第6話 狙われる妹

その日の夜、俺、響子、優子、メリーは事務所で今回の出来事について整理していた。

初めの依頼であるCIAから銃を貰った窃盗団から盗んだ物の回収。

その最後で現れたCIAの鉄砲玉。

CIAの目的は俺の妹の零。正確に言えば零の中にいる能力。

そして、さっきの襲撃。

俺に仕事を送っていたCIAのスミスは俺の妹が能力者だと気づき、密かに自分達の物にする計画を立て、実際に動いた。

だが、花梨が俺に盗んだ物の回収を依頼し、前からやっていた武器密輸のルートを消された上に自分の事を喋った窃盗団のリーダーを殺さなくてはならなかった。

その上自分の鉄砲玉を俺と響子によって消されている。

報復を企てたスミスは事件の次の日に俺の事務所に花梨が来ている事を突き止め、その花梨を射殺し、俺の仲間を撃った。

自分の立場を危うくした花梨を殺したスミスはすぐにその場から逃げようとしたが、謎のロシア人の男によって何故か殺された。

ここまで整理した俺達は眉をひそめ、ロシア人の事を考える。

警察の事情聴取は思ったよりすぐに終わった。

俺の名字を言ったら警官がやけに下手になった。

刑事時代の母さんの影響力はまだ衰えていないようだ。

それはそうとあのロシア人の事だ。

「……あのロシア人。何者だったのかさっぱり分からない」

「だけど奴はスミスを殺した後に逃走した。目撃である私達に目もくれず。という事は、ロシア人の目的はライバルのCIAのスミスの殺害?」

「あの人は素人ではありませんでした。間違いなくプロの殺し屋です」

「メリー、何か知っているか?」

「知らないよ。私だって何が何だが……」

全員が黙り、静かな時間が過ぎる。

昨日にかけて1日が濃密過ぎた。脳の処理が追いつかない。

「……花梨の訃報。誰が行くの?」

「私が行きますよ。ゼロさんがそれに時間を盗られるのは困ります」

花梨の死の事で謝りに行くのは優子になった。

優子はあの時、自分が庇えば花梨が死なずに済んだと思い込んでいる。

それは違うと言ったが、優子の性格から自分の悪い事を忘れられないと悟った。

俺が言っても変わらないだろう。

「それで、手掛かりナシの今、これからどうするの?」

「……響子とゼロが殺したCIAのヒットマンのスマホ、今ロック解除した」

え?何かカチャカチャスマホ弄ってると思ったら、いつの間にロックを解除してたのか。

「私のスマホのアプリにそういう特殊な物があるわ。ちなみに詳しい内容は企業秘密」

「お姉ちゃん、昔からそういうの得意だね」

「それで、そのスマホに手掛かりがあるのですか?」

メリーはスマホをしばらく操作するが、難しい顔をする辺りあまり成果はないようだ。

「基本ソフト以外特に変な所はないわね。コレ、使い捨てのスマホね。よくある諜報機関がやる手口で、万が一の時以外使わないから足がつかない」

「本当に手掛かりはないのか?」

「ちょっと待って…………あった!」

メリーが皆にスマホの画面を見せる。

画面には通話履歴に一回だけ非通知の誰かと連絡を取っていた証拠があった。

「時間は昨日の23時45分。ちょうどゼロが窃盗団のアジトに潜入していた頃じゃない?」

「ああ。確かにその頃に潜入してた。という事は、そいつに見られてた事になるな」

「クライアントを邪魔するかもしれないから、誰かに連絡したという事ですね。でも、肝心の電話の相手が分からないと」

その通話相手が誰なのか分かれば、すぐに動けるのに。

「まだ諦めるのは早いよ皆。私の秘密兵器を使おう」

メリーが自分をスマホを操作して、男のスマホを近づけて数十秒後、メリーのスマホの画面に男の通話を再生するのが映った。

「これは……?」

「スマホのSIMが壊れてなくて良かったね。私の秘密兵器で、通話履歴からその通話内容をサルベージできた。ただし、これに手掛かりがあるかは限らない。だけど調べる価値はある」

メリーのスマホの秘密兵器について言及したら、指でバツを作って言わない事を示した。

これ以上詮索しない事を伝えると、メリーは通話履歴から男と誰かの通話を再生させた。

『King. It's an emergency. Someone is invading the thief's hideout.(キング。緊急事態です。何者かが窃盗団のアジトに侵入しています)』

『Do you know your affiliation? Russia, China, South Korea. There are many enemies in America.(所属は分かるか?ロシア、中国、韓国。アメリカには敵が多いからな)』

鉄砲玉の通話相手は人を指示するのに長けている男だった。

鉄砲玉が通話相手を敬っていると感じた。

『The affiliation is unknown. I'm hiding my face. Do you want to get rid of it?(所属は不明です。顔を隠しています。始末しますか?)』

『If you do that, public security will soon sniff out. Find out the identity of the intruder for the time being. Never kill, it will be troublesome.(そんな事してみろ、公安がすぐに嗅ぎ付けるぞ。とりあえず侵入者を探れ。決して殺すな、面倒になる)』

『Okay, King. Explore with another companion. I will contact you again.(分かりました、キング。もう一人の仲間と一緒に探ります。また連絡します)』

『Good luck.』

そこで通話は終了した。

何だが、聞いたら敵が増えたぞ。しかも、日本に近いアジアの連中が出るか。

「ロシアに中国に韓国?アメリカと目的が同じだとしたら、相当ホットな状況よ。しかも、今言った国々は領土問題で日本に工作員を送ってる」

「マズイわね。ゼロの妹、結構モテモテじゃん。能力を巡って四つ巴の争いの中心にいるわよ」

「誰が狙っているかは関係ない。零を狙う奴らは敵だ」

俺がこんなに怒りを覚えたのは滅多にない。

どうであれ、妹を何らかの理由で狙う奴らは叩き潰さなきゃいけない。

それに、零は裏の世界に巻き込めない。絶対に守ってやる。


それから一週間、俺達は本来の何でも屋の仕事をしながら零を狙う連中の調査をした。

特にメリーは雇い主を裏切って俺達に全力で協力して貰っている。

だが、四人で調査しても目立った情報はない。

分かったのは、狙う連中は零の事を全て調べてある事、そして日本も零を狙っている事だ。

これで敵は五つに増えた。敵同士とはいえ状況は最悪だ。

父さんと母さん、桜にはなるべく零の傍にいるよう伝えた。

ある程度事情を伝えたらすぐに了解してくれた。

これで零の身辺は問題ないが、不運な事に零を狙う連中の情報だけが手に入らない。

そして時が流れ、一週間が経った。

休日なのを利用して、久しぶりに俺は不安げな零のリフレッシュがてら、桜と秋葉原で散歩している。

しかし零は狙われているから、時間が限られている。

それでも俺は零がまた明るくなるようにさせる。

「どう零。散歩もたまには悪くないだろ」

「そうだね。久しぶりに三人で歩いてる。凄く嬉しい」

「中学以来か。学校の帰り道にゲーセンやコンビニ寄ったり、ファミレスで夕食済ませた事もあったな」

あの頃は常に俺、零、桜で行動してた。

零とは違うクラスだったが、それでも三人で過ごした時間は濃い。

三人でテスト勉強したり、本読んで互いにレビューしたり、放課後三人でバスケをやった。

俺と桜は仲の良い友達はそんなにいなかったが、零は人柄が良すぎで学校で人気者になった。

それで零を疎む奴らを俺が裏で片付けてたのも懐かしい記憶だ。

桜も、当時の事を懐かしむように思い出す。

「私は頭があまりにも良くて、小学校の頃は一人だった。その頃の私は友達というものをあまり重視していなかった。だからこれから孤独に生きていくと思った。そんな矢先、私に唯一の親友ができた。ゼロと零。二人は私の寂しい心を癒してくれた。ゼロは私と似てはみ出し者。零はよきライバル。そんな二人と過ごす中学は楽しかった。これからもそう過ごしたい」

「桜ちゃん……。大丈夫、これから三人でたくさん遊べるから。また思い出作ろ!」

「この騒動が片付いたら、また三人で遊ぶか」

その時は、懐かしのコースを歩いて。

中学時代の話をしながら歩いていると、前から銀髪の韓流スターみたいな男が俺達の前で止まった。

カッコよさに重点を置いた服装、女の気を引きそうな顔立ちと人懐っこい雰囲気。

その男は俺達に向けて明るく話しかけてきた。

「こんな良い日に散歩ですか。リフレッシュには良いですねぇ。私も参考にします」

桜が零を庇うように前に立ち、俺は前にいる男に警戒しながら会話する。

「俺達に何のようだ?世間話をしに来たようには見えないな」

「そう警戒しないで下さい。今私はあなたの敵ではありません」

「今は?何者だ、お前」

「……チェン・グォメン。韓国人ですよ。ゼロさん。私と同行して下さい。話したい事があります」

「怪しい奴からの誘いに、はいそうですかと乗る奴がいるか?」

「確かに私は怪しいですが、敵ではありません。ご安心を、彼女達を狙いませんよ」

どうだか。突然話しかけるこの韓国人には何か裏がある気がする。

見た目はイケメンの韓国人だが、信用するに値しない。

だが俺の予想を裏切り、チェンは零達を逃がすと言った。

「今回用があるのはゼロさんです。申し訳ございませんが、二人は帰る事を勧めます。ここら辺は危ないですので」

「零を狙わないのか?」

「ゼロさんは大方私の正体に気づいているでしょう。ですが本当に零さんを狙いませんよ。少しは信用してくれると大変嬉しいのですが」

こいつが何考えているか分からないが、とりあえず二人を逃がしてくれるらしい。

俺は二人を先に家に帰らせた。

帰り際に、零は丁寧にチェンに頭を下げ、桜が俺に頷いてこの場から去った。

「零さん、中々良い人ですね。そんな人が色んな国の争いに巻き込まれるとは、残念としか言えません」

「話は幾らでも聞くぜ。ちょうどお前に話したい事がある」

「フフフ。急かさなくても話しますよ。ただし、ここではなく別の所に行きます。銀座の高級レストランで皆さんがお待ちです」

車道からタクシーがやって来た。

このタクシーに乗ればチェンから話を聞ける。

罠の臭いがするが、情報がなくて行き詰まっていたとこだ。

俺とチェンはタクシーの後部座席に乗ると、タクシーはすぐに発車した。

「ゼロさん。こうしてあなたに出会えた事、光栄です」

「御託はいい。お前の素性を明かせ」

「つれないですね。まあ妹が危険に晒されているから当然と言えばそうですね」

人の気に障る男だ。だが、敵意はなさそうだ。

「私は大韓民国国家情報院の工作員です。組織をご存知で?」

国家情報院は危機管理とその監視機能を担当し、南北が対立する状況下での安全保障維持を目的とする組織だ。

チェンはそこの工作員だと話した。

「韓国の諜報機関だな。やっぱりお前は零を狙っているのか?」

「上の指示があればそうします。今はそんな指示はありません」

「俺に用があると言ったが、他にもいるのか?」

「ええ。レストランに各国の工作員が集まっています。アメリカ、ロシア、中国、日本、そして韓国の私です」

「零を狙う連中全部か。同窓会でもやるのか?」

「表面的に見ればそれに近いですが、実際は牽制し合う言葉の闘技場ですよ。日本はアジアとアメリカにとって目的を果たせる宝島です。勿論日本はそんな連中を見逃しません。だから日本も牽制しています」

「領土問題や在日米軍基地問題でまだ日本は揉めてる。日本は叩かれる的にちょうど良いから、苦しい状況だな」

「それだけ把握していれば充分です。彼らと対等に話せますよ」

「なら、俺が諦めろと言ったら諦めるか?」

「場合によりますが、我々以外は諦めないでしょう。彼らは既に布石を置いた。引けませんよ」

俺がどんなに言っても奴らは零を諦めないか。

なら、こっちもその気で話してやる。俺の妹は誰にも渡さない。


銀座で高い部類に入る高級レストランに着くと、チェンの案内の元レストランの中に入る。

すぐにレストランの店員が俺達をエレベーターにつれて行った。

一気に30階まで上がり、そこのVIP席に案内されると、そこに騒ぎの重要人物達が一同に集まっていた。

「チェン、連れてきたか」

「はい、曹さん。言われた通りに連れてきました」

曹と呼ばれた黒と赤のスーツを着た30代の男がチェンに話しかけた。

顔立ちと名前から中国人だと分かった。

「おう。連れてきたんかチェン。そいつが例の能力者の兄かいな?」

「そうですよ鬼瓦さん」

次にチェンに声をかけたのは四十代のスキンヘッドの男。

流暢で関西弁なのから日本人だと気づいた。

「あの奥の席に座っているのは?」

「あの人はCIA日本支部局長のアダム・ポートマンです。この会の主催者です」

男みたいな名前だが、座っていたのは金髪のクールビューティな若い白人の女。

こいつがCIA日本支部の局長だって?まだ二十代に見えるぞ。

俺は座っている各国の顔ぶれを見ていると、一人だけ見覚えがある奴がいた。

後ろに長い金髪を縛り、アダムより肌の色が白いロシア人の女。

不満そうに目を瞑り、静かにこの場を任せていた。

「……アミリアか」

「ゼロね。久しぶり」

最後の一人はロシアの諜報機関FSB所属のスペツナツの隊長アミリア・カラシニコフ。

去年仕事で一緒になった非正規特殊部隊の隊長。

ここにいるメンバーが、零の能力を狙う勢力のトップ。

それらが一同に集まったこの場所は、空気がピリピリして一触即発寸前だった……。

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