36 : Thunderbolt - 04

 なぜなら、それは――


「ジギズムント伯――王子殿下なのか、お前が」


 サイラスが生まれ育った王都・ジギズムント。その直轄権を得ているのがジギズムント伯爵家だ。現在の国王であるエルヴィン王には十二人の王子がいるが、王位継承権を持つのは魔力を持つ者だけだと定められている。その王子たちの中に一人、魔力を持たずに生まれたものがいた。魔力を持たない王子は臣籍降下を命じられ、現在は王都を治めている、というのはサイラスも知っている。

 その王子がリアムだったと言われて即座に信じない程度にはサイラスにも常識と分別があった。あったが、リアムが本当に無関係であるのならどうしてジギズムント伯のフルネームを名乗ったりなどするのだろう。


「セイ! 謝るのは後にするから! 二度と口をきいてくれなくてもいい! 指示を出せ! お前にしか出来ないんだ!」


 リアムの切羽詰まった声が迷うサイラスの横面を張る。

 そうだ。今、サイラスが迷うとソラネンのものが揃って路頭に迷う。最悪の事態を想定するとこの街は全壊だろう。何にも残らない。そのぐらい、ダラスの力は強大だ。心を曇らせていては決して防衛など出来ない。

 だから。

 だから、今だけは。もう少しの間だけは、リアムをただの傭兵の友人だと思うしかない。

 サイラスは腹を括って顔を上げた。

 魔術通信はまだ全方位でつながっている。二本の脚を失った筈のダラスは、その膨大な魔力で即座に外殻を修復していた。そしてなお「マグノリア」を求めてサイラスの結界に接触を続けている。ソラネンのものが混迷を深めるとサイラスの魔力は安定しない。事態を収拾しないことにはまずサイラスの勝ち目はないのだから、何をすべきか、迷う時間はもう残されていなかった。


「皆! ダラスの呪詛には触れるな! 聖水を用意しろ! デューリ神の神力で浄化するんだ」


 サイラスの目に呪詛は見えていない。

 それでも、ウィステリアが――魔獣が嘘を吐く筈がない。

 だから、サイラスの魔術で認識出来ていないものがあるのだと認めるほかないのだ。見えていないものを想像力で補って、知識で肉付けする。落ち着け。冷静に考えろ。魔獣の魔力に対抗出来得るものが神力なのだとしたら、サイラスにはまだ勝ち目がある。

 平静を必死に取り繕って指示を出すと、混乱状態だった北門の修道女たちが立ち上がる。現場にある限りの聖水を呪詛を放ち続けているダラスの脚に振りかけると煙氷が消えるときのように揮発して全てが消えた、という報告があった。

 これで一旦、魔術結界の中の混乱は落ち着くだろう。

 問題があるとするれば、それは北門の指導者が倒れたことと、ソラネンの魔力ではダラスの外殻も神経も傷付けることすら出来ない、ということだろう。後者が致命的だが、それを今市民たちに理解させるわけにもいかない。

 サイラスは知恵を絞った。

 ダラスの呪詛から逃れた北門の内側で修道女の一人が泣きそうな顔でサイラスの助けを請う。


「トライスター! クラハド師が!」


 わかっている。クラハドは一命を取り留めてはいるがダラスの反撃をまともに受けたのだ。決して無傷というわけにはいくまい。だが、こんなところで失うわけにはいかないのだ。サイラスはまだ彼に何の恩も返せていない。死なないでほしい、という願望を無意識下に無理やり押しやってサイラスは次の指示を出した。


「マクニール! 呆けている場合か! 応急手当が終わり次第、カーバッハ師を聖堂へ運べ!」

「だが、トライスター。師は――」


 助からないのではないか。その言葉を最後までシキ・Nマクニールに言わせないでサイラスが遮った。最悪の事態など想定しない。その事態を回避するのがサイラスの役割だ。その為に、この街のものは皆、サイラスに魔力を貸してくれた。その期待に応えるには、サイラスが動揺している場合ではない。言葉には目に見えない力がある。口に出したことは、必ずそうなる。だから。サイラスは覚悟を持って希望の未来を紡いだ。


「お前の脚だけが頼りだ。フェイグ母神に誓え。お前が必ず師を救うのだ、と」

「――承服した。俺が、必ず、師を救う」

「そうだ。皆にも同じことを言おう。この街は皆で守るのだ」


 その為の方策が一つだけある。ただ、それは一か八かの賭けになる、ということをサイラスは敢えて伏せた。ソラネンの戦闘員たちが希望を託して、サイラスの言葉を待っている。

 サイラスの人生を賭した最後の提案が今、紡がれようとしていた。

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