第十一話

33 : Thunderbolt - 01

 そうして、ダラスの魔術干渉からきっかり三日後の早朝、尖塔の最上階に設けられた守護小結界の中でサイラスはソラネンの街を覆った結界魔術に外敵が接触したことを認知した。

 度を越した頭痛がサイラスを襲う。魔力で練り上げられた半球状の結界に何者かが接触している。接触と接触の感覚は不定期で強くぶつかればより強い反動を受けた。


「カーバッハ師! 敵対生物の接触だ!」


 尖塔は魔術式を構築するうえで非常に有効な造りになっている。輝石を正しく配置しさえすれば、尖塔の中で魔力反射が起こり、最小の魔力で最大の効力を発揮した。今、サイラスはが注ぎ込める魔力は平時とはけた違いに多い。その、尋常でない魔力を受けうる器として最大限機能している姿をどう思われているのか、ということについてはこの際、サイラスは忘れることにした。

 今は、再び姿を表したダラスへの対処の方が先決だろう。

 魔術通信を使って、各所に配備されたそれぞれのギルドの指導者たちに連絡を同時配信する。

 指名を受けたクラハド・カーバッハが映像通信に術式を切り替えた。北壁の外側の森に黒煙が上がっているのが見える。


「わかっておる。北東の外壁であろう。550ヤードから向こうの罠が全て吹き飛んでおるわ」


 北壁を魔術師ギルド、東壁を騎士ギルド、南壁をハンターギルド、西壁を学院とそれぞれの組織の指導者が布陣しているが、敵対生物は一体だ。加えてダラスは俊敏性に欠ける魔獣の種であり、巨躯は確かに脅威だが出現した方角に一点集中させることが対策として考えられた。どの方角から襲来を受けても対処出来るだけの人員を初期配置しているが、防備は重ねるに越したことはない。指導者たちが一瞬で守るべき場所と放棄する場所を決断した。


「北東からの来襲か。進路を見るに北門への誘導が有効と見受けられる」

「北門部隊に告ぐ! そちらで『釣り』を行います! 南門部隊は北門への応援を願う!」

「東門部隊、敵対生物の後方に結界を施す!」


 それぞれの動きが定まったことで城壁の中に控えていた戦闘員たちが移動を始める。

 ソラネンの街路は複雑に入り組んでいて、一本道だが目的地に辿り着く為には途方もない時間を要する。その欠点を補うためにサイラスは協力を約束した二体の魔獣に亜空間の湾曲を依頼した。北門と南門を繋ぐのにウィステリア・フロリバンダ、東門と西門を繋ぐのにクァルカス・フィリーデアスを配置している。彼らは黙々と役割を果たし、北門と東門に戦力が次第に集まりつつあった。

 それと前後して、東門の城壁上から仕掛けておいた「罠」が発動され、北東の方向に魔術結界の壁がせり立った。


「トライスター、敵対生物が動きを停止しました!」

「であれば、『釣り』の始まりだ。北門の結界を一時的に解除する」


 カーバッハ師、覚悟はよいか。問うとクラハドは通信越しに闊達に笑って「誰にものを言うておる」と言うなり長詠唱の準備に入る。クラハドが指揮する北門部隊の多くは魔術師だ。一般的な魔術師は輝石の魔力と同調するのに一段階準備が必要で、それを増幅させるのにもう一段階、更に詠唱にと通常三段階の準備が必要となる。経験を積んだものや才能のあるものはその準備時間を最小に留められるが、今回はソラネンの街総出での対処だ。実戦に慣れない若手の術師も多く存在する。そういうものたちを守る為に魔術式が施された特別な盾を持った騎士たちが配備された。一分でも一秒でも長く敵対生物から魔術師を守る。それが彼らの役割で、その中にはシキ・Nマクニールの姿もあった。彼が生きて帰ったら。ソラネンの何を愛しているのかを語らうと約束をしたが、その約束を果たす為にはまずソラネンが守られなければならないのは自明だ。

 サイラスは私的な感情の一切に蓋をして結界魔術の核としての役割に専念する。

 この部屋からは360度全ての方向の映像通信が見られる。黒煙を上げた北東の森の中、橙色が煌めいた、かと思うと強力な魔術干渉が行われる。


「マグノリアを知っているな」


 ソラネン中に響かせようとでも言うのか。その次元での強力な魔術干渉だ。いや、もはやこれは魔術干渉の域を超えている。その証左に魔力的素養がなく、ダラスの声など聞こえないはずの純粋剣士たちに動揺が走っていた。

 魔術騎士の指導者であるシェール・ソノリテ、魔術師の指導者であるクラハドの二者間で速やかな意思確認が行われ、サイラスの控える尖塔に指示が出される。


「トライスター。返答を行ってください」

「出来るだけ煽ることだ、トライスター」

「無論。一切の容赦なく事実には事実を返そう」

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