第120話 変わった御殿場市

次の日の朝、起きて動いても問題なかった。

あんなボロボロになっても、手当てを受けて休めば治るもんだなぁ。

治った事を皆に報告すると、母さんが皆に話したい事があると言った。

「今回の一件、思ったより根が深いわ。まだ黒幕が仕掛けてくるかもしれない。その前に、その黒幕の金庫番を叩くのはどう?」

「どうって……まさか母さんも動くのか?」

「どうせ公安にマークされた時点で、家族も黒幕に知られたからね。なので、私とお父さんはあなた達に協力します。既に知り合いにキャンピングカーを手配してもらったわ」

「俺の知り合いなんだが」

父さんの知り合いがキャンピングカーを用意してくれるらしいが、具体的にどうするんだ?

「ちょうど私もお父さんも休みだし、零も確か学校何日か休みだよね?」

「そうなのか?」

零の学校が休みになるなんて聞いていないが。

「テロ対策で休校になったんだよ。しばらくは自宅学習だって」

「ここ数ヶ月テロが頻発しているからね。小規模だけど、全国各地で起きてる」

世界各地で起きている多発テロは遂に日本にも起きた。

爆弾や強盗など小規模だが、数ヶ月で全国各地で頻発し、政府はテロ対策に動いている。

特に東京はテロが一番多い。休校になるのも頷ける。

「だからこの機会に御殿場に行こうと思うの。メインは金庫番だけど、そのついでに行きたい所があるからね」

「その場所は?」

「……私の実家」

俺はハッと思い出した。

最後に実家に行ったのはまだ中学生の時だ。家族全員で行ったのは今までで一回だけ。

久しぶりに母さんは家族で実家に行きたいのだ。それを無下にはできない。

仲間達は事情を理解し、了承してくれた。

「明日にはキャンピングカーが着く。昼には出るぞ。ああ、お前ら銃はエマにしまってもらえ」

「クレアも一緒だよ。付き合わせて悪いけど、これはあなたの事を知るチャンスでもある」

「分かった。従う」

「今日は準備に勤しんでよ。道中でトラブルが起きてもいいように、備えはあった方が良いでしょ?」

確かにな。警察を使えなくさせても、まだ敵は手があるからな。

「そういう事だ。不本意だが、こっちが狙われる以上俺らも動かないといけない。安心しろ、俺らは使えるぞ」

それは俺が一番知っている。

それから今日の段取りについて話し合い、解散した。

数時間後、母さんは食料調達、父さんは装備品の買い出し、響子と優子は銃の点検を行った。

俺はエマと零、クレアで黒幕の金庫番について調べる。

まだそれらしい該当者はいないが、金関係になると人数を絞れる。

後は調べて、照らし合わせて怪しい所がないか探す。

「あ、多分コイツだな。クレア、まとめてくれ」

「了解だ」

何時間もの調査の結果、1人だけ該当者がいた。

ソイツの情報をリストにまとめるようクレアに頼む。

仕事が済んだら俺達も準備だ。礼をきっちりお返ししてやる。


そして当日、父さんが持ってきたキャンピングカーに乗り込み、御殿場へと向かった。

このキャンピングカーは普通なら何百万もかかるのを父さんと母さんの説得で50万に負けてくれた優れ物だ。

このキャンピングカーで何日も生活できる程機能は良い。

武器はエマの能力で隠し、物資はトランクに入れた。

仕事がなければ普通に観光したかったが、そうも言ってられない。

御殿場にいる黒幕に繋がる金庫番、昨日バッチリ該当するヤツがいたんだ。

高速に乗った頃に皆にソイツの事を話した。

「皆、聞いてくれ。昨日調べたら、あるヤツが引っ掛かった。金野実、38の若手の頭取だ。ヤツは御殿場に本社を置き、グループ系列の銀行を中部に広げている。写真はこれだ」

スマホに金野の写真を映し出し、皆に見せる。

金野は小太りで、黒髪の金に汚れた男だ。服も高級スーツだ。

「何か嫌そうなヤツね。何でコイツがヒットしたの?」

「奴は金融業で成功を修め、更には政財界にも影響を与える力と金、地位を持った。今や御殿場でヤツを知らない者はいない。しかし、ヤツには裏がある。これはメリーに手を貸してもらい、調べ上げた事なんだが、」

スマホの画面をカーナビや皆のスマホに共有する。

膨大な資料や写真が皆に送られただろう。

「どうやら御殿場は金野の支配下にある。市議も警察もヤツの言いなりだ。ヤツが金を贈呈しているからな」

「それで黙らせてるのね。これなら横暴があっても問題にされないわ」

「金融業を営むにも金野の許可がいるし、利益の何割かはヤツに吸い上げられる。だけど下手な行動を取ったら、極道や半グレによって制裁される」

御殿場の半グレは一度金野が潰して再編された。

極道も組長を金で抱き込み、私物化している。

これで金野に反抗する勢力はほとんど消えた。

「でも、御殿場には自衛隊があるでしょ。自衛隊が何とかしてくれないの?」

「それは無理だ響子。自衛隊はあくまで本土防衛が任務だ。例え御殿場が金野の支配地にされても、そういうのは自衛隊の仕事じゃない」

「金野は塵程の人間でも邪魔だと感じる性格だ。顔認証で性格を調べたらそんな結果が出た」

金野は若くして大手の銀行の頭取になり、金で御殿場を支配している。

恐らく公安を動かしたのも金だろう。いつの時代も金で雇われる人間がいる。

「金野……ね。成金野郎だが、頭はキレるな」

運転している父さんが呟く。

「裏は取れてる。メリーからのお墨付きだ。間違いない」

「では、最初のターゲットは金野ですね。御殿場に着いたら気を引き締めましょう」

「そうね。誰が敵か分からないし」

皆が言うのには理由がある。

資料には、金野は市民も金で買収していると書いてある。

金野の監視役となる市民は借金していて、返済の為に金野の目となる。

恐らく着いたらすぐに報告される。まるでメキシコだ。

あのカルテルのボスと違うのは、ヤツは表向きが銀行の頭取だ。犯罪者とは違い、金持ちは表沙汰にならない規模で処理する。

今回の相手も厄介だが、黒幕に繋がる手掛かりだ。

御殿場に着くまで2時間、それまでは休んでおこう。

「なぁ、ゼロ」

「何だクレア」

クレアが俺に問いかける。

「お前とエマは遺伝子的には兄妹だよな?」

「ああ」

「じゃあお前と零は?義理の妹だが、血は繋がっていない」

「何が言いたい?」

「昨日お前達を見ていたが、とても仲が良さそうだった。私には不思議に思った。兄妹姉弟の繋がりは血の繋がりだけじゃないと判断した。なら、エマと零はゼロにとってどんな存在だ?」

急に答えにくい質問しやがって。まあ答えは決まっている。

「2人は俺の妹で、仲間だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「恋愛感情はないと?」

「……どうだろうな。そもそも俺はクローンだ。後付けで感情がついてるようなもんだから、恋というのがよく分からない」

「だから、一度彼女と別れたのか?」

何でクレアがその事を知っているんだ。誰かバラしたな。

「桜とは2人で話し合って別れた。これで質問は止めてくれ」

「……すまない。深入りし過ぎた」

いや、クレアの言葉で考える事ができた。

仲間達とは奇妙な縁で繋がっている。父さん達もそうだ。

父さん達が俺を人間にしてくれて、仲間達は俺によって変わった。

今の俺は誰かによって作られるようだ。生まれも、育ちも。

だけど、家族や仲間達には感謝している。もし出会わなければ、俺は怪物と化してた。

生きているだけで、俺は皆に助けられてる。


最後に御殿場に来たのは数年前、実家に家族で行った時だ。

母さんが俺達を連れて実家に来ると、母さんの両親が危篤であると告げられた。

手術するよう親族から言われるが、母さんは断った。

それからすぐに実家から出て行き、それ以来御殿場には来ていなかった。

あの日、母さんが断った理由を俺は知らなかった。不仲とは聞いていたが、見殺しにする程恨んでいたとは思わなかった。

そして今、その御殿場に着いた。

高速から降りて、今は母さんの実家に向かっている。

母さんは周りの景色を見て少し笑っていた。何か思う事があったのだろう。

「懐かしいわね。もう4年か。変わってないわね」

「思い出が?」

「……ないわよ。むしろ思い出したくない」

母さんの声色が変わり、俺達はそれ以上触れない事にした。父さんですら聞こうとはしなかった。

この御殿場で母さんに何が起きたのか分からないが、思い出したくない程の嫌な思い出があると察する。

しばらく走行していると、人気のない商店街に入った。

店もほとんど潰れていて、歩く人も少ない。

「昔は祭りでよく盛り上がってたのに、もう寂れてるね」

そうだったのか。道理でその名残が残ってる訳だ。

母さんが悲しそうに話すなんて、ショックだったんだろうな。

「あなた、先に実家に行って。久しぶりに見てみたい」

「いいのか?」

「ええ。せめてあの家に残ってる人に挨拶するわ」

母さんの様子が前と変わり、仲間達は戸惑っている。

俺は少しだけ仲間に話した。

「母さんは家の人と何度か揉めてな、とても仲が悪い」

「そうですか……」

響子と優子はピンと来ないだろう。

2人に家族はいない。家族がいる人間は幸せだと考えている。

だが、世の中には生きるのに十分な筈なのに苦しむ人間が存在するんだ。母さんのように。

商店街からかなり奥へと進み、小道を走ると大きな塀が見えた。

「あそこよ」

キャンピングカーは塀の門の前に止まり、母さんが先に車から降りる。

「1人で行くわ。すぐに帰るしね」

「大丈夫か?」

「心配ないわ」

そう言うと母さんは門を開けて敷地内へと入って行った。

父さんはため息をついてコーラを飲む。

「困ったもんだよ。ま、アイツの両親はクソだったから無理もない」

「どういう意味ですか?」

「これはゼロも零も知らないが、実はアイツは名のある名家の生まれだ。明治から続く上級国民の家の人間だ。何でも、父親は政治家、母親は高級ブランド店の店長だったそうだ」

「へぇ。そうなんだ。知らなかった」

「零、ゼロ。2人は祖父母の顔も見ていない。いや、零は見たか」

「どういう事なの?」

俗に言う家柄に拘ってたんだ。祖父母は。

一時期零を政略結婚に巻き込もうとして、母さんは両親と喧嘩した。

いや、喧嘩というより抗争に近かった。外で待機していた俺らは怒号と暴れる音を聞いた。

直接見ていないが、あんな声を出す母さんが怖かった。人違いじゃないかと思うぐらいだ。

「アイツは8人兄弟の末っ子。他の兄や姉は医者、法律家、弁護士、地方検事だったりとエリートだ。そんな上の兄や姉から不遇な待遇を受けたらしい。だからアイツは警察学校に入って、家から出たんだ」

「…………」

「エマには分からないと思うが、親嫌いな人間は少なくないぞ。俺もそうだ。その親は9.11でくたばったが」

そんな話、初めて聞いたぞ。さらっと話すなよ。

でも、アメリカに行っても父さんが実家に行かなかった理由が分かった。もういなかったんだ。

母さんが車から降りて30分以上経ったが、一向に帰って来なかった。

「遅いな。すぐに戻ってくる筈だが……」

「俺が行く。皆は待ってろ」

俺は心配になって母さんを探しに向かおうとすると、門から母さんが出てきた。

「お母さん!」

「心配したぞ、会えたのか?」

父さんの言葉を無視して車に乗った母さんは俺達と顔を合わせなかった。

更に様子がおかしくなり、訳が分からず戸惑う俺達。

「どうしたんですか?」

「……何でもない。さ、キャンピングカーが停まれる場所に行くわよ」

「どこだよ。てか、俺達に事情を話してくれ」

「うるさい。とりあえず向かって」

うわ。かなりご機嫌斜めだ。背中から不穏なオーラを感じる。

父さんもそれを感じて、キャンピングカーが停められる宿泊施設に向かった。

その間、母さんが口を開く事はなかった。

不機嫌な母さんを俺と零が宥めるが、作り笑いで誤魔化してた。

無理をして安心させる母さんを見て、心配になった。

あの実家で何を見てきた?

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