17 : Believe in you - 03
輝石というのは魔力を増幅する為の触媒であり、術者本人の魔力が枯渇していれば当然振幅は減少する。あくまでも触媒であって、魔力を供給する手段ではないのだ。
サイラスが持っている魔力の器は、現在、半分か三分の一程度しか力を保有していない。魔術を一切使わずに自然回復を待つとすればゆうにあと半年は必要だろう。とてもではないが、それを待つわけにはいかない。
何か別の方法でサイラスの魔力を回復させるすべを探すしかないが、現代魔術の術式では体力の回復を担うことは出来ても、魔力の回復は不可能だ。
なのに。
「俺、自分では出来ないから具体的な方法はわかんないんだけどさ、あるんだろ」
「何が言いたい、リアム」
「古代魔術を使えば魔力共有が出来るんじゃないかって話だよ、セイ」
お前の得意分野だろう、と言われた気がした。そうだ。その通りだ。古代魔術にはある魔力保有者から別の魔力保持者に魔力を共有する術式がある。ただ、この術式は精神力に大きな負荷がかかる。ときには片方、最悪の事例ならば両方の術者が命を落としたという記述も古文書の中には散見された。
ゆえにこの術式を禁じ、古代魔術として封印したのが初代シジェド国王だ。それ以来、この術式が解禁されたことはない。王令で禁じられている術式を行使するのがサイラスだけであればそれほどに躊躇うこともなかっただろう。言い方は悪いがいつものことだ。事実が露見しても、サイラスがトライスターの称号と未来永劫別離し、死罪を受ければそれで終わる。
けれど、リアムが言っているのはそんな規模の話ではない。
ソラネンの街に住まう魔力保持者「全員」を対象として古代魔術を練り上げろというのがリアムの主張だ。そんなことは許されない。許されてはならないのだ。
そんな無力感を覚えながら、サイラスは呟く。トライスターと呼ばれても、ソラネンの守護者と嘯いても、何の力も持たない。人々の安寧を守る為に人々を危険に晒すのはただの愚ではないのか。
「誰がそれを許すのだ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。やるか、やらないかしかないんじゃないのか」
リアムの言っていることの意味はわかる。最低限の犠牲を覚悟してでも全体の利益を追求する。それが一番効率的で建設的な意見だろう。
それでも。
サイラスは人を傷つける為に古代魔術を研究しているのではない。己の知的好奇心を満たし、その延長線上で人を守る為にサイラスの十年は費やされた。自分自身では判断出来ない、だなんていう無力感を味わったのは多分十年ぶりだろう。
その十年を一緒に生きてきた共謀者の意見を聞きたいと素直に思った。
「テレジア、お前はどう思う」
「あたしはボウヤがいなけりゃ縄張りの張り方も餌の捕り方もわからなかった駄目なダラスだからねぇ。好きにおしよ」
ボウヤが磔の目に遭うなら、あたしも付き合ってあげるよ。そうなるとソラネンは誰が守るのか心配だねえ、あたしには関係のないことだけど。
言ってテレジアは柔らかく微笑む。
毒づいてはいるが、これはサイラスへの励ましの言葉だ。要するにテレジアはサイラスの生き死にに添うからサイラスの思うようにやってみろ、と言っている。
「お前たちはそれでいいのか」
「何が?」
「破戒者の烙印を背負って、それでもなお生きることへの覚悟があるのか」
「セイ、それはお前にだけは言われたくないよ、俺」
「一都市規模で禁忌を犯して何の咎めもないとは考えられん。生きる為に罪を背負って、そうして生きることを嘆くのならここで皆滅ぶのも選択肢の一つではないのか」
「セイ、そういうのはやってみないとわからないもんだよ」
「やらずとも明白なことだ」
ソラネンの街にいる魔力保持者の全員が全員、この計画に賛同するとも限らない。賛同者の数にもよるが、一部のものだけでは到底、中途半端な術式にしかならず、結局は皆共倒れだ。
その危険を背負ってでも実行する覚悟をソラネンの住人に強いることはサイラスの本意ではない。
そう告げるとリアムとテレジアはそれぞれのかたちで苦笑を浮かべた。
「セイ、この街で一番の死にたがりはお前なんだから、お前以外の殆ど全員は明日も明後日もひと月後も一年後も生きていたいんだよ」
「そうさね。あんたの消極的な自暴自棄に付き合ってやろうなんて懐があるのはあたしぐらいのもんさ」
「だが」
「でも、も、けど、も全部ないんだ。セイ、俺を信じてくれたなら俺の意見も信じてくれよ。きっと、ソラネンの皆もそう思ってるんじゃないかな」
サイラスが皆の安全と安寧を願うようにソラネンの街もまたサイラスがその一部であることを望んでいる。そんな言葉が聞こえてサイラスは両目を軽く見開いた。
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