35 : Thunderbolt - 03

 今回、サイラスたちはその手法を選んだ。

 北壁の結界を一時的に解き、攻めやすいと思わせて結界の境界内に踏み込んだところを集中砲火する。

 サイラスはその為の時間稼ぎを買って出た、というわけなのだが準備が整った以上、魔力干渉という名の舌戦に付き合ってやる義理もない。合図を確認したサイラスは北面の守りを薄っすらとではなく、完全に解いた。同時にダラスの背後から遠隔操作型の罠を発動させる。ダラスの巨躯が少しずつ加速して前進する。

 そして。


「ヒト風情がわれらを『同胞』とは笑わせるな」


 激昂した状態のダラスが北門を目がけて突っ込んでくる。映像の中、クラハドが城門上から指示を出す。ダラスに最も有効なのは雷電魔術だ。あまりにも硬い外殻を物理的に破壊することは困難だが、神経を直接痺れさせる雷電魔術なら内部からダラスに攻撃を仕掛けられる。

 自然では起こりえないほどの電圧で攻撃することによって、ダラスは失神し意識を失う。その間に三体の魔獣たちに処理を任せる、というのが戦略だったが、開門と同時に放った雷電が一瞬で分散するのは計算外だった。


「何――っ?」

「カーバッハ師! 閉門だ! 速やかに門を閉じろ!」


 雷電が分散した瞬間、サイラスは北面の通信媒介に向けて叫んでいた。無理だ、間に合わない。頭では冷静にそう判断するのに、気持ちが声を出させた。分散した雷電が再度、瞬時に再装填されて北門に向けて撃ち返される。クラハドが小規模結界を中詠唱で発現させたがとてもではないが、高圧の雷電を防ぎきることは出来ずに大きく城門の内側に吹き飛ばされた。魔術盾を持った騎士たちがいなければクラハドは今頃、この世には残っていないだろう。

 クラハドの無事をぎりぎりの瞬間で見届けたサイラスは北面の結界魔術を高速詠唱する。ダラスの侵攻が早いか、サイラスの術式が早いか。石組みの城門が木っ端微塵に飛散し、ソラネンの街は無防備を晒す。一歩、二歩とダラスが北門の内側へと入り込み、いよいよ本体、となる手前でサイラスの詠唱が完了した。地下に埋め込まれた巨大な輝石と輝石とを結ぶ形で天へと隔壁がせり上がる。その、境界上にいたダラスの外殻をも切断して結界が成立した。魔力の強度ではサイラスの方がダラスをぎりぎり上回っている、ということだ。ダラスの悲鳴が反響する。このまま結界を維持させれば犠牲者は出ない筈だ。サイラスはそう感じた。

 だが。


「ウィステリア! 北門の部隊を転移させろ!」

「今必死にやっているわ! けど!」

「どうかしたのか」


 ウィステリアの様子がおかしい。ダラスの進撃に怖じている風ではなかったが、とにかく混乱している。ヒトと長く暮らした魔獣だからだろうか。ヒトらしい反応で困惑しているのが通信越しにでも伝わってくる。

 何かあったのか。現場の士気が下がっている、以上の問題があれば速やかに対処しなければならない。

 焦りと緊張感を保ったままサイラスが問うと、ウィステリアは半泣きになって返してきた。


「あなたが切断したダラスの脚! 大量の呪詛をまき散らしてる!」

「何だと?」

「見えないの? 通信にも映っているでしょう!」

「いや――」


 見えていない。というより、サイラスの結界の内側であるのに呪詛に蝕まれている感覚すらない。どういうことだと思ったが、街は恐慌状態に陥っている。まずい。このままでは内部崩壊をするのが目に見えている。北門部隊の統率を取るべきカーバッハは生きてこそいるが、到底指揮出来る状態にない。南門から移動してきたハンターギルドの指導者にそれを託すべきか、と迷ったがその迷いを吹き飛ばす声が間髪入れずに聞こえた。


「シスター! 聖水だ! 早くありったけの聖水をこの辺り一帯にぶちまけてくれ!」

「えっ、あの、えっ?」


 救護要員として控えていた修道女に対して、リアムが指示を出した。

 十人ほどいた修道女の一人が、指示通りに聖水を振り撒くとウィステリアが若干の苦情を織り交ぜつつも、状況が改善したことを報告してくる。つまり、リアムの指示は正鵠を射ていたことになる。

 魔力を持たず、魔獣との関わり合いなど持ったこともないであろうただの傭兵が知っていることではない。

 サイラスの中でリアムの言葉に何か釈然としない感覚が生まれた。


「早く! セイ! 聞こえてるんだろ!」

「――リアム」

「指示を出せ! 魔獣の呪詛は聖水でしか分解出来ない!」

「なぜ、それをお前が知っているんだ」

「五年も黙ってて悪かったな。俺の本名、長いから名乗りたくなかったんだけど本当は――」


 ウィリアム・ヒューゴ・アーノルド・ランドルフ・ダレル・ヨークだ。セイ、本当は知ってたんじゃないか。そんな言葉が聞こえてサイラスは我が耳を疑う。それは、その名前はある伯爵家の伝統的に受け継がれている名前だ。知っている。知っているとも。それでも、その名前と通信の向こうのリアムとが結びつかない。

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