第7話 饅頭

     ◆


 天帝府から隣の策州まで五日でたどり着いたけれど、私も瞳も、ほとんど途方に暮れていた。

 正確には瞳は動じた様子もないけど、私としては悩みしかない。

「あんたも何か、仕事を見つけてよ」

 場所は小さな饅頭屋の裏にある納屋で、瞳は壁に背中を預けて、目を閉じて黙っている。

 時間はすでに日は暮れていて、納屋の中には灯りが灯され、小さく揺れている。それを見ながら仕事の疲れもあってか、体が重いのが感じられる。

 饅頭は国の中部を中心に一般的な食べ物で、麦の粉を練ったもので具を包み、蒸してあるものだ。具は野菜のこともあれば、豚肉や魚のこともあるけれど、策州では豚が一般的だと私もわかってはいる。

 納屋を借りている饅頭屋で厄介になれたのも幸運で、街の中を売り歩いてた店のものが病を得て仕事を辞めたところに、偶然にも私が、やや無理やりに首を突っ込んだだけだった。

 饅頭屋の店主の男性は嫌そうだったが、私が最低限の売り上げを示すと、何も言わないようになった。なったものの、表情は不機嫌そうだ。

 私が朝から夕方まで、歩き売りで街を練り歩いている間、瞳が何をしているかはよく知らない。

 策州に入って一週間ほど経った頃に訊いてみたが、研ぎ屋、と返事があった。

 真面目なのやら、ふざけているのやら。私としては、あまり心楽しくはない。

 それから十日は過ぎていても、街中で瞳と遭遇することはない。

 そして、瞳が銭を稼いでくることもない。

 この策州の街は中規模で、城壁などはなく、中心に州庁の建物があって、その周りに建物が立ち並んでいる。

 策州軍の本営はあるが、本隊の拠点は野営地が中心となっているのも分かってきた。軍営の建物は規模が小さくて、そこにいるのは兵士というより警ら隊が主に見えた。

 それでも軍営は私にとっては都合のいい商売の場所で、そこにいる兵士たちに饅頭を売ることも多いのだけど、しかしどこか軍規が緩んでいるのか、手を出してくるような相手もいた。

 こうなると少しずつ商売も難しくなってくる。

 さて、夜の小屋の中で、売れ残りの固い饅頭を食べながら、私は目の前の床に持っている銭を広げた。

 全部が一貫銭で数はすぐに数えられず、並べてみて五十枚はあるとわかった。

 饅頭屋の店主はこの納屋というか小屋をタダで使わせてくれるものの、油もロウソクもくれないので、自分たちでそれは用意していた。

「これじゃあ、そのうち食べ物にも困るわね」

 私はわざとらしく自分の服を確認してみせるけど、瞳は瞼を上げさえしない。

 ため息を吐いて見せても、無反応。

 翌朝、私が起き出した時、瞳が納屋にはいない。

 またか。もうこれにも慣れた。

 私は適当に髪の毛を整え、一つに結び、着物を整えた。

 そうして外へ出ると、饅頭屋の裏手、狭い空間に瞳がいる。

 上半身は裸で、刀を構えて動かない。

 その全身が汗をかいているのは、朝日がキラキラと反射するからわかる。

 私は納屋によりかかって、しばらくそれを見ていた。

 ピクリともしない。

 剣術の稽古なら、振り続ければいいような気もするけど、どういうわけか、瞳は刀を振ることは滅多にない。

 それなのに剣で剣を切って見せたりするんだから、技はあるんだろうけど、いったい、どうやって身につけたものやら。

 饅頭屋の裏口が開き、店主の男性が顔を覗かせる。瞳を一瞥してから、私の方を見た。

「出来たぞ」

 短い言葉の意味するところは、朝食の代わりに饅頭を買うものに、出来立てを売りつけてこい、ということだ。

 私は返事をして、そちらへ駆け出し、瞳はといえば私が見ていたことには気づいていたようで、驚きもせず、さっと刀を鞘に戻した。

「ちゃんとお風呂には行ってよね」

 瞳にそう声をかけると、彼は無言で頷いただけだ。ここのところ、口数がみるみる減ってきている。

 お風呂というのは公衆浴場のことで、策州にも低所得者向けの、料金の安い大浴場がいくつかある。その利用料だけでも私たちには大きな出費だけど。

 店で饅頭を三十個ほど受け取り、籠に入れて、竹で編まれているそれを背中に背負った。

 店を出て、すぐに、「饅頭ぅー、饅頭はいかがですかー、出来立てですよー」などと声を出しながら、通りを歩く。

 朝なので、大通りでも人は少ない。だから民家の多い地区へ進み、そこでできるだけ大きく、それでいて不快にさせない声量で、客を呼ぶ。

 一人、二人と人が来て、饅頭は売れていくが、ある程度日が高くなっても、まだ五つは残っている。今日は売れない日だ。

 その時には饅頭が冷めきって硬くなる頃合いで、店主からもそうなったら売らずに戻るように言われている。冷たい饅頭、硬い饅頭を売る、と思われたら確かに店の印象に影響がある。

 饅頭屋へ戻ると、五つはそのまま押し付けられた。これが今日の私と瞳の食事になる。

 納屋へ戻ると、もう瞳はいなかった。

 研ぎ屋などというけど、私は天帝府に砥石は捨ててきていた。例の食堂に置いてきたままだ。立派な砥石だったけど、重かったから、なくて都合が良かった、とも思うけど。

 私は一人で饅頭を一つ食べ、残り四つは店主が貸してくれた小さなカゴに入れた。これで虫がたかるようなことは防げる。

 少し休むと、次は昼食のための饅頭が出来上がり、それを売り歩くことになる。

 今度は通りに人が多いので、あまり動かず、道端で売ることになる。旅人や、何かの用事で通りを行き来する人には一定数、のんびりと食事を取れない人がいて、そういう人には饅頭の路上販売は都合がいいようだ。

 歩きながらものを食べる姿は珍しくない。

 今度は大きい籠で、四十個は背負っているので、どんどん売らないといけない。昼時でも、これを売るのがまた、大変なんだ。

 瞳の奴、どこで何をしているんだろう?

 手伝ってくれてもいいのに。

 っていうか、いつの間にか私があいつを養っているじゃないか。

 やや偏見があるとはいえ、逆じゃないか?



(続く)

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