吐き気を催す程の邪悪に立ち向かう非道なる覇王は相対的に英雄たり得るのだろうか?
武論斗
プロローグ
破けた袖から覗く腕は、奇妙に脈動するドス黒い血管が四方に伸び、人のそれとは懸け離れ、肥大し切った筋肉が
一目見てそれが
「ィ!ろ?惡#$モ+0-*/゙=ナ_@」
耳障り――汚い発音、
南部訛りの
身ぐるみ全部置いていけ、意訳だが。
ツイてないな、この嬢ちゃんらは。
およそ、どこかの貴族、名家の出。召し物、装飾品、綺麗に結い上げられた髪、整った目鼻立ち、立派な出で立ちのお付きの者達、なにより暴漢に襲われそうになって尚、気丈な立ち振る舞い、臆する様、微塵も見せやしない。
見習うべき心持ち、美しき人徳の表れ、正に誉れ。
――ガゾン!
破裂した血袋のように、辺りを真っ赤に染め上げる元人間、お付きの従者、その肉塊。
人間の膂力を遙かに超えたその腕を、さらりと振るって切り刻む。まるで虫でも払うように。
顔色一つ変えないとは、なかなか肝の据わった嬢ちゃんだ。
如何に高貴な心の持ち主であろうと、薬物の
君のお付きの者達では太刀打ち出来ない、出来よう筈もない。
月の魔術は、現実を
さあ、声を上げろ。
助けを求め、命乞いをしろ。そう、泣き叫び、鼻を垂らし、心の底から恐怖しろ。
そして、救いを求めるのだ!
神に? いや、悪魔に!
それが頃合、タイミング。
俺という憎悪が、狂気が、悪逆を、見失う程、見誤る程に!
グハァァァッ!
頬がバリバリと音を立て、耳元迄裂け始める。異常発達した犬歯が剥き出し、唾液が泡立ち、ぬめりと滴る。
――獣化。
マズイな。
嬢ちゃんは?
何故? なぜ、怖れない、怯えない!?
どうなってる?
こ、この娘……
まさか、
……命が、
――軽い!?
いや、――
こわれて、いるのか!!?
「待ちな、
「ヌ§魔¶お†カ‡ぃ※p〆~〇ンァァァ、ぬァ~ニもンだァぁァーッ!」
「まだ、人語を解すか、化物め」
「ズズずぁッ、
ブオン!
移植された悪鬼の腕が弧を描く。
7
だが併し――
――
練り上げた
穢れた爪との一瞬の交錯。錯覚と
「ガッ!? ……ナ、なにを、した?」
吐血。
ドス黒い血の塊を吐き出す。体の変調に恐怖し、正気の色を取り戻す悪漢は藻掻き苦しむ。
幾つもの数字が縁に刻まれた黄金の瞳、その冷たい視線をそいつにくれる。
「
「フ、ふっ、ふっざけんなァーッ!!」
「そんなに
「――ぶ、ブッ殺してヤルッ!」
「なら、てめぇ自身で死ね」
「な、……に?」
左目に二指を添え、吐き捨てるように口開く。
「吾が
「!?」
瞳孔から外縁に伸びる三条の光線が、瞳に刻まれた頂点の数字を捉えると、
悪漢の瞳が、その色合いが、仄かに淡く、色褪せた……かのように見えたのも束の間、急速に色めき立ち、血走った
「
移植されたぶっとい亜人の、その薄汚れた爪を首筋に当てがい横薙ぐと、そいつの首はぼとりと大地に転げ落ちる。
悪漢の唐突な自害に取り巻く者達は
助かったのだ、と。
有難う御座います、ありがとうございます、の連呼。
嬢ちゃんの取り巻きが一様に礼を云う。
別に、感謝の意など、どうでもいい。
気になるのは嬢ちゃんの表情。眉一つ動かさず、事の顛末を見守っていた。
なんて目をしやがんだ。
まるで、――
――まるで以前の俺のような眼差しをしてやがる。
こいつは大分、
「ありがとうございます! 見ず知らずの私共を助けて下さいまして、感謝のあまり、言葉もございません」
「構わん。通り掛かっただけの話だ」
「滅相もございません。私共で宜しければ、是非ともお礼をさせて戴きたく存じます。何なりとお申し付け下さいませ」
「――それなら一つ……」
「はい、何なりと!」
にやりと
「身ぐるみ全部置いていけ」
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