23 : Take my hand - 03
「外部からは知るすべがなかった――?」
そうだ。その通りだ。その筈だ。サイラスの魔力が枯渇しているとは言え、そこまで落ちぶれてもいない。現にダラスはソラネンの外から魔力干渉を行ってきた。
その理屈が間違っていないならサイラスたちは別の仮定を考えなければならない。
だとしたら何だ。質疑応答を一通り終え、それぞれの役割を果たす為に魔術師たちは散っていった。クラハドとシェールも自らの言葉を実行するべく、他の組織への連絡に向かっている。今、この部屋に残っているのはサイラスとリアムとシキだけだ。シキはシェールの指示でサイラスの手助けをすることになっている。
懸念を振り払うべく、思考を声に出した。リアムが適当な相槌を打ってくれるから、サイラスの考えも整理されていく。
「外部からは知るすべがなくとも、街の中からはある、とか言うんじゃないだろうな、セイ」
「それを防ぐ為に私は地下水道の出口には中和剤を撒いて――待て、リアム。昨日お前は中和剤を飲むのを忘れていなかったか?」
確かそんな会話をした記憶がある。リアムが中和剤を飲まないのは毎年の恒例行事だ。だから、サイラスもそれほど重大なことだと取り合わなかった。その慢心が油断を招いたのだとしたら、サイラスもまたこの一件に関して無実だというわけにはいかないだろう。
指摘をするとリアムはさっと顔色を変えて、そうして半ば叫ぶようにサイラスの危惧を肯定した。
「えっ? 俺? えっと、ごめん、忘れてた!」
「最終的にお前はいつ、中和剤を飲んだ?」
「……地上に上がってセイに指摘されてからだから――」
「地下水道の魔力を結構な範囲に散布したようだな」
「ごめん、本当に忘れてたんだ」
その件について謝罪や弁解をする次元はもう終わった。ソラネンの市民の為とうそぶいてリアムを騙していたことへの報いだろう。真にマグノリアの魔力を隠す為だと言っていれば、もしかしたらリアムも中和剤を飲み忘れたりしなかったかもしれない。
かもしれない、だなんて可能性を今更どれだけ憂慮しても結果はもう変わらないのだ。
だから。
「マクニール、地下水道から中央市場までの範囲にいた市民以外の存在を洗い出せるか」
サイラスがリアムの中和剤の飲み忘れを指摘したのは中央市場の東の外れ――騎士ギルドでシキとひと悶着あってからだ。となるとそこに至るまでの区間はマグノリアの魔力を帯びたまま歩いていたことになる。
その距離は決して短くはないし、人通りもかなり多い。
だのに。
シキはさも不思議そうに問いに問いを返してきた。
「それだけでいいのか?」
「どういう意味だ」
「そんな簡単なことに答えるだけでいいのか、と俺は訊いている」
「何やら自信があるようだな。答えてくれ、昨日地下水道から中央市場までの範囲にいた市民以外の存在はどれだけいる」
「貴様らしくもない問いだ。昨日から今日に至るまで、その中でも地下水道から中央市場――いや、酒場までの範囲にいた部外者だと? そんなものは決まっているではないか。貴様も聴いただろう。奇跡のエレレンの名手――スティーヴ・リーンただ一人だ」
それ以外の部外者は旅籠の区画から出ていない、とシキは断言した。
「根拠を聞こう」
「本当に貴様らしくもない問いだ。昨日、旅籠で物取りが出たのを知らないのか。役所と我ら騎士ギルドが捜査に当たったゆえに貴様たちの報告を俺が耳にしたのだろう」
これ以上の説明が必要な程、サイラスは無能なのか、と問われてサイラスは昨夜の会話を思い出した。
エレレンの名手は確かにサイラスたちに問うたではないか。ダラスを知らないか、と。その奇妙な符合のことをどうして今まで忘れていたのか。思い返すとどうして彼女はダラスのことを尋ねてきたのか。
その答えの一つとして、スティーヴ自身があのダラスの端末であったのではないか、という疑念が振り払えない。外敵と思っていたものが既に内部にいたとしたら、結界魔術など何の意味も成さない。
危機感が爆発的に募った。
「まずい、リアム。寄宿舎に戻るぞ」
「えっ、何、どういうこと」
「駆けながら話す。マクニール、お前も来てくれ。私の手には負えない可能性の方が高くなってきた」
言ってサイラスは席を立った。そうしてそのまま尖塔の階段を駆け下りていく。後れを取った二人が難なく追いついて、体力で劣るサイラスを易々と追い抜いた。見かねたシキが提案をする。
「トライスター、貴様にとっての屈辱と承知で言おう。『俺に背負われろ』」
「……私の感情の好悪を問うている場合ではないのは自明のようだな」
頼む。言うのが早いか背負われるのが早いか、その別も付かないぐらいの拍子でサイラスは軽々とシキの背に負われる。そうして、シキは何も背負っていないリアムと同じだけの速度で石畳を駆け出す。
ソラネンの街はまだ安寧を保っている。この均衡が守られているうちに何をすべきか。サイラスは次の一手を必死で探る。シキの背は思っていたよりもずっと安定しているのだけが妙に心地よかった、だなんて口が裂けても彼には言わないが、人に頼るのもそれほど屈辱ではないのだなと実感をする時間だった。
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