第十二話

37 : Bless you - 01

 神なんてどこにもいないと思っていた。

 教会で聖堂で儀礼で天空父神と大地母神に祈りを捧げながらも、サイラスの中に信仰という概念は根付かなかった。神がいるのなら、ただ黙って見守るだけが神の役割ならいっそ淘汰されてしまえばいいとすら思っていた。あの日、サイラスから全てを奪っておいてそれが試練なのだとか嘯くような存在を否定したいとずっと願っていた。

 だから。

 神力という概念があることは理解している。聖職者たちが授けてくれる神の息吹のことも承知している。真実、神が存在しないのであればそれらの一切は何らかのまやかしであることになるから、何らかのかたちで存在しているというのは認めざるを得ない事実だった。

 それでも。

 サイラスは神に祈ったことがない。祈るだけの心があるのなら、それを行動に移せばいい。ずっと、ずっとそう思っていた。サイラスが学者という職業を選んだのもそこに起因している。他人任せにして、誰かに決定権を委ねて、人の思惑に流されて、浮遊して。そういう人生の過ごし方を否定したいわけではない。ただ、サイラスは自らの思う最善を得る為にならどんな努力でも出来た。努力が出来るのが既に一つの才能だ、という主張があることは一応知っている。知っているが、それに反応を返すつもりはなかった。

 あの日、サイラスが失ったものよりサイラスにとって価値のあるものを獲得すること。そうしてサイラスが充足を得るということを目標にサイラスの前向きな復讐が始まった。

 十年の月日の中で、サイラスはごく少数ではあるが友人と呼べるものを得て、人と関わり合うことの煩わしさと別離した。人の中で人として生きる。誰かの為だとか誰かの所為だなんて言わなくてもいい。ただ、自分の為に誰かの役に立てる自分でありたかった。

 それは既に願いの一つであるということをサイラスは未だ知らない。

 その小さな願いが祈りとなって天地の神々が見守っていると告げられても、サイラスは十年前のように忌避することはないだろう。

 だから。


「リアム! ウィステリア! 北門を放棄する。部隊を速やかに撤退させろ」


 クラハド・カーバッハを背負ったシキ・Nマクニールがウィステリア・フロリバンダの能力で亜空間の中を駆け、無事聖堂に辿り着いた、という報を受け取ったサイラスは止む気配のない頭痛に終止符を打つ方策を考えていた。

 北門のあった場所は既にただの瓦礫と化している。現状のまま、再度ダラスの攻撃に耐えることは事実上不可能だった。戦闘員の士気も底の底まで下がっている。とてもではないが、正面から戦闘を再開出来る状態ではない。

 勝機があるとしても、この場所ではない。撤退を指示すると指名された二人は否定の態度を示した。


「そんなことしたって何にもならないだろ!」

「そうよ! あなた自暴自棄になっているのではなくて?」


 ここが踏ん張りどきだ、と彼らは主張したがそういう地点はもうとうに通り過ぎているのだ。

 ヒトの魔力を練り上げて、最善の状態での攻撃を仕掛けたのに容易くそれを跳ね返された。戦闘員たちに怖じるなというのは無理が過ぎる。奮起せよ、というのは簡単だが、その為にはまず勝算を示さなければならない。示し得る勝算などなく、結局はただの無理難題だ。

 勝算もないのに一矢報いたいという念だけで攻撃に転ずるのは自滅行為だ。

 だから。


「そのままそこにいても事態は好転しない。傷付いたものを速やかに処置すべきだ」

「けど――」

「リアム、この街の死にたがりは私一人で十分だ」


 そうだろう?

 問うとウィリアム・ハーディは泣きそうな顔をして「そうだよ」と答えた。

 サイラスの人生は順風満帆だったわけではない。自分一人を残して家族も住居も財貨も全て失ったと理解したときから、サイラスは最良の最期を求めている。楽な死に方がいいのか。早く死んだ方がいいのか。誰かの役に立って死ぬのか。それとも何も得られずに一人虚しく朽ちゆくのか。ずっと、ずっと終わりを求めてきた。生まれた以上、死という終着点からは誰も逃れられない。だから、サイラスはせめて最良の最期を求めた。

 十年という歳月の経過がサイラスの人生を少しずつだが、確実に豊かにした。

 今すぐに死んでしまいたい、だなんて思う気持ちは少しずつ薄れ、人生の道のりを歩き続ける苦痛を和らげることも知った。それでも、ソラネンの街にサイラス以上の死にたがりはおらず、サイラスにとってそのことが一番大きな劣等感を生んでいた。

 学問を修め、魔術を学び、魔獣と契約を交わす。

 トライスターと呼ばれ、人並みではない人生を歩いていても、それでもサイラスはふとした瞬間に終わりの光景を考える。

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