16 : Believe in you - 02

 友情は一方通行では成立しない、と暗に含ませるとリアムは切なげに笑った。


「そう? 坊ちゃんはお前のことちゃんと気にしてくれてると思うよ。でなきゃあんな風に嫌いな相手に一方的にでも話しかけたりしないんじゃないかな」


 だから、セイ。坊ちゃんのこと嫌いじゃないならもうしばらく付き合ってやりなよ。言いながらリアムは自己嫌悪をしている。不器用なのか器用なのか判別に困ったけれど、それを個人の問題と切り捨てるほどにはサイラスも友人のことを無価値だとは思っていなかった。


「リアム、お前は変わったやつだ。私のようなものの身の上を思いやる優しさを持っているくせにお前自身には随分狭量なのだな」

「俺は恵まれてるから」

「その不器用な傲慢をやめろ、と私は言っているのだが?」

「何が」

「自ら誇ってもいないものを、周囲に合わせてさも価値のあるものを持っているかのように振る舞うのをやめろ、と言っている」


 誇りとは自らの中にあるものだ。誰かと比べるのは別にいい。比較して自分の中のどの高さにあるのかを計るだけならそれでいい。

 それでも。一般常識というあるようなないようなよくわからない枠を持ち出して、そこに全てを押し当てて納得も満足もしないまま、受動的に誇るのはやめろ、とサイラスは釘を刺した。その指摘にリアムは今にも泣きそうに顔を歪ませる。それほどつらいのなら、どうしてさっさとその檻から出てこないのだ。扉が開いているのに、どうしてそれを目視しないのだ。リアムの世界にサイラスがいないのだとしたら、それは多分、代え難い不幸だろう。その不安を拭いたくて少し語調が荒くなる。それでも、リアムは泣きそうな顔のまま笑った。


「でも、事実だろ」

「リアム。ひとつだけ言っておこう。真実は人の数だけ存在する」

「俺は客観的事実の話をしてるんだよ、セイ」

「では問おう。お前の言う客観の在り処はどこだ。偏った客観などこの世にはごまんとあるぞ。乱数が決して平等ではないように、客観など国、土地、時期、年代で幾らでも変わる。それでもお前はお前の思いを主観ではなく客観だと言うのか」

「やめてくれよ、セイ。俺には哲学なんて高尚過ぎて付いていけない」

「そうだな。理屈の話はお前には向かん。それで? お前には主観がないのか」

「いや、だから」


 小難しい精神論を聞きたくない、というのはリアムの性分で心からの申し出だろう。わかっている。こんな屁理屈を聞いて楽しいのは王立学院の哲学科か神教科の学者たちだけだ。


「私は何も全ての人類が遍く主体的でなければならん、などという高邁な理想論を説きたいのではない。お前の――ウィリアム・ハーディの気持ちはどうなのか、と問うているだけだ」


 利があるからサイラスの友人でいるのか。それならばこんな秘密の暴露をされたのは迷惑か。重責とは関わり合いたくないのなら、今すぐテレジアの魔術で記憶を消して寄宿舎から放り出すがどちらがいいのか。そこまで問うて、やっとリアムの表情に別の色が載った。


「だって」

「だって?」

「セイが悪いんだろ。そういう大事なこと五年も黙っててさ」

「それはすまなかったと詫びた筈だぞ」

「しかもさ、この期に及んでまだセイと女将と俺だけで解決しようとしてるとかさ!」


 事件の規模考えろよ、都市まるまるひとつ分を守護する為の魔力がどれだけかなんて俺にはわかんないけどさ、無理なんだろ。だから、女将が弱ってるんだろ。女将が弱ってるの察したからその女将じゃない方のダラスが来たんだろ。

 まくし立てるようにリアムの批難が速射される。わかっている。リアムの言い分が全面的に正しい。テレジアとサイラスの魔力ではファルマードのように五十年もこの街を守ることは不可能だ。分かっている。だから、誰かの協力を仰がなければならない。でなければ、あの夢の中のダラスがそう遠くない未来――三日後だ――にこの街を襲うだろう。あれはその予告だ。この街をマグノリア――テレジアが守っていると分かった上で魔力干渉をしてきたものがいるのだ。

 それでも。


「誰かが自分の人生を犠牲にこの街を守っていた、などと知らされて喜ぶものなどいるものか」

「喜ばす、だなんて俺は一言も言っていないだろ」

「ではどうするのだ」

「自分のことは自分で守る。当然のことだろ?」


 にっ、と悪戯げにリアムが微笑んだ。その中にはまだ悔しさと距離感への無力感が残っている。それでもリアムは笑った。笑ったのなら、サイラスもまた過去の遺恨からは一旦距離を置くべきだ。

 だから。


「だが、この街は学術的な意味で探求をしたいと思ったものの集まりだ。敵意を退けるすべを持つものなど限られている」

「うん、だから、皆でやるんだ」

「何を」

「セイ。セイは女将の契約者なんだろ」

「そう、だが」

「セイの魔力が安定したら女将の魔力も安定するんじゃないのか?」


 それはそうだ。ただ、今のサイラスにそれだけの余裕はない。ファルマードが見抜いたように魔力の器としてのサイラスは街一つ分を内包するに十分な素養を持っている。それが、トライスターの称号を受け、表立って魔術を行使する場面が増えた。魔術師を兼業することでサイラスの魔力の消費量が増えたのに追い打ちをかけるように、外部からの魔力干渉が大きくなったのが一番の痛手だろう。過去のことは変えようがない。それを前提に魔力不足をどうにかするとしたら、外部から供給を受けるしかないのだけれどそのすべがない。

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