第3話 奇遇
その夏。
飲み会サークルのくせに、『偶には夏らしいイベントしようぜ!』なんて面倒な事を誰かが言い出したらしく。
【花火飲み会】なるものの開催が決まった。
要は、飲み会の会場が居酒屋ではなく打ち上げ花火会場になるだけだ。
さすがに【花火飲み会】になると、参加者もいつもより断然多い。
だが、会場はいつものように予約できる訳でもなく。
あみだくじで決まった「場所取り要員」は、運悪く、俺と『お姫様』だった。
「彼女、連れてくると思った。」
開口一番、待ち合わせ場所に先に着いていた『お姫様』は、そう言った。
「何で?」
「飲み会でいつもベタベタしてたから。」
「なんだそれ。」
サークル以外で『お姫様』と会った事は無く、日の高い場所で彼女を見るのは初めてだった。
フワフワしたくせ毛を肩まで伸ばし、今日は場所取りのためか、いつものようなスカートではなくジーンズ姿ではあったが、全体的な雰囲気としてはかなり柔らかい印象を与える。
俺に向ける表情以外は。
「そっちこそ、彼氏連れてくれば良かったんじゃねぇの?」
「そっち、じゃない。」
「は?」
「私には、ミカ、って名前がある。」
「・・・・あぁ。」
「それに、もう別れたし。」
「・・・そ。」
男とっかえひっかえ、じゃないのかよ。
さすがにこの言葉は飲み込んだ。
まずいだろ、人として。
代わりに、こう言った。
「奇遇だな。俺も別れたんだ。」
別れたのは、本当だ。
どうしても、彼女の強い嫉妬心に、俺が耐え切れなくなった。
「・・・そ。」
しばし、奇妙な沈黙。
「ねぇ、行かないの?」
「え?」
(あれ?)
気のせいか、彼女の表情が少しだけ和らいだような気がした。
「場所とり。」
「あ、あぁ。」
「あぁ、って・・・寝ぼけてるの?」
俺を突き刺す、冷たい眼差し。
「はぁっ?」
(やっぱり、気のせいか。)
「あっちの方。さっき見てきたけど、まだだいぶ余裕あるみたい。早く行こう。」
何故だか少しだけ、ほんの少しだけ残念な気がするのは、きっと気のせいだ。
そんなことを思う俺にお構いなく、『お姫様』ことミカは、さっさと歩きだした。
「・・・・まだあと5時間もあるのかよ。」
場所取りなんて、場所さえ決めてブルーシートを敷いてしまえば、あとは何もやることなんてない。
ただその場に居るだけ。
誰か気の利くやつでも差し入れ持って来てくれないかと期待していたのだが、今のところその気配は、無い。
もう何度も腕時計を見てはいるものの、見たからといって時間が早く進む訳もなく。
やっと昼近くになった頃、盛大に俺の腹が、鳴き声をあげた。
「あ~・・・腹減った~・・・」
少し距離を置いた場所で、ミカは持参した本を読んでいたが、俺の言葉にふと顔を上げた。
「確かに。近くにコンビニがあったから、私、なんか買ってくる。何食べたい?」
「えっ?」
俺が行くよ、と言う間もなく、ミカは既にバッグを手にして立ち上がっている。
だが、正直腹が減りすぎて、もう何が食いたいのかさえ、わからない。
「・・・任せる。」
「そ。じゃ、何買ってきても文句言わないでよね。」
そう言うと、ミカは足早に道路の向こうへと歩いていった。
(コンビニなんて、近くにあったか?)
小さくなっていくミカの後ろ姿をぼんやりと眺めながら、そんなことを思う。
少なくとも、ミカと待ち合わせた場所からここまでの間には無かったはずだ。
(あいつ、一体どこに・・・)
案の定、暫く待ってもミカは戻ってこない。
だが、探しに行きたくても、行くに行けない事情がある。
何故なら、俺は場所取り要員だから。
(LINEくらい交換しときゃ良かったか。)
そう思いながらふとミカの座っていた場所を見た俺は、置かれたままになっていた本を見つけた。
何気なく手に取り、その本のタイトルと著者名に驚く。
それは、俺が好んで読んでいる作者の最新作で、これから買う予定のものだった。
無意識のうちにページをめくり、俺は本を読み始めていた。
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