27 : You are Different - 04
「お前たちと多重契約を結べ、というのならそれ相応の説明をもらえるのだろうな」
「……どこまでを知っているの?」
半信半疑の態度を隠さないスティーヴにサイラスはふっと微笑みを投げる。サイラスの両目には今、あるものが映し出されていた。
「ウィステリア・フロリバンダ。私にはマグノリア・リンナエウスの眼がある。魔力が枯渇しているからな、これほど近くに相対せねば効力を発揮出来んがそれでも眼は本物だ。お前たちの名ぐらいなら見通せる」
魔獣には皆、何か一つだけ特別に発達した器官がある。マグノリアは身体的にはほぼ劣等生で魔力を配分する素養もない。それらを補う技術をサイラスが教えて、そうしているうちに気付いた。マグノリアの目は真実の名を見通す。契約をしていない魔獣の真実の名を口にするとき、人は多かれ少なかれ魔力を要するから、相応の覚悟を持って名を呼ばなければならない。魔獣の名を読んだだけで死亡したという前例は魔導書の中にかなりの数が散見された。魔導書はそれを魔獣の呪いだと表現したが、サイラスは違うと思っている。自己防衛機構なのは間違いないが、多分、魔獣はヒトよりも名前という概念に強く縛られているのだろう。シジェド王国においてヒトの名はそれほど意味を持たない。偽名を使うことも別名を使うことも暗黙裡に許されている。そして、本来の名を呼ばれたところで、ヒトは何の干渉も受けない。それに対して魔獣は名を呼ばれると呼んだものの話を強制的に聞かされる。拒否をすることは出来ない。だから、対話をする相手として相応しいだけの魔力を保有しているかを試されている、というのがサイラスの結論だ。
その結論をもとにサイラスはスティーヴの真なる名前を呼んだ。藤の花。その名を冠した鹿の姿をした魔獣。それがウィステリア・フロリバンダだろう、と言うとサイラスの心の臓がぐっと掴まれたような感覚を受けた。
それでも平静を貫き通すとウィステリアが深く長い溜息を吐く。
「わたしたちのあるじは慧眼だったようね」
「そのようだね、ウィステリア」
ぼくの名も見えているのだろ、トライスター。言った青年――クァルカス・フィリーデアスは諦観を顔に浮かべていた。
「クァルカス、お前はファルコか」
「そう。きみに見えている通りのファルコさ」
ファルコ――鷹の姿をした魔獣であることをクァルカスが肯定する。二体の魔獣の名を呼んだサイラスを疲労が襲った。身体がどことなく重たい。それでも毅然と顔を上げているとテレジアが「坊や、水を飲みな」と言って栓を抜いた蒸留水を渡してきた。
それをぐい、と呷る。尖塔の蒸留水をこんなに多用していたらいつか効力がなくなるのではないか、と僅か心配をしたが先のことに不安を感じている場合ではない。
サイラスはそうして一息ついて、二体の魔獣と再び対峙した。
「察するにお前たちのあるじの余命が短いのだろうが、残念だが私には魔獣を三体も維持するだけの魔力はない」
「いいえ、そうではないわ。器は十分にあるのではなくて? あなたとテレジアの魔力を十分に満たすのにわたしたちも力を貸すわ。与えてほしいのではないの。ヒトと生きてきたわたしたちにとって、ヒトと関わっていることがもはや生活の一部と化しているから、わたしたちはヒトの社会の中で生きたいだけ」
ウィステリアとクァルカスが暮らしていた街では二人の居場所が確かにあった。それと近い環境をソラネンなら得られるのではないか、と期待しているという風に聞こえる。魔獣なのにヒトと同じものを求めている。早晩朽ちる、彼らの今のあるじというのは多分、ファルマードのような人格者なのだろう。魔獣とヒトとが共存する方策を魔獣とヒトの双方の為に模索しているように感じられた。
「だから、ヒトの姿で旅をしているのか」
「ヒトというのは不思議な生きものね。人を妬み、嫉み、憎み、恨み、蔑み、滅ぼし合いすらするのに人を愛し、慈しみ、守り、想い、共にあろうとする」
「ぼくたちのあるじはそういうヒトのことを大切にしろ、と言っている」
「今朝方、あなたたちが魔力干渉を受けたダラスのことなのだけれど、あれはわたしたちにとっても害悪でしかないわ。立ち向かうと言うのならわたしとクァルカスも協力は惜しまないつもりよ」
もし、賛同してくれるのならわたしたちはヒトとしての名前をきちんとあなたに差し出すわ。言ったウィステリアの表情に偽りのようなものは見受けられなかった。
外敵が内部に既にいる、という可能性をサイラスは考慮していたが、スティーヴ・リーン――ウィステリアはダラスでなかった。であれば騎士ギルドの把握していない部分で外部からの侵入者がいるのだと考えられる。
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