第7話 松平 明乃の幸せ

彼が冷たい。

それは彼のお母様がお亡くなりになられた頃からだ。

彼は自分の殻に籠り、本音を語らない人になってしまった。

昔はあんなに優しく微笑んでくれたのに、今では寂しい顔をする。


だから私は変わった。

強く、優しく、彼のお母様のようにはいかないけれど、代わりになってあげたい。そんな思いで、彼を思いここまできた。



朝は5時。早く起きてランニングをする。何事もまずは体力だ。元気になる体力、元気にさせる体力、…彼をいつか満足させるための体力も、ね。

最初は1キロも走れなかったけれど、彼のことを考えて頑張った。今では7キロを維持できている。


6時。シャワーを浴びたらマッサージ。特に胸のマッサージは欠かせない。

彼のお母様はすごいモノを持っていた。あの人には勝てないにしても、継げるようにしないと…。


朝ご飯を食べて髪を準備する。色々して7時。

学校に行くまで時間はまだまだある。


私にとって暇というのは苦しむべきことだ。

彼との思い出半分、彼以前の思い出半分。過去を思い出してしまう。思い出という類の物を持ち込みたくなくて、私の過去の写真や品は全て捨てた。それでも私の部屋は物で溢れかえっている。


彼の今の写真。彼の昔使っていたメガネ。彼の服。彼の使った割り箸まで。

私は、彼のものを彼以上に持ち合わせている。


「今日は…これ」


これは彼からもらったボールペン。文字を書くのに使ったことはないけれど、他の用途でよく使わせてもらっている。


他の用途というのも、まぁ、所謂、自慰行為なのだが。


ベッドに腰掛け、ペンを愛おしく撫でる。

私と彼を繋ぎ止める物。そう思うと、心がゾクゾクしてしまう。


『もっと奥まで感じたい』


彼を知りたい。もっと知りたい。深くまで探らなきゃ。

こんな思いがどんどん増していって、気づけば手が、疼きの発生源まで伸びてしまう。


「んっ」


もっと深く、もっと強く。

私が彼を守らなきゃ。愛してあげなきゃ。だからダメ、こんなことしてはダメなの。…無理。やっぱりやめるの無理。止まらない。


頭が『彼』でいっぱいになると、もう手がつけられない。


「うはっ、あっ❤︎。い、つき。いつきいつきいつきいつきいつきいつきいつきいつきいつきいつきいつきいつきいつきぃ❤︎!!」


もっと私に触れて。もっと甘えて。全部ちょうだい。あなたの全部、私にちょうだい。

私も、私の全部、あげるから。


「んっ。あっ、…っ❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎!!!」


ねぇ、齋。もっとあなたをちょうだい?



「おはようございます」


朝の挨拶。

生徒会長として当然の務め、なんて思っているはずもなく。ただ、彼にかっこいい姿を見せたくて、こんなことでしか彼に会う理由が見つからなくて。だから今日も門の前に立つ。


「おはようございます」


「あ、おはようございます」


来た。彼、新島齋。私の愛する可愛い子。

今日は…ふふっ。私に言われるのが悔しくて全部直してきたのね。

でも無駄。どれだけ完璧にしてもダメ出ししてやるんだから。


「新島くん、ネクタイ曲がってるわよ」


「曲がってないって」


恥ずかしそうに顔を背ける齋。

ふふっ可愛い❤︎。

そんな顔されちゃったら、我慢できなくなってしまう。


いやらしく体を密着させてみた。

齋は少し、動揺しているみたいだ。

私は、もう、とてもじゃないけど我慢できない。今すぐキスして、体を犯し尽くしてあげたい。

ダメ、我慢、我慢よ。

順調にいかなくてはいけないんだから。


「なに、あなた顔色も悪いわよ。…」


この時間が一番幸せ。クラスの人たちといてもつまらない。お母さんお父さんといても満たされない。

齋、あなたもそうなんでしょう?


大丈夫。

私があなたを幸せにしてあげるね私はあなたでしか幸せにはなれないの


_________________________________________


明乃は幼馴染でありながらも齋のことを理解できない、エゴを拗らせた女の子です。

齋のことを思っているようで、齋に依存し、実は自分の幸せだけを願っています。

そんな彼女に恋敵が、自分の幸せを運ぶ彼を取ろうとする邪魔が入ればどうなるでしょうか。


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