34 : Thunderbolt - 02
魔力干渉――には強すぎる声が今一度響き渡るまでにサイラスたちの中で方針が決定する。今、この街で最も魔力の供給量的に余裕があるのはサイラスだ。そのサイラスが一手に交渉を請け負う。ダラスは一度に複数のことが出来ない魔獣だから、サイラスと「対話」している間は無防備であることと等しい。
魔術師たちの長詠唱を安全に発動させる為には必要なことだ。出来る限りサイラスとの「対話」にダラスを集中させたい。その意を汲んで、サイラスは決めていた筈の覚悟を今一度決め直した。
「マグノリアを知っているな」
「知っているとも。だがそれがどうしたと言うのだ二つ目のダラスよ」
ダラス、というのは蜘蛛の姿をした魔獣だ。だから、蜘蛛と同じように複眼を持つ。ただ、長くときを生きると複眼の数が増える、という仮説があるのもまた事実だ。通信映像の中のダラスは城壁という対比物から推測するに齢百年を越える長命種だろう。人語を介しているが、ヒトと契約したことはない。魔力の波長にヒトのものが一切混じっていないから、このダラスがヒトを捕食したこともないのだろう。
ダラスの生態については多分、ソラネンにおいてサイラスよりも詳しいものはいない。
禁書を読み漁り、本物のダラスであるテレジア――マグノリア・リンナエウスと共に実証実験を重ねてきたサイラスよりも詳細な知識を持っているものがいるのだとしたら、サイラスはその知識を金を積んででも買いたかった。
その、サイラスの知識が教える。長命種は百年を越えて生きる毎に複眼の数が増える。映像の向こうのダラスは禁書の基準に従うなら百年どころではなく、二、三百年は生きているように見受けられた。その、長命のダラスの複眼が二つしかない、というのは不自然極まりない。おそらく何ものかと争って失ったのだろう。
魔獣というのは誇り高い生きものだ。
自らの失態について触れられることに耐えがたい苦痛を感じる。
だから。
サイラスは敢えてダラスの身体的特徴について触れた。
思惑に乗ったダラスの二つしかない複眼が高速で明滅する。
緊張感がソラネンの街に満ちた。
その中で、サイラスは息苦しさを覚えながらも、ダラスに応じる。
「マグノリアはどこにいる」
「この街にいる。まぁ、二つ目のダラスなどに会わせるつもりは毛頭ないが」
「マグノリアを出せ。今ならまだ間に合う」
「却下する。お前の要求は受け入れられない」
ダラスの要求とサイラスの否定が噛み合わないまま繰り返される。
問答を一つでも間違えればサイラスの精神はダラスに飲まれて終わるだろう。
わかっていたから、サイラスは必死に平静を保った。それとは対照的にダラスの複眼は不規則に明滅した。
「ヒト風情がわれの望みを否定するのか」
「そのヒト風情に付けられた傷跡は疼かないか、二つ目のダラスよ」
ヒト風情と侮った相手に敗走を強いられたことが魔獣にとって屈辱でない筈がない。
魔獣はヒトよりも優れた種であるというのが彼らの主張で、彼らはその気になれば一都市を亡ぼすことなど容易いのだから。
嘲るようにダラスの古傷に触れた。
複眼の明滅がいっそう激しくなって、魔力干渉の圧が増した。
ダラスの怒りはサイラスが一身に負っている。北門部隊の長詠唱には影響がないことを通信映像で確認しながら、サイラスは別の煽り方を試そうとした。
「貴様に何がわかる」
「そうだな。何もわからん。わからぬゆえ、問おう。お前は何の為にマグノリアを探している」
ウィリアム・ハーディが一昨日言った台詞が不意に想起された。何も知らない。何も知らないことを恥じる必要はどこにもないのだ。世の中には知らないことの方がずっと多いのだから。
ただ、それをサイラスに指摘されるのは不快だろう、というのは感覚的にわかっている。
わかっているが敢えて問うた。怒りが返ってくる、と想定していたのに意外なことにダラスの魔力干渉にふとゆるみが生じた。
「何の為?」
「そう。お前はマグノリアを探してどうしたいのだ」
「贄とするだけだ」
その答えにはやはり、という感覚が生まれる。
何らかの事情があって魔力の欠乏を自覚しているのだろうか。欠乏した状態でこの魔力量なのだとしたら、本来のこのダラスの魔力量は尋常ではないことが容易く想像される。サイラスの背を悪寒が駆け上った。
それでも。
マグノリア――テレジアを贄として差し出して安寧を得る、などという選択肢はソラネンにはない。
通信映像の北面でクラハドが合図をした。北門の魔術師たちの詠唱が終わり、攻撃が可能な状態になったことを意味している。時間稼ぎはもう必要ない。
ならば。
「であればますます我々はお前の要求を受け入れられない」
「なぜ?」
「贄とされるとわかっていて同胞を引き渡すほど我々は非情ではない」
ダラスの背後――東北東方面に設置した罠を起動させる。ダラスは基本的に前進しか出来ない種族だ。驚いて前方に進む。そこにすかさず東門から結界魔術で退路を封じる。じり、じりと近づく雷電にダラスはゆっくりと、だが確実に北門方面へ向けて誘導されていた。
釣り、というのはかつてこの街の人柱を務めていたファルマード司祭がよく口にした言葉だ。
敵から確実に守りたいものがあるとき、全方位に堅牢な防備を構えてはならない。どこか一か所だけ防備の隙を作っておくことが肝要だ。そうすると、敵はその一点を目指して攻撃をするようになる。防備が出来ていないかのように装い、その実対策は万全に施されている。そういう状態の戦法をファルマードはよく釣りをしている、と言った。
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