第248話 粛清の内幕
◆
剣聖が訪ねてきてから三日後、俺は牢を出された。
連れて行かれたのは取調室ではなく、面会室のようだったが、不自然なのはそこにいるのが役人ではなく、明らかに正規の武装をした衛兵なのだ。
椅子に座ってしばらく待つと、扉が開き、二人の男性が入ってきた。一人はハンヴァード公爵、もう一人はエデルニーア公爵だった。エデルニーア公爵はもう高齢で、噂では隠居が近いらしいということだった。しかしこうして目の前にすると、視線などは威圧的でもある。
二人ともが赤い衣を着ていることで、事情がやや察せられた。
その二人は無言のまま、空いている椅子に座り、口を開くようでもない。
扉が前触れもなく開き、二人の公爵が起立した。衛兵も緊張し、姿勢を正す。
入ってきたのは、紫色の衣の男性と、青い衣の男性だった。
青い衣は、正装をした剣聖、閃・ストライム。
紫の衣は王族の証で、この国の帝その人だった。
俺も起立したいが、椅子に手錠で拘束されているので、背筋を伸ばすしかなかった。
陛下は俺を一瞥し、わずかに頬を緩めた。
「皇太子にいいように使われた凄腕はお前か?」
至尊のお方なりの冗談らしいが、しかし誰も笑わず、反応さえもしなかった。
その無反応にも慣れているのか、空いている椅子に帝が腰かけ、二人の公爵も椅子に戻った。剣聖は一人だけ立っている。
「反乱部隊の攻勢の中、一人きりで皇太子を守ったと聞くが、なぜそこまですることができた。遠慮など要らぬ、思うところを述べよ」
陛下が俺に話しかけてくる。緊張しているはずが、これが現実のことだと考えると、不思議と重圧は消えた。
帝であろうと人に過ぎない。そう思えた。
「私は殿下を守ることだけを考えました。ただ、守る。それだけでございます」
「命を賭して、か」
「それはまた、別の視点になるかと存じます。私が生き延びることがまず第一でした。私が生き延びれば殿下も生き延びる。私が倒れれば、殿下も倒れる。命を賭していたか、と言われれば、私は私のため、生きなければいけないし、私のために生き延びることが、殿下のためにもなった」
「しかし、守ったのだろう」
「形の上では、ということです。自分がこの国の皇太子殿下を守っている、そう思わなければ、とても兵士を切り続けることはできなかった」
どこまで言葉にするべきか、逡巡したのは一瞬で、言葉は口をついた。
「私は剣の技を磨きましたが、人を切ることに慣れきってはいない。それがよくわかりました。その不慣れが、殿下を利用したのだと愚考します。言い訳として、殿下を意識したのです」
面白い男だ、と陛下が微笑む。
その顔がハンヴァード公爵に向けられる。
「意外に使えると思うが、そばにおいてはダメかな」
「前例のないことですので。しかし剣聖府のものを、剣の腕が立つからとそばにおいては剣聖殿の立場がないかと」
それもそうかもしれんが、と陛下はまだ笑っている。
「面白い話し相手にはなりそうだがな。ただ、裁かれるのだろう? エデルニーア、そうだろう?」
「裁かれるのとは違いますな」
老齢の公爵ははっきりとした口調で応じた。
「危険だからという理由だけで、この若者の可能性は潰えるのです。法によって裁かれるのではなく、政治によって裁かれる。私からすれば、唾棄すべき事態ですが、仕方ありますまい」
「ハンヴァード公爵のわがまま、としておこうか」
陛下はそんな言葉で、俺の処断を決定した。
お待ちください、と声を上げたのは、我が師、剣聖その人だった。
三人の視線が向けられる先で、剣聖は手に提げていた布に包まれた棒状のものを、その布の中から出した。
現れたのは、一本の刀だった。
「私はこの男、瞳・エンダーを剣聖の後継者に指名することにいたしました」
進み出た剣聖が、俺の背後に立ち、その刀の抜き打ちで手錠を二つに断ち割った。
手が自由になったが、俺は立ち上がれなかった。
剣聖が刀を鞘に戻し、俺の前に突き出す。
「受けるなら受けると言え。受けないなら受けないで、おとなしく首をはねられろ。この場で、剣を取るか、捨てるか、選べ」
初老の男性の静かな、しかし激情を込めた言葉に、俺は心を打たれ、さっきまでの衝撃は消えていた。自然、立ち上がって、俺は目の前の剣聖を見た。
視線と視線がぶつかり、俺の手は刀を手に取っていた。
「勝手なことをするものだな、剣聖も」
陛下の言葉に、剣聖がそちらに向き直り、「お許しください」と頭を下げる。
俺も手に刀を下げて、一礼する。
「ハンヴァード公爵、どう処理すればいいのか、妙案はあるか」
「なくもないですな」
揶揄うような陛下にそう答えてから、ハンヴァード公爵は俺の代わりに皇太子を守った剣士として、反乱兵の一人を身代わりに処断することを説明した。
俺が殺される理由は、皇太子とあまりにも近いため、というのが公に口にされ、裏では、あまりにも腕が立ちすぎたから、とされるように、情報を流すつもりのようだ。
「では、瞳・エンダーは死んだこととしよう」
陛下は一言で片付けた。
エデルニーア公爵が法の解釈と審理司として協力できることをその場で提案し、俺を秘密裏に助命する動きは、自然と構築されていった。
話が終わると、「父親として感謝はしているよ」と陛下は俺に穏やかな笑みを見せ、真っ先に退室していった。
残ったハンヴァード公爵が俺を睨みつけ、「陛下と師匠に感謝しておけ」と唸るように言った。逆にエデルニーア公爵は泰然とした余裕の表情で「この男の本心を分かってやれ」と口にして、ハンヴァード公爵の眼光の次の標的になった。
二人の公爵が退室し、護衛も消え、ついに部屋に剣聖と俺の二人だけになった。
「どこへなりとも、行くがいい」
師匠は俺の肩を一度、叩いた。
「お前はもう、自由になった。国とも、剣聖府とも、己の過去とも。何より、罪からもだ」
俺は深く一礼し、剣聖はかすかな足音で退室していった。
俺はこうして一人きりになった。
(続く)
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