第9話
森を抜けると、いくつかの人影が見えた。
兵士かどうかは遠くて分からなかったが、近付いてみると兵士であった。キョウたちと同じように、落ち延びた者たちだ。数は多くなく、四人だった。
「どこへ向かっているのだ」
シカがたずねると、髭を生やした兵士だけが顔をあげた。彼の顔色は悪かったが、他の三人よりはまだ生きた顔だった。
「白馬じゃ」
「白馬城か? 自分の村には帰らんのか」
「そうしたいがな」
髭の男は一度うつむくと、歩く先に顔を向け、短く息を吐いた。
「劉太守が生きているという」
「まさか」
「そう思うだろう。だが、多くの兵を連れてすでに籠城の準備に入っているとか」
「誰に聞いたのだ」
「伝令が方々に走っていた。そいつからじゃ」
髭の男の言葉に、シカは顔をゆがめた。男の言うとおりなら、このまま逃げられはしないのだ。完全に負けていれば、民兵が勝手に散り散りになっても罰せられはしない。しかし戦が終わっていなければ、逃げているのを見つかっただけで殺されるだろう。
「仕方がない。シカ。白馬へ行こう」
「勝てない戦いだ。勝てぬと知って早々に退いたのだろうが」
「早々に退いただけ、太守の劉延様は賢いのだろう」
「その賢さが、民の地獄を増すのだがな」
キョウが宥めるように言っても、シカは顔をゆがめたままだった。いらだった口調で、髭の男と同じ方向を見る。白馬の城はまだ見えないが、煙などは上がっていない。まだ次の戦いははじまっていないのだ。追っている敵も慎重になっているのかもしれない。
シカとキョウに付いてきた六人の反応も、シカと同じだった。皆、負けたが生き残ったのだ。正規の兵でない限り、生き残れば勝ったも同じである。もしも自分たちの住む土地が別の者に支配されても、大きな略奪がなければ同じ生活を送れるからだ。一人がうらみごとを天に向かって吐き出すと、三人ほど続いて怨嗟が登っていった。
「行こう。シカ。敵が来る前に」
キョウはシカの背に触れて言うと、シカが珍しくうつむいた。きっと、白馬へ行っても勝てる見込みがないと考えているのだ。賢い者というのは、未来が分かるだけ辛いものだなとキョウは思った。死ぬかもしれないという実感が、キョウには無かった。おそらく目前に死が迫らなければ、愚かな者は恐怖しないのだ。戦場で剣を振っている瞬間が、それだ。
「戦場ではそれほど恐れないのに、どうしたのだ」
「恐れている。いつも。心のゆらぎを重い石で押さえているだけなのだ」
「俺もそうだ」
「そうか。だが、俺はキョウよりも弱い」
シカが言うと、キョウは眉根を寄せた。強ければ恐れないわけではないのだ。反論しようかと思ったが、喉元まで出た言葉をキョウは飲みこんだ。分からないものを責めても、どうしようもないことだった。どうしようもないことと分かって、シカも言っているのだろう。キョウを見るシカの表情に、わずかな困惑が浮かんでいた。
短い時間、出会った四人と共に休んだ。合わせて十二人となり、多少賑やかになった。初めのころは沈んでいた者も、人の多さに余裕が生まれたのだろう。幾人かは顔を明るくさせていた。
シカの表情は暗いままだったが、先ほどより絶望していないようだった。時折、白馬とは逆の方向を見ている。敵を探しているのか、味方を探しているのかは分からない。ただ、辺りを見回すほどに、シカの表情は普段のものに戻っていくようだった。周囲を見ることで、心に重りを置いたのかもしれない。
やがて十二人は、白馬に向けて歩きだした。
長く歩いていると、いくつかの人影が同じ方向へ歩いているのが見えた。細長い棒状のものを持っているのが見え、同じ兵士なのだろうとシカが言った。彼の言葉にキョウも頷き、兵士たちの影をもう一度見た。
彼らもまた、こちらを見ているようだった。
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