第1話 故郷日本へ

 日本成田国際空港に昼までには着いた。

 正規のルートでゲートまで歩き、最低限の荷物が入ったスーツケースを回収して外に出た。

 俺は半年ぶりの日本の空気を吸った。

 最良ではないが、新鮮で悪くない。

「ゼロ」

 後ろから二人の仲間、優子と響子と合流した。

 二人は俺の家族にお土産を買ってて少し遅れてやって来た。

「別に菓子折りなんかいいのに」

「これから世話になる同僚の家族よ。これはマナーよ」

「そうです。無下に出来ません」

「分かったよ。あ、あれが東京行きのバスね」

 運良く東京行きのバスが停車場に停まった。

 そのバスに乗って席に着いてすぐに出発した。

 優子と響子は二人でスマホを使って写真を撮っていた。

 俺は空港で買った新聞をじっくり目に通す。

「へえ。五年前首相になった冴子って女、支持率過去最高の85%なんだ」

 新聞には去年日本史上初の女性総理大臣になった冴子がまた停滞していた法案を可決したと書いていた。

 まだ三十代半ばの冴子は野党上がりの政治家。最初は周りから期待されていなかった。

 男尊女卑の古臭い政治家が多くを占め、セクハラに遭う事もしばしば。

 嫌がらせもあって挫けそうになった事も少なくなかったが、夫と息子の支えがあって政治家を続ける事ができた。

 そして五年前、選挙に勝って歴史上初の女性総理大臣になった。

 これには世間も大喜びだった。特に喜んだのは女性達。

 誰もが無理だと言った女性総理大臣になった冴子を強い女性の象徴だと讃えた。

 その総理大臣はまず、就職率が低い介護職、幼稚園、保育園、学校の待遇を良くした。

 主に給料や、労働基準法に則った勤務時間、労働環境に手をつけた。

 そのパフォーマンスは成功し、多数の信頼を得た。

 それから現在まで放置されていた法案を可決している。

 新聞には自動運転の法案の可決だと大袈裟に書いてあった。

「確か他にも警察官の拳銃を自動拳銃に変えたり、自衛隊初の対物ライフル、ミニガン、サブマシンガンを制式採用したんだっけ。意外に大胆にやるな」

 おそらく左翼などの反対する連中から叩かれただろうに、よく可決したものだ。

 日本もこれから変わっていくな。

「ゼロ、冴子首相の記事見てるの?」

「ああ」

「あの人、元自衛官なんだって。前に武装した三人のテロリストを素手で制圧したのを見た事がある」

 日本国憲法には、現役の自衛隊の人間は政治家にもなれないと明記されているが、彼女が政界入りしたのは約十年前。既に自衛官を辞している。

 政治家の身なら問題ない。

「腕の立つ首相か。弱腰の野党がどうするか見物だな」

「まあね。ところで、どうしてスマホじゃなくて新聞?」

「スマホを見続けてたら目に悪い。偵察や射撃では目が重要だからな」

「……あなたって変わってるね」

「よく言われる」


 バスが新宿の停車場に着き、俺達はそこで降りた。

 父さん達の家は新宿のちょっとした高級住宅街にある。

 そこへは別のバスに乗り換える必要がある。

 家の近くを通るバスの停車場まで徒歩で歩く。

 道中優子と響子に向けられる性的な視線が目立った。

 やはり二人は美人だから注目されるか。

「……道を変えるか?」

「大丈夫よ。もう慣れた」

 俺の心配は杞憂に終わった。

 しばらく歩いていると、近くのコンビニに人だかりが出来ていた。

 コンビニが人だかりを作れるのは有り得ない。

 気になって三人で近づくと、入り口からコンビニの店員が慌てて出てきた。

「強盗だ!刃物持ってるぞ!」

 今時コンビニ強盗か。しけた強盗が目の前で起きるもんだな。

 すると、入り口からバイク用ヘルメットで顔を隠した強盗が人質にした女性店員に刃物を近づけて野次馬に叫んだ。

「おい!大人しく俺に従え!さもないと女を殺すぞ!」

 怯える野次馬達はスマホで強盗の様子を撮るばかりで何もしない。

 まあ止める勇気もない一般市民だから無理もない。

 だからといって何もしないのも癪だな。

「優子、響子。ちょっと行ってくる」

「……はいはい。なるべく早く終わらせてね」

「はいよ」

 俺は野次馬の合間を通って強盗犯の前に立った。

「何だよお前!来るな!」

「昼間からコンビニ強盗か?最近のコンビニは最低限の金しか置いていない。満足するとは思えないな」

「うるさい!!引っ込んでろ!」

「野次馬ならそうするだろうな。だけど、」

 俺は一歩前に踏み出す。

「俺は違うぜ」

「クソが!」

 強盗犯が人質にしている店員の女に刃物を近づける。

 そうすれば俺がビビると思ったか?俺は逃げないよ。

「今大人しくすれば罪は軽く済む。コンビニ強盗は最悪一年は牢屋の中にいる事になる。それは嫌だろ?」

「ぐっ……」

「それに刃物で人切ったら傷害罪成立するから。数年はシャバから出れないな」

 強盗犯は見事に俺の口車に乗っていた。

 もう人押ししたら動くかな?

「お前、人質いないとダメな大人か?そんなに弱い男か?ダセエな」

 それが男の逆鱗に触れる事になった。

 強盗犯が急に人質を離して逃がした。

 そして俺に刃物を向ける。もう何をしたいのか分かってきた。

「さっきから調子に乗ってるな小僧!痛い目に遭わせてやる!!」

「今度は脅迫罪か。これ以上罪を重ねるな」

「説教みてえな事言いやがって。俺の能力で消してやる!」

 ほう?こいつ、能力者だったか。

 野次馬が強盗犯が能力者だと聞いて距離を取り始めた。

「どうだ?今なら土下座すれば許してやる」

「いや、それ16の俺に言う台詞?雑魚キャラ感出し過ぎ」

「……そうか。死にてえようだな!」

 強盗犯がその能力でチーターのようなスピードで俺に接近した。

 スピード強化の能力者なのか。道理で自慢げに言ってたのか。

 強盗犯が俺に刃物を振るう。遅い。スローで見えるぞ。やはりド素人だったか。

 強盗犯の刃物を避けて腕に組み付いて刃物を手ではたき落とす。

 そして強盗犯を背負い投げ、地面に叩きつけて気絶させた。

「ヤバッ。もう少し手加減しとけば良かった」

 一般人への加減が分からなかったからかなり加減したつもりだが、これで気絶か。

 下手したら殺してたな。危うくこっちが殺人で捕まっちまう。

「終わったの?」

 今までの様子を見ていた二人が声をかける。

「ああ。警官来る前に退散するぞ。職質は御免だ」

『賛成(です)』

 脱兎の如く俺達三人は走ってその場を後にした。

 野次馬が追ってくる事はなかった。状況が読み込めてなかったせいだろう。

 それなら好都合だ。まだ警察のお世話になりたくない。

 それにしても、能力者の犯罪行為。

 あの強盗犯は訳ありみたいだが、大抵は能力使ってスリルを求めて犯罪を犯してる。

 能力者自体は昔からいるが、目立つようになったのは2000年に入ってから。

 最初に発見されたのはタリバンの民兵。

 毒を放出する能力で米兵を苦しめたという話。

 それ以来、能力を持つ者が急増。

 今や10人に一人が能力者だ。全世界の人口の約四割が能力者だと調査で分かった。

 能力……まだ謎の多い物。それがこの世界を変えた。


 バスに乗ってから数十分後、家の近くの停車場に降りた。

 半年ぶりに来た住宅街だが、あまり変わっていない。

「ここから歩いて行くぞ。日が暮れてきた」

 ここからは徒歩で家に向かう。その方が話しやすくて良い。

「ゼロ、さっきのは見事な体術ね」

「あれは背負い投げで制圧しただけだ。調整が難しくて気絶させちまった」

「その前の凶器の無力化。ちょっと軍隊格闘術に似てたけど、力の加減で強盗犯の腕を折っていない」

 俺の体術はオリジナルだが、軍隊と警察の格闘術も混ざっている。

 強盗犯の刃物を落としたのは軍隊でよく使う武器落とし、そして強盗犯を背負い投げしたのは主にアジアの警察が犯人を殺さず無力化するのを好むからだ。

「ゼロの両親と何か関係が?」

 響子が中々鋭い指摘をする。流石に俺の体術を見て両親がただ者じゃない事が分かったか。

 これは正直に話すしかないな。

「まず、俺の父親は元デルタだ」

「デルタ?アメリカ陸軍の対テロ特殊部隊ね。経歴が凄いわね」

「言っておくが。父さんの前の職業周りに言いふらすなよ」

「他言無用ですね。続けて下さい」

「デルタの部隊は様々あるが、父さんが所属していたのは対能力者も想定した特別部隊だ。その分凄腕の兵士が集まっている」

 デルタの任務は対テロ作戦だが、他にも尾行や偵察、変装しての監視などあらゆるスキルが必要な仕事が多い。

 ただ戦闘が得意なだけでなく、頭も良くなければならない。

 語学、地理、現地の歴史等々、求められるスキルは多い。

「俺に射撃や格闘、戦術などを教えてくれた。おかげでヤバかった時に上手く立ち回れたよ」

「なるほど。それがゼロの強さの源ね。で、母親は?」

「母さんは刑事だよ。第一課のエリートだった」

「良いポジションじゃない?その分仕事がキツイと思うけど」

「前に愚痴ってたよ。だけど刑事の前は特殊急襲部隊の隊員」

「……SATですか?」

 流石優子だな。日本の事は細かく調べてあったか。

 日本の警察特殊部隊SATは主に一般警察官が手に追えない仕事をこなす。例えば、立てこもりや人質など。

 それらを武力で解決するのがSATだ。

 SATは今や能力持ちの凶悪犯罪者を制圧する警察のかなめだ。資金も多く投入されている。

「SATからの刑事は母さん以外誰もいない。だから警視庁の誰もが畏敬の意を送ってた」

「とんでもない経歴の両親ね。今は?」

「父さんは警備のバイト、母さんは教員資格を利用して塾の講師。二人共今は軽い仕事で済むんだと」

「元の鞘に戻る気は?」

「ないって。零が家を出るまで今の仕事続けるとさ」

 あの両親なら残った金で今の生活を満喫しているだろう。その方が良いと感じたからかもな。

「所で、零というのはゼロの妹だよね?」

「ああ。今は地元の高校で楽しんでる。桜もその高校にいる」

「前に写真見たけど、とびきり美人じゃない」

「絶対母さん似だ」

 零の美顔もスタイルも母さんに似ている。間違いない。

 長く話していたらもう俺の家に着いた。

 二階建てのごく普通の家。パッとしないこの家が俺の実家だ。

「これから家族に会う気持ちはどうですか?」

「期待と不安で緊張してる」

「ゼロが緊張?明日は雪かもね」

 冗談はよせよ。だけど響子が疑うのも無理はない。

 今まで俺が緊張する事はほとんどなかった。

 あるとすれば半年前の仕事の話。

 あの時は死んでもおかしくないぐらい緊張していた。

 家族の前だと正直になりやすいな俺は。

「まあ会ってみなきゃ分からねえな。俺の気持ちがどうなるかはそれからだ」

 久しぶりに会うのに緊張するなんておかしいな。

 チームの事も話すから余計に緊張しているかもな。

 まあ、やるだけやってみるか。

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