第5話 零の能力

「痛っ!」

「我慢して下さい。撃たれた所、赤く腫れてます」

「だからって二回も消毒しなくてもいいじゃ、痛い!優しくやってよ……」

「そんなに文句を言うなら、私の荒療治で治しますよ」

「……!分かったから普通にやって、大人しくしてるから」

響子の銃創は赤く腫れただけだからすぐ治る。

まったく依頼人の花梨が来てるのに、静かにして欲しいものだ。

「それで、盗まれた物は……?」

「デカイ物以外は回収した。奴ら、財布から金を抜き取らずに盗んだから金も大丈夫だ」

俺は傍に置いてあったスポーツバックを花梨に渡した。

「ありがとうございます。これで、皆喜びます。ですが、本当に10万で良いのですか?」

「いいんだよ。初めてのお客だからな。これからも妹と桜と仲良くしてくれ。それで充分だから」

「本当に何からお礼をしたら……また近い内にお礼をします!」

「別にいい。だが、俺が盗んだ物を取り返した事を警察には言うな。警察に何か言われたら、窃盗団の残党から渡されたと言え。今窃盗団は警察によって一斉検挙されているからな。保身で窃盗団が一般人に盗んだ物を返したという理屈が成立する」

俺が潜入して翌日に警察が動いた。俺を餌にした感じがするが、まあいい。

「分かりました。他の人達にもそう言っておきます。では、私は被害者に盗まれた物を返しに行きますので、これで」

「妹と桜によろしく」

花梨は俺に深々と頭を下げ、そして響子と優子に礼を言って去って行った。

「初めての依頼、無事完遂したね」

「まあな。だけど、釈然としない事がたくさんある」

「昨日の出来事は新聞でも、ニュースでもあまり取り上げられていません。警察は窃盗団の内部抗争だと言って、事態を収拾するつもりです」

「銃の件は?それに、響子を撃ったあの男の事は?」

「……何も。そもそも無かった事にされてます」

あれらは完全に何者かに潰され、そして消されたな。

警察に圧力をかけている線、これで太くなった。

窃盗団のリーダーが言っていたCIAの存在。奴らは一体何を企んでいる?

それを『キングマン』という伝説の情報屋が知っていると言ったが。

「なあ。メリーって確かキングマンという名前あっただろ」

「ええ。スパイの時のお姉ちゃんのコードネームがそうだった筈」

「アイツに連絡して、CIAの事聞き出すか。何か知っているかもしれねえ」

「何だか、事態がややこしくなった気がします」

「CIAが同盟関係の日本で何してんだか。だけど、肩の借りは必ず返してやる」

まだ肩の事、根に持っているのか。俺を揺さぶる為にお前が撃たれる事は承知の筈だろ。

待てよ。あの男は響子を殺さず肩を撃った。

俺が銃を置かなかったら撃つと言ったにも関わらずだ。

あの時、誰か一人を殺せた時に奴は殺さなかった。

それに、逃げた監視役の男。柱からどのような対応を取るのか観察しているようだった。

ダメだ。考えれば考える程分からなくなる。

情報が少ない中で思考しても無意味だな。早いとこメリーに連絡して、CIAの情報を教えるよう言うか。


『それで?こんな深夜に電話してきた用って何?』

『元気そうだなメリー。今どこにいる?』

『今は仕事で日本にいるよ。ちょうど東京でホテルに泊まってる』

『仕事?何の仕事だ?』

『それは教えられない。私にも守秘義務があるから話せない』

『そうか。ところで、小さい頃母さんに指導されてスパイになったって?』

『どこで……そう。実家に行ったのね』

『ある目的の為に寄ったんだ。んで、その母さんがまた会いたいそうだ。今繋げてもいいか?』

『ゼロ、マザーにチクるのはナシだよ……。まあちょうど昨日の件で聞きたい事もあるし、明日の午後、銀座の喫茶店で会おうよ。もしかしたら力になれるかも』

『分かった。また明日』


翌日、メリーの言った喫茶店に足を運ぶと、席にベージュ色のブレザーを着た茶髪の少女がいた。

俺よりも年上で、まだ二十になっていないが大人の色気が出ている。

眼鏡をかけているなんて、アイツも仕事中は正体隠すのな。

俺はその少女の前の席に座り、一声かけた。

「今時のファッションで良い皮被っているな、メリー」

「最近はこういう服装が依頼人の受けが良くてね。若い女の子が好きな男が多いと、私みたいな女に寄ってくる。苦労するよ」

「同情するぜ、すみません。ブレンドを一杯、この子にも」

俺は近くを通りかかった店員に声をかけ、注文を頼んだ。

「私はカフェラテで」

「分かりました」

店員が去ると、メリーが本題に入ってくれた。

「君が欲しいのはCIAの情報だね」

「そうだ。話してくれるか?」

「うーん、困ったね。実は、私はCIAから仕事を頼まれてるの」

「何だと?それで日本にいたのか。仕事内容は?」

「話せない。固く口止めされているし、守秘義務あるから」

「どうすれば話してくれる?」

こいつがメリットなしに話してくれるとは思っていない。

何か条件を付けてくる筈だ。

「……あなた、昨日のボーリングセンターの証拠持ってる?」

「一応あるが、何でだ?」

「昨日の件で依頼主の目的に疑問を持ってね。見せればお望み通りの情報を話すよ」

俺は仕方なく、撮ってきたスマホの写真、そしてあの時謎の男から取ったスマホを見せた。

メリーは写真を一通り確認した後、男のスマホを手に取った。

「ほうほう。CIAが若者の窃盗団に小遣い稼ぎみたいな真似してたのね。銃なんか売ってさ」

「心当たりは?」

「……CIAが日本に進出した事までは掴んでいる。だけどその目的は私にも分からない。でも、このような手口を何度か見た事がある」

「本当か?」

「最近までアメリカにいたゼロは知らないと思うけど、日本では極道や犯罪組織の銃の不法所持で捕まる事件が多発している。共通して黙秘や否認しているけど、警察はそいつらが外人と取引している所まで掴んでいるわ」

「その外人が、CIAの可能性が出たのか」

「一時期ね。だけどすぐに事件の事を報道しなくなった。どの報道機関も、新聞社もね」

外部からの圧力がかかったと言いたいようだ。

窃盗団の逮捕をさせないように警察に圧力をかけたのと同じように。

「それで、お前の仕事内容は何だ?話してくれ」

「……ちょっと待ってね」

メリーがスマホでどこかに連絡すると、外から黒い車が現れた。

「話は車で話そう。ちょうどコーヒーが来た所だし」

確かに、店員がコーヒーを持ってきた所だった。

コーヒーを貰ってから先に支払いを済ませ、店の外に待機していた車に乗った。

運転席には黒いスーツを着た屈強な男がいた。ただ者ではないとすぐに分かった。

「安心して。彼は組織のフリーター。秘密は守るわ」

メリーの信頼する用心棒って訳か。それだけ今から話す事は他の奴に聞かれたくないらしい。

「それで、私の仕事だけど、その前に聞きたい事がある」

メリーが自分のスマホを操作してある写真を見せた。

あの響子を撃った男の隠し撮り写真だった。

「見覚えは?」

「昨日見た監視役の男だな。それが?」

「そいつ、前にゼロに仕事を依頼した奴よ。スミスとか言ってたわね」

スミスだと?修行のラストの仕事を依頼したあのFBIの男か。

何でそいつがCIAと繋がっているんだ?

「奴はCIAとFBIの顔を持っているずる賢い男でね。そいつが私に仕事を依頼した奴よ。内容は、あなたの妹の監視」

は?零の監視をメリーに命じたのか?何で?

「怒らないで聞いて欲しいけど、妹さん、能力者だね」

「…………!」

何でメリーがその事を知っているんだ。これは両親と桜しか知らない筈だ。

まさか、どこからか情報が漏れたのか?

「落ち着いてよ。おっかない顔してるよ」

「……んで、お前は何故妹が能力者だと分かったんだ」

「前にマザーからあらかた聞いてた。その時は嘘だと思っていたけど、スミスから零が能力者だと聞かされて話は本当だったと確信したよ」

マザーというのは俺の母さんだ。母さんはメリーを一人前のスパイに育てた。

その恩があってから俺と絡む仲になった。

「まさか、ゼロの妹が能力者なんてね。しかも隠れて監視して逐一報告しろだって」

「……監視したのか?」

「まさか。マザーの娘を監視するなんて、裏切るみたいでやってない。それで依頼したスミスを疑い始めたの」

「それで俺が電話した時、話したい事があったと言ったのか。スミスの目的を探る為に情報を出せと言ったんだな」

「ええ。ゼロ、私は誓って零を監視したりしていない。信用して、お願い」

ここまで腹を割って話すメリーを初めて見た。

メリーはあまり自分の心の中を出さず、常に嘘と演技で悟られないようにしてた。

それが、俺の前で信用してくれと懇願している。

そこまで言われたら信用するしかない。

「分かった。信用するよ」

「良かった。あなたが断ったら、私はマザーに消されてたかもね」

「俺が信用すると言ったんだ。そんな事、考えるな」

「ええ、そうね。話を戻すわね。ゼロ、確認だけど零の能力って何?」

「それは……」

メリーに零の能力を話したいが、まだ俺は運転手の男を信用していない。

だから話すのに躊躇した。

「……ねえ。席外して」

「分かりました」

話すのを躊躇った俺を見かねてか、メリーが運転手の男を外させた。

これなら俺も気兼ねなく話せる。

「能力の事を話す前に、この事は他言無用で頼む」

「分かった。私の名に賭けて、あなたの秘密を守る」

その言葉で充分だ。

「まず、零が能力に気づいた昔話をしよう。俺と妹がお互い8歳の頃だ。その時は家族で静岡の駅前で旅行してた。あれが起きるまでは家族皆で楽しんでた」

「あれ?」

「……歩道歩いていたら、妹が俺の代わりに事故に遭った」

「何があったの?」

「上から鉄パイプが何本も落ちてきた。その時、事故に遭った近くの建物で工事してた。その途中でつる下げてた鉄パイプの金具が取れ、鉄パイプが妹に落ちた。事故の前に妹は空を見ていた。それで先に俺の所に鉄パイプが落ちると分かって、俺を突き飛ばした」

「…………そうだったの」

ほんの一瞬で零が下敷きになった。その時の記憶は中学までぼやけてた。

「俺達家族は慌てた。父さんはすぐに救急車を呼び、母さんと俺は鉄パイプをどけて目を閉じたままの零に何度も声をかけた。いつまで経っても目が覚めない零を見て、もしかしたら死ぬのかもしれないと思った」

零が死ぬ。それは俺にとって自分の死よりも恐れていた。

父さんに引き取られ、初めて俺を兄と慕ってくれたのは零だった。

零は対人恐怖症だった俺をまっとうな人間に治してくれた。

今の俺がいるのは零が俺を救ってくれたからだ。

だから俺は死ぬなと叫んだ。声が枯れるまで。

「その時、零の周りに黒い粒子の渦が現れた。それは零の傷を完治した後に消え、その後零が起きた。俺と母さんは思わず零を抱き締めたよ。無神論者の父さんは奇跡だと言って、神に感謝してた」

「その黒い粒子が、能力?」

「それが分かったのは、御殿場の森だ。零の心を癒す為に動物園に行っている途中で車がエンストした時、零から現れた。身長は2メートル以上ありそうな角が生えた悪魔だ。そいつは零の声を借りて対話してきた。自分は能力そのものだと」

「能力が対話?意思を持った能力、かなり珍しいね」

「奴は産まれた時から零の中に潜んでいた能力だと言った。今まで眠っていたが、零が死んだのがトリガーとなって目覚め、宿主の零を生き返らせた」

「どんな能力よ。人を生き返らせるって、初めて聞くよ」

あの悪魔は実体はなく、粒子が集まって形作っていた。

その粒子は集まって凝固すると盾になり、広がらせると視界を悪く事もできる。

あの悪魔がそれを俺と両親に見せた。

「あの蘇生能力は、あの悪魔の粒子が零の心臓を動かして蘇生させた。零の体の4割はあの悪魔の粒子が入ってる」

「悪魔が零の心臓代わりになったの?」

「ああ。奴もそう言ってた。そして、零を守って欲しいとも」

「宿主の零を乗っ取ろうとは思わなかったの?ほら、悪魔みたいだと言ってたし」

「父さんも勘づいて奴に聞いた。だが、悪魔は零の清らかな心で悪い心は消えたと言った。零は昔から優しくて明るい。悪魔もその零の人柄に救われ、助けようと心に決めたと言った。だから俺達家族は能力を秘密にし、悪魔も非常時以外は出てこないと約束した」

「それで、能力の事を秘密にしたのね。あれ?どこで桜が能力の事を知るの?」

「零は秘密を信頼できる奴にしか言わない。中学の時に友達になった桜には家の中でこっそり打ち明けた。俺の親友だし、口も固いから零も悪魔も桜に心を許した」

「それで誰にも秘密を知られないようにしてた。だけどそれが何故かCIAにバレた」

それが一番謎だ。

あの時、事故現場にいた人達は距離を取っていて零の能力が発動している所は見ていない筈。

その後も能力が使われる事はなかった。

ならスミスはどうやって零の能力を知ったんだ?

「まあそこは私が調べる。借りを返すつもりでね」

「頼む、じゃ。俺は帰る……」

帰ろうとした所で携帯が鳴った。響子からだった。

メリーは電話をしてもいいというジェスチャーをした。

俺は電話に出る。

「もしもし」

『ゼロ、大変!花梨が撃ち殺された!』

「何だと?説明しろ」

メリーがただならぬ雰囲気に俺に目を向けた。

『さっきあの子が昨日の礼の菓子折りを持ってきたの。それでしばらく雑談してたら、昨日見た男に撃ち殺された』

「その後どうなった?」

『それが……そいつが出ようとしたら別の男に撃ち殺された。すぐに外に消えたから何者なのか分からないけど、ロシア顔だったのは覚えてる』

「ロシアだと……何がどうなってる?」

『とりあえず事務所に来て。一応救急車は呼んだから』

「分かった。切るぞ」

俺は電話を切り、話の内容が気になっていたメリーに事務所で起きた事を話した。

「ロシア顔の男?そいつがスミスを殺したって?ゼロ、何だがヤバい事に首を突っ込んだわね」

「車を回してくれ。お前も来てくれ」

「しょうがないわね。ねえ!車を回して」

メリーが外にいた運転手を呼び、運転手に指示して車を飛ばした。


事務所に着くと、既に救急車が止まっていた。

救急隊員が青いビニール袋に入れられた人型の物を運んで救急車の中に入れた。

ビニール袋が赤黒かったからあの中に花梨が入っていたと気づいた。

事務所の中に入ると、ソファーで響子と優子が救急隊員に手当てを受けていた。

二人共体に撃たれた傷があった。

「やっと来た。あれ?お姉ちゃんも一緒なんだ」

「響子!どうしたの?撃たれたの!?」

「私はまたブレザー越し、優子は弾がかすっただけ。あの男の銃撃を避けたら怪我しちゃった」

「その人の死体も救急車に運ばれました。不意を突かれました」

救急隊員が手当てを終え、二人に軽く状況だけ聞いて救急車に乗って去っていった。

その時に後から警察が来るとも言われた。

やれやれ、しばらく警察の相手をしないといけないのか。

俺は血が付着した床を見た。

「花梨はあの男にMP5で撃たれた。20発以上撃ち込まれた。残りは私達に。何とか死ぬのは回避したけど、拳銃を取りに行けなかったのが悔やまれるわ」

「それですぐにあの男が外に行こうとした時です。外からロシア人の男が拳銃で花梨さんを殺した男を撃ち殺して、すぐに逃げました。勿論追いかけましたが、すぐにいなくなってしまいました」

「クソ……やってくれたな」

花梨が撃ち殺される事も頭に入れておけば、彼女が死なずに済んだのに。

俺のバカ野郎。何でスミスを見逃したんだ。

そのせいで花梨は死に、仲間は撃たれた。

「ゼロ、どうする?」

「決まってるだろ。CIAと情報源のスミスを殺したあのロシア人の奴にケジメをつけさせてやる」

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