18 : Believe in you - 04
いてもいいのだろうか。この場所はサイラスにとって試練の場だと思っていた。自らを高め、研鑽し、奉仕する。その代わりにサイラスはここにいる権利を守られているのだと思っていた。その、代償の部分を誰かと共に背負ってもサイラスはここにいてもいいのだろうか。
リアムは柔らかい声で言った。
「俺はセイのいないソラネンなんて旅する価値がないよ」
セイがいるってわかってるから俺はソラネンに来るんだ。
言われてサイラスは横面を張られたような衝撃を受ける。多分、それは言い過ぎだろう。誇張表現というやつだ。わかっている。それでも、リアムの中でサイラスの存在がソラネンの一部であると認識されているという事実に胸が詰まりそうだった。自己犠牲を褒めて欲しいのじゃない。感謝をされたいのでもない。ただ、ここに在るということを受け入れ、ここにあるということを認めて欲しかった。その、世界の一隅にサイラスがいる。これ以上の報恩など決してあるまい。
「じゃあリアムのボウヤは来年からあたしの宿に泊まるんじゃないよ」
「違う! そうじゃない! 女将の宿は居心地がいいから出来ればここに泊めてくれよ!」
「あんたもボウヤと同じで応用力のない馬鹿だね」
「馬鹿に馬鹿っていうやつが一番馬鹿なんです!」
今、そんなじゃれ方をして遊んでいる場合ではないのがわかっているのか、と口をついて出そうになる。わかっている。二人ともサイラスの向こうの未来を双眸に映した。先のことが見えたから、少し気持ちに整理が付いたのだろう。彼らには今、僅かだけれど余裕がある。
だから。
「いいかい、ボウヤ。この問題が解決したらあんたは自由にソラネンの街を出ていけるかもしれないじゃないか。そうなったら、リアムのボウヤとたくさん旅をおし。あたしの知らない外の世界を見て、聞いて、そしてあたしにも教えておくれでないかい」
「私だけが自由になって、お前はそれで恨まないのか『マグノリア・リンナエウス』」
「本来ならあたしは十年前のあの夜、死んでて当然なのさ。あんたに救われた命なら、あんたの為に使ってやりたいじゃないか」
魔獣の名は皆植物の名に由来する。魔獣そのものが長齢の植物から生み出されるからだ、とか、それらの長齢にあやかりたいからだ、とか古文書には様々な理由が記されていたがサイラスは正答を未だ知らない。知らないが、それゆえに知っている。木蓮の名を戴いたサイラスの相棒はサイラスの最良を心から願ってくれている。テレジアという名にマグノリアを封じたのはサイラスだ。なのに彼女はサイラスの多幸を願ってくれる。
そんな小さな祈りを踏み砕かなければ前に進めない、などと言わなくてもいいぐらいにはサイラスにも強さがある。
だから。
「リアム。国というのは何だと思う」
「だーかーらー、俺に哲学の話をするのはやめろって言ってるだろ!」
「思うに『国』というのは『人の集まり』ではないか。であれば、『人を守る』為に国の戒律を破ることは決して国を裏切ったことと同義ではないのではないか」
「……俺の話、全無視かよ。ああ、そうだな! お前の言う通りだよ」
人を守る為の規律が人を殺めるのであればそれは本末転倒も甚だしい。
であればサイラスたちが今から犯す愚には価値があるだろう。後世の人間がどう評するのかはこの際どうでもいい。生きて、その評を待てなければ結局は何の意味もない。
生きている、というのはそれだけ尊いことだというのをサイラスは知っていた筈なのにこの十年の間で少し縁遠くなっていた。サイラスは生きている。生きて、ソラネンの街に恩を返している途中だ。最後まで報恩したければ些事に拘っている場合ではない。
そう、思い出した。
サイラスの双眸に覚悟の光が灯る。それを視認した二人が顔を見合わせて苦笑して、そうして三人は一世一代の大悪党になる為に談話室を出た。行こう。この石畳の上に血を流してはならない。朝の色が少しずつ輪郭を鮮明にする。ソラネンの未来を懸けた三日間が始まろうとしていた。
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