第3話 残されたモノ
逃げなければならない。絶対に捕まるわけにはいかない。
私は必死になって森を駆け抜ける。
怖い、怖い、怖い、怖い。
私の身体はもう既に限界を迎えようとしていた。
肉は裂け、骨は軋み、一呼吸ごとに形容しがたい痛みが身体を突き抜ける。
何故自分が追われているのかがわからない。
いったい私は何から逃げているというのか。
そもそも、私は何なんだ?この恐怖はどこから湧いてくる?
わからない、わからない、わからない、わからない。
ただ一つわかるのは、いま足を止めてしまえば私は『何か』に捕らわれ、悲惨な結末を迎えるのだ。
だから私は足掻き続ける。
ただただ、走り続ける。
誰でもいい、誰かこの暗闇から私を救ってください。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――どれだけの時間走り続けていただろうか。
足が、動かなかった。
もう私には命以外のなにも残っていないように感じる。いつ零れ落ちてもおかしくないような命だが……
どうせ死ぬのなら、無様なまでに生へしがみつく必要はあったのだろうか。
ふとそう思ったとき、巨大な魔物が近付いてきている様子を朦朧とする意識の中で感じ取った。
あぁ、これで終わってしまうのか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、意識を失う直前。
目の前に突然現れたその人の、白髪がなびく光景が妙に頭に残った。
――――目覚めると、そこには天井があった。
「生き……てる……?」
状況がまだイマイチ掴みきれていない。けれど、どうやら私は助かったようだ。
さて、どれだけの時間眠りについていたのだろう……
「うっ……」
身体中に激痛が走った。無理に起きあがろうとしたせいだろう。
私は大人しく、しばらくはベッドの上で横になっておくことにした。それにしてもここはどこだろうか……傷の治療がかなり丁寧に施されているように感じる。
辺りを見回すが部屋には誰もおらず、特に目立つものもない、簡素な木製の家屋であることがわかった。
とにかく、どのような成り行きかは分からないが命を救われたのだ。お礼を言わなければならない。
そう考えながら、なんとなく腕を動かし天井へと伸ばす。手をかざすと、指が小刻みに震えていた。
恐怖が、腹の底からじわじわと蘇ってくる嫌な感覚。
ただの悪夢であればどれほどよかっただろうか。あれが現実であったことは、この身体中にできた深い傷が証明している。
「必ず殺してやる、カオス」
ぽつりと、口をついてでた言葉は、自分でも理解できないほどの確かな殺意を孕み、その声は信じられないほどに冷え切っていた。
そこで気付いてしまった。
私の身体の震えは、恐怖によるものだけではないことを。これは、この震えは、例えようもないほどの怒りを帯びているのだと。
私は、恐怖に支配されていた時の自分に少しばかりの苛立ちを覚えた。臆して、ただひたすらに逃げていただけのあの時に。
なぜ私がカオスという存在に対して強い負の感情を抱いているのかはわからない。けれど、なにもかもを忘れてしまった私にとって、この魂に刻み込まれているかのような使命感は生きる理由を与えてくれた。
白髪鬼は龍を穿つ 愛のスコール @raraino_rai
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