第七話
19 : Follow me - 01
天才と呼ばれることに酔っていなかったか、と言われるとサイラスは少し返答に詰まる。
両親と死別したあの日から、孤独の道を歩いてきた。テレジアを助けたのも自己満足だ。自分より立場の弱い存在だから救って「やらなければならない」という使命感があったのは否定出来ない。一人で死にゆこうとしているテレジアに同情したのもまた否定しない。一人でいることのつらさを味わったまま、誰にも看取られず死ぬことに怯えていた。魔力を帯びた蜘蛛の子に未来の自分が重なって見えた。だから、救ってやりたいと思った。テレジアを救うことでサイラス自身が救われたかった。
その打算をテレジアが知らないままだ、とは思っていないがどの辺りまで見抜かれているのかを確かめるのは墓穴を掘る行為だとわかっていたから、疑問のまま残っている。
ウィリアム・ハーディという傭兵と知り合うことでサイラスの人生は少し奥行きを帯びた。
自由人のリアムはサイラスの人生に様々な色を載せてくれる。旅の途中の冒険譚。サイラスの知らない異邦の景色や旅情についての感想。慈善活動を他人の為ではなく、自分の為に行うことで得られる充足のことをリアムが教えてくれなかったら、多分、サイラスはソラネンの人柱であることをもっと早い段階で投げ出していただろう。
ソラネンの街は美しい。
人が持つ欲求の中でもより美しい探求の志を掲げたものが集う街だからこその輝きがある。
輝きがあれば、その分のかげりもある。それを差し引いてもサイラスはソラネンの街とここに住まう住人たちのことが好きだった。
だから。
「トライスター! この街がダラスに狙われているというのは本当か!」
指示系統の源流である役所の開庁を待つ時間で、他のギルドに根回しをしようとリアムと話していたところにその声は飛んできた。騎士ギルドには夜警があるから、朝早くとも誰か役職にあるものと話が出来るだろうと踏んで優先的に訪問しようと言ったばかりで、正直なところサイラスはこの青年との間に浅からぬ縁があることを確信するに至る。
「マクニール。その情報は誰から知った」
騎士の中には元々半数程度、魔力を持つものが存在する。本職の魔術師と比べると流石に対等な戦力とは言えないが魔力を帯びた武器に術式を施したり、自己強化を行うことで更なる戦力を持つ。物理的な戦闘力では純粋騎士に劣り、魔術的な効力では尖塔の魔術師に劣る魔術騎士たちは自らが中途半端な存在であることを誰よりもよくわかっているから、両ギルドの橋渡しを引き受けてくれる可能性が高い。
サイラス個人を狙って魔力干渉を行ってきた可能性と、ある程度以上の魔力を持つものに対して広範囲に干渉をした可能性との間で揺れていたが、ダラスという具体的な単語が出てくるのならば、後者だったのだろう。
騎士ギルドの中にもサイラスと同じ映像を見たものがいる。
それが誰なのかを知りたくてサイラスは問いに問いを返した。
だのに、まるでそれが当然のことであるようにシキ・Nマクニールは彼の質問を繰り返す。
「俺の質問に答えろ、トライスター! この街に危機が迫っているのか!」
危機管理が出来ないのか。詰りそうになってサイラスは堪える。談話室でリアムの言った台詞を思い出したからだ。嫌いなやつに望んで話しかけるやつはいない。であれば、シキはサイラスが思っているほどサイラスのことを嫌っていないのではないか。
腹を割って話し合って、相互理解を得ている余裕があるかを束の間思考してやめた。
今は厄災の襲来に備えるのが最優先だろう。
「……そうだ」
「ならば我らソラネン騎士ギルドが全力で貴様たちを守護しよう」
その為に必要な指示があるのならば言え、とシキが真顔で言う。そこにはサイラスを軽んじる様子は微塵もなくて今まで思っていたシキの表情とは違って見えた。心象が違うだけで視覚情報はここまで違うのか、と思うと人の心理構造についての討論に参加したくなったがそれはソラネンの安寧が保たれてからで十分間に合う。
だから。
「マクニール、ダラスの情報をお前に伝えたのは誰だ」
「シェール副団長殿だがどうした」
シキに情報を伝えたのがシェール副団長――魔術騎士の中でも最も実力のある騎士が彼だ――ということは今、騎士ギルドには魔術騎士の部隊が最低でも一班は待機している、ということだ。彼らのうちどの騎士までが魔力干渉を受けたのかを確認することで、間接的に敵のダラスの影響力を推し量ることが出来る。シェール副団長と面会したい、と思った。
「シェール殿は今、ギルドにおられるのか」
「副団長殿は今、尖塔に出向いておられる。用向きがあるのであれば尖塔へ向かえ」
何の為に、とはシキも問わなかった。シキもまた純粋剣士だ。生まれがソラネンでなかったら、聖騎士を志したかもしれないほどの防御偏重型で、守るという戦いにおいてシキは決して価値のない存在ではない。寧ろ良き盾として守護してくれるだろう。それで命を落とそうとも、ソラネンの安寧が守られるのであればシキは決して恨み言など言うまい。全身全霊を―――彼の命すら懸けて本当の本当に魔獣と対峙出来るものを守る、という覚悟を灯した顔をしてシキは言う。
「トライスター、ソラネンを想う気持ちであれば俺は貴様にも劣らん。俺はソラネンに十八年の恩がある。十年の貴様などには絶対に負けん。絶対に、だ」
彼の愛するソラネンを根本的に守っているのがサイラスだ、と打ち明けたらシキはどうするだろう。多分、同じことを繰り返し言ってくれるような気がした。敬遠もせず、排斥もせず、尊厳を保って、シキはサイラスのことを同胞と呼んでくれる。そんな確信にも似た感覚がサイラスの身に降ってきた。
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