぼれとギャンブル狂いの人間は少し金をチラつかせたらがっぽり出してくれました!」
「そう。すぐに頭取に送ってね。そしたら奢るから」
周囲の半グレ達が口笛を吹いて大はしゃぎしていた。
会話の内容がこっちの耳に入る程大きかった。
半グレめ、汚い稼ぎなんかしやがって。
足を止めてそう思ったのがダメだった。1人の半グレが俺達を見つけた。
「おい、何だお前ら?」
すぐにぞろぞろと接近し、半グレが俺達を囲んだ。
「何見てやがる。俺達のファンか?」
「それは絶対にない」
「迷惑ですので、退いて下さい」
優子を見た半グレ達の目付きが変わった。相変わらず半グレのゲスな考えには反吐が出る。
「おいお嬢ちゃん。良い体してんじゃん。良かったら一緒にどう?」
「てめっ、俺が先約だ!」
勝手に揉めている所悪いが、優子はお前らと釣り合わない。
「俺の仲間に手を出すなら相手になるぞ」
「はっ、てめえなんかコテンパンにしてやるよ」
半グレ達が腕を鳴らし、俺の前に立つ。
やる気なら応えてやると俺も拳を構える。
すると、少女が半グレ達を止めた。
「ちょっと待って。彼ら、もしかして頭取が言ってた2人じゃない?写真で見たよ」
「本当ですか姉さん?」
「ええ。まさかここで会うとはね」
半グレが少女に姉さんと慕うように言った。
この少女、半グレを従えているなんてただ者じゃないな。
「初めましてお二人さん。私はこの市の半グレ組織のリーダー、紅蓮里美。18です。よろしくね」
「丁寧に挨拶するんだな。半グレの見方が変わったぜ」
少なくとも理性的な半グレはここ数年で初めてだ。
普通の半グレはフレッシュで無法者だから頭をあまり使わない。
だが、里美は明らかに冷静沈着だ。だから組織のリーダーを務めているのだろう。
「ここで何してたの?何もない町だけど」
「ここまで歩いてそう思った。監視が鬱陶しいんだなこの町は」
「ごめんなさいね。よそ者は警戒するのよ」
里美がスマホの時計を見て、皆に声をかけた。
「もう時間よ。ホームに帰ろ」
ほとんどの半グレが軽い返事で了解したが、1人の半グレが里美に待つよう言った。
「待ってくれ。コイツらは頭取のターゲットなんだろ。ここで殺した方が楽だろ」
「この静かな町で?悪いけど、今は気分じゃないからパス」
「し、しかし……うっ!?」
更に反論しようとした半グレだが、里美にストレートを打たれ、腹を抱えて倒れた。
「うるさいわね。さっきから何その反抗的な態度。ねぇ、懲らしめて」
里美の一言で反逆的な半グレを同じ半グレが袋叩きにした。
自分に逆らったと感じた里美の目付きは明らかに人を殺した目だった。
「ごめんなさいね。まだまだ指導が足りないみたい。また今度会おうね。行くよ」
里美は手を振って半グレと去った。ボコボコにされた半グレはそのままだった。
起こそうとしたが、すぐに自力で起き上がり、里美達の後を追った。
「あれが金野が従えてる半グレか。リーダーがああだと厄介だな」
「はい。ですが会えたのは良かったです。殺す時に優先できます」
「半グレに絡まれたの、根に持ってるだろ。飯でも食べて機嫌治せ」
優子が穏やかじゃなかったので、調査を止めて昼休憩にする事にした。
半グレ組織のリーダー紅蓮里美か。顔は覚えておこう。厄介そうだからな。
『紅蓮里美、ね。少し知ってるわよ』
ファミレスで優子と昼食を食べ、響子に連絡すると紅蓮里美について少し知っていると言った。
『青龍刀と拳銃を愛用する女よ。地面を変化させる能力を持っているわ。若手の半グレでしかも女だから有名よ』
「さっき会った。周りの半グレをしっかり率いてたぞ。反抗する輩もいたが、すぐに粛清された」
『それで統率力を保っているの。気を付けてね、先に狙うとしたら里美だと思う』
俺はそっちも気を付けるように言うと、水を飲んで喉を潤した。
優子は半グレに絡まれてイラついてるのか、少しやけ食いしてる。
ま、男を魅了するポイントを兼ね備えているからな。無理もないか。
昼食を食べたらすぐに調査を再開すると優子に伝えると、この店に新たな客が入ってきた。
「いらっしゃいま……」
客達を見て店員が固まった。
「すまないねお嬢ちゃん。店長呼んでくれる?」
ガタイの良い筋肉質の男が店員に頼むと、すぐに店員が厨房に入って行った。
その客8人は体を鍛え、ボクシングやラグビーでもやっていそうな筋肉だ。
しばらくすると、ファミレスの店長が封筒を持って客の前に現れた。
「いつもお世話になっております。これが警備代です」
封筒を受け取った男が中身を出す。たくさんの万札が出てきて、男が中の万札を数える。
最後まで数えると、男が怒り店長を怒鳴り付けた。
「テメェ、アガリ少ねぇじゃねえか!どうなってるんだ!」
「すみません!売上が少なく、もうこれ以上払うお金が……!」
周りの男達も店長に詰め寄り、店長に重低音で囁く。
「店長。あんた元から借金して、闇金から金借りたのに、返さないのはまずくねえか?」
「こりゃ、あんたの娘を風俗行きにすんぞ」
「それだけは勘弁を……!」
「ならさっさと金払えや!!店員から徴収しろや!」
男達の脅しに店長は涙を流し、店員や他の客は怯えていた。
流石に止めた方が良いと出ようとしたが、優子に止められた。
何故止めると問い掛ける前に筋肉質の男達の中から少女の声が聞こえた。
「まぁ、皆落ち着いてよ。脅してたら逃げられちゃうよ」
「た、隊長……」
男達を落ち着かせたのは隊長と呼ばれた同年代の少女だった。しかも公園で見た里美に似ている。
髪の色はピンクだし、少し小柄で微妙に違うが、それらを除くと里美にそっくりだ。
「店長さん。とりあえず1週間待つから足りない分払ってね。払わなかったら……娘か自分の臓器か選ばせるから」
不適な笑みで店長に囁く少女。店長はロボットのように頷き、厨房へと逃げるように消えてった。
「払いますかね?」
「払うでしょ。一応娘は大切にするタイプみたいだし」
「愛人との間に産まれた娘なのにな。おい、さっさと案内しろや」
男に迫られた店員は慌てて彼らをテーブルに案内した。
優子が止めたのは男達の中にいた少女に気づいたからか。
「なあ、あの子里美に似てるよな」
「はい。似ています、もしかして彼女の妹ですか?」
「かもな。部下を率いて、脅す時のあの顔。姉にそっくりだ。姉妹で半グレを率いているのかもな」
とはいえ姉妹なのかは話すまで分からない。まあ今は様子見だな。
食べ終わったら移動する予定だったし、目を付けられると面倒だからな。
「……ん?」
「…………」
何だろう、里美に似ている少女がこちらを見つめている。
あれ、まさか見ていたのバレたか?
「どうしたんですか隊長?」
男に質問されると、少女は慌てて前に顔を向けて答えた。
「い、いいいや?何でもないよ!」
「何でそんな慌てるんですか……」
「何か見つけましたか?」
「…………」
丁度背を向けていて顔は見えないが、下に目を向けている。
どんな状態なのか分からないな。一応声は聞き取れるが、流石に顔は背を向けられると見えない。
「ちょ、ちょっと行って来るね」
「え?どこにですか?」
「す、すぐ戻るから」
少女が急に立ち上がり、俺の方に向かってきた。
やっぱり俺が見ていたのバレてたか。あの時は男達に警戒していたから盲点だった。
少女は俺の前で止まると、モジモジしながら俺に質問をぶつけてきた。
「あ、あの!すみません!」
「何だ?」
「そ、その……あの……」
さっきまでのあの余裕の顔はどこに行った?そう思う程少女は恥ずかしがっていた。
そして意を決すると俺に質問した。
「め、メール交換しませんか!?」
声が裏返った。顔を赤くして手で顔を覆った。
な、何か拍子抜けするな。
だけど、もしかしたらチャンスかもしれない。裏を取るか。
「えっと、誰かな?」
「あ、ごめんなさい!私、紅蓮優依と言います!」
名字が紅蓮、やっぱり里美の妹か。
「そ、その、気になったので声を掛けました!どうか、メル友になってくれませんか?」
メル友?まさかそれで俺に接近しているつもりか?
顔を見ると企んでいるとは感じなかった。本当にメル友になってほしいと思っている。
何の理由で頼んだかは分からないが、里美の妹と接触して情報を得られるのはデカイ。
「……分かったよ。ほれ」
「あ、ありがとうございます!」
俺は優依とメールを交換した。
「じゃ、じゃあ失礼します!」
優依は嬉しそうにスキップして男達がいるテーブルへと戻った。
「私の事、完全に無視してましたね」
「俺がそれだけ気になったのか?まあ、これで情報源ゲットだ。収穫があったな」
「…………」
優子が遠くにいる優依を疑うように見ていた。
「おい、男達に目を付けられたらどうする。こっち向け」
「すみません。でも、これでハッキリしました」
「何が?」
今の会話で何か分かったのか?
「紅蓮優依は、ゼロさんに一目惚れしています」
……………………はい?
思考が止まり、長い間呆然とした。
言葉の意味を理解するとようやく調子を取り戻した。
「は、え?嘘だろ」
「本当です。同性の考えている事は分かるので」
分かるって……。
「俺の顔、そんなイケメンか?」
「はい」
キッパリ言うな。恥ずかしくなるだろ。
でも、それなら急にメール交換を頼んだ理由が分かる。
言われてから辻褄を合わせたら、優子の勘が当たってると思うんだよな。
「ほら、今でも見ていますよ」
「マジかよ」
紅蓮姉妹、思ったより変人でびっくりだ。
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