1話:伝承者1

【 第一章 】


―――――――  1  ―――――――




 を初めて見たのは、まだ、肌寒さの残る季節の頃、血焼葡萄酒ブラッディブランデー河を見下ろせる青紫蘇あおじそ丘陵の中腹。公爵領からの帰り道、憑夜魅サイケデリアに襲われた時、救われた……或いは、囚われた。

 馬賊の長、いな、怪しげな殺戮教団サギー教主ドラゴだとか。名を、アリスマリス。どこかの言葉で“高貴なる悪意”を意味するとか。発音があっているのかは分からないけれど。


 彼は、一見するとディラヴィア族やノルゴフト族、または原マーリア人のような特徴を示す。しかし、すぐにそれとは違う、とも理解できる。

 白い肌に輝くような金髪は正しく北方系人種。だが、緩やかな顔の起伏と耳の形からは東方系のそれを想起させる。毛先はおきく染まり、それでいて半透明。両の瞳は色違いの金と銀。白銀しろがねの右目は透明度が高く、どこまでも深く、底が見えない。対して、金色こんじきの左目。その瞳には刺青でも入れたかのような数字と文様が刻まれている。後、それを“時辰儀じしんぎ”と呼ぶ事を聞かされる。

 閉じていれば見えはしないが、口を開けば鋭い牙が見て取れる。無論、あたしのとは違うのだけど。


 彼が初めてあたしに語った言葉――

 ――

 、確かこうだったはず

 多分、あたしじゃなければするし、あらがえるものではないのだから。

 それは云う【伝承フォークロア】。

 言葉だけ、じゃない。瞳が、視線が、その意志が、覆す事の出来ない事象を招く――違う。抑々そもそも、時系列が異なる。観測し得る事象を呼び起こすのではない。記憶を紐解く。そう、観測し得た事象を再生リピート、過去・現在・未来を紡ぐだけの、過程の話。その実証。

 それが、支配ドミニオン


 でも、させない。しない。するつもりもない。

 それどころか、利かない、効けない、聴く耳を持たない。いっそ、聞き捨てならない。

 一体全体――何故、彼がその……伝承、を?


 忘却の彼方かなた――

 同じ過ちを?

 いつ?

 どこで?

 ――にしても……

 微睡まどろむ。

 暫し、委ねよう、成り行きに。

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