29 : You are Different - 06

 その言葉は別の意味を持つからもっと慎重に口にしろ、という結論に至ったことを忘れているわけではない。ただ、今、言うべきときだと思った。今、言ったのならこの台詞はサイラスの思いを込めてどこまでも羽ばたいて行くだろうと思った。

 その、言葉の飛翔を受けてウィステリアが溜息を吐いた。


「わたしたちの新しいあるじも相当ひねくれている、ということを教えてくれているのかしら?」

「ウィステリア。お前の今のあるじはどうして私を後継に指名したのだ」

「決まっているでしょう。あなたならわたしもクァルカスも決して見捨てない。そう、お思いなのよ」


 優しい方だから。わたしたちの明日が定まらないことに心を痛めておられるのがわたしたちにも伝わってくるわ。言ったウィステリアの表情には葛藤が偽りなく浮かんでいて、失われゆく今のあるじと、明日を託す新しいあるじとの間で揺れているのを伝えた。新しいあるじにはいてもらわなければならない。ただ、それが本当にサイラスで十分なのか。サイラスを信じてもいいのか。ソラネンはそれを受け入れる土壌なのか。惜別の情を手放そうとすればするほど絡みついてくる状況で、それでも彼女は必死に答えを探していた。

 それを察せられないほど、サイラスは愚昧ではない。

 だから。


「ならばウィステリア。そのお前たちを見込んで頼みがある」

「何?」

「襲い来るダラスへの対抗手段は各ギルドのものが考えてくれる。魔力の充填はどの道ひと晩必要だ。その間にお前たちには力ないものの避難を手伝ってやってほしい」

「そんなことでいいの?」

「そんなことが大事なのだ」


 ウィステリアたちがヒトに対して害がなく、ソラネンにとって利であると市民たちに教えれなければならない。その為には派手な戦闘行為も有効だろう。それでも、それは力を示しただけだ。いずれその圧倒的戦力でソラネンを背信するとしたら、という不安を煽ることにもなる。

 だから。ウィステリアたちには守ることも戦いなのだと示してほしかった。

 気勢を挫かれ「外装」を解いた彼女たちの魔力の波長は穏やかで、これならばソラネンの市民たちも受け入れられるだろう、と思った。慈しみを慈しみと知っている、サイラスの思うヒトと共生出来る魔獣の波長だった。


「わたしは長く生きてきたけれど、あなたのようなヒトを見るのは初めて」

「きみはぼくたちが怖くはないのかい」

「ビンカやファルコが怖くてダラスのあるじなど務まる道理がないだろう」


 強がってうそぶいて見せるのは信頼に足ると示したいからだ。怖れはある。怖くもある。ウィステリアもクァルカスもその気になればサイラスを一息に殺めることが出来る。それでも、信じているということを先に示さなければ信頼など得られないのも知っている。信じる、という言葉の由来は生きている今を愛するというところにある。それ以外の由来もあるが、概ね人の感情に沿うことを共通項としていた。

 信じてほしい、という百の言葉より、信じている、という一つの態度が雄弁に信頼を示す。

 だから。


「お前たちの感情も、今日明日、どうにか出来ることでもあるまい。まずはソラネンの平穏を保った後にゆっくりと腹を割って話しあおう」


 その為に。僅かでもいい。何の実利も生み出さなくてもいい。ただ、協力してほしいと頭を下げることに意味があるのなら、サイラスはその任を全うしたいと思った。


「わたしたちを破壊の為に使わないなんて本当に変わったヒトね」

「そっちのきみも同じ意見、って顔をしてるけど」


 クァルカスが状況を見守っていたリアムに話題を振る。満面の笑みを湛えて、そうしてリアムは「友だちが褒められて喜ばないやつなんてヒトじゃないだろ?」と言い切った。クァルカスが噛み合わない会話に苦笑する。それでも、彼はリアムの言葉を否定しなかった。


「取り敢えず、だ。長話と洒落込んでいる場合ではない」

「そうね。それにはわたしたちも同意するわ」


 指示をくれないかしら、トライスター。言ってウィステリアがかしこまった顔をする。

整った顔立ちに緊張感が満ちると、魔獣らしいというか、ヒトとは違う次元の生きもののすごみのようなものが感じられた。

 それを今は頼もしく思いながら、サイラスは彼女たちにもまた指示を伝え、寄宿舎を再び後にする。役所に何と報告するべきか。悩みながら呼吸が出来る程度の駆け足で役所へと今度こそ向かう。ソラネンの平穏を懸けた一世一代の大勝負が始まろうとしていた。

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