10 : Emergency Call - 02

 ベッドの下に半分ずり落ちた状態で、それでもなお睡眠を継続しようとリアムが寝ぼけた声を出す。


「うーん、何か用?」

「私とソラネンの街とお前とそれからテレジアの人生に関わる大問題が発生した。談話室へ向かうぞ」

「えっ? 何、どういうこと?」

「相談に先立ってお前には詫びておきたい。すまない、騙すつもりはなかったんだ」

「だから、どういうことなんだよ、セイ」

「詳細は追って説明する」


 ここで寝起き半分のリアムに話を始めるのは卑怯だ、とサイラスはわかっている。右から左へ聞き流している状態のリアムに洪水のような情報を与えて、混乱させて有耶無耶のうちに承諾させるのはそれほど困難ではないだろう。

 ただ、それをやるとせっかく数年かけて築いてきたリアムとの友情が一瞬にして崩壊するのがわかっていたから、サイラスはそれを避けた。

 サイラスにはリアムに告げていないことが幾つかある。友人だからと言って全てを理解し共感出来なければならない、だなんていうことはない。友人だからこそ言わないでいることもある。わかっているが明言しないことが人と人を結ぶこともある。

 それでも。


「リアム、お前には迷惑をかける」

「んー、よくわかんないけどさ、セイ。そういうときは泣きそうな顔してないでさ『よろしく頼む』って言えばいいんじゃないかな」


 サイラスが今から何をしようとしているのか。何の話があるのか。聞きたいことがある筈なのにリアムは穏やかに笑ってみせる。そうして彼は言うのだ。多少の迷惑を被る苦痛より、頼られることの方がずっとリアムにとっては重要なのだ、と。


「何を頼まれるのか、わかってもいないのにそんなことを言うものではない」

「ほら。セイは絶対そう言うと思った。俺のことを心配して、俺のために黙ってたことなんだろ? だったら、俺だってセイに言ってないこといっぱいあるしさ、もし本当にセイが後悔でいっぱいいっぱいなら今日の昼飯、奢ってくれればいいよ。それで全部、一回真っ平らにしちゃえばいいんだって」


 だから、一人で荷物背負うのやめよう。な?

 言ってリアムの右手がサイラスの左手を握る。悪夢の中で冷え切ったサイラスの指先は冷たいだろうにリアムは温かい掌を決して離そうとはしなかった。

 知っている。そうやってサイラスの荷物を平然と背負ってくれるのがリアムなのだと知っている。知っていて、サイラスはリアムを頼った。

 だから。


「トネリ屋の揚げピザを好きなだけ」

「コークのお代わりも自由とか」

「そうだな。ジェラートも付けよう」

「いいね、いいね! じゃあセイ、俺はセイの条件呑んだから今から共犯者ってことで」

「後悔しても知らんぞ」

「嫌だなぁ、後悔なんてさせる筈ないだろ。だって、お前はサイラス・ソールズベリ=セイ、名実共にトライスターで俺の大事な親友なんだから!」

「リアム。お前の、そういうところが度し難いが、それでも私もお前の意見に賛同する」


 そうだとも。サイラスは自らが負ったトライスターの名に恥じない為の研鑽を積んできた。一人で戦ってきたわけではない。だから。ソラネンの街に脅威が迫っているのなら、それはサイラス一人が背負うことではないだろう。


「行こう、セイ。女将のピンチなら俺だって寝てる場合じゃないからな!」


 言ってリアムはブーツを履くと部屋の外へ向かった。その背を追って、サイラスもまた部屋を後にする。ソラネンの寄宿舎で起居するものは皆、窓も扉も施錠しないのが常だ。それだけソラネンの治安がいいのだが、今日は敢えて戸締りを完璧に行う。そうした方がいい、という直感があった。念の為、結界魔術を施してから階下へと向かうと早朝の為か、まだ起き出している住人はいない。都合がいい。そう思ってサイラスはテレジアの部屋の扉をノックした。


「テレジア、緊急事態だ。『我々の安寧』が終わる」


 反応が遠いのは想定内だ。だから、サイラスはより危機感を煽る言葉を選んで口に載せた。安寧が終わる。その言葉を聞き取った部屋の中からばたばたと音がして、宿の女主人が姿を見せる。昨日より顔色が悪く映るのは寝起きだからか、サイラスの発言に肝を冷やしているからか。どちらにしてもテレジアにとって負の感情が働いているのには間違いがない。


「ボウヤ、それはあんまりな起こし方じゃないかい?」

「事実だ。そしてもう一つ、事実確認をしたい。テレジア、お前は少し痩せたのではないか」


 そう、言うとサイラスの前後で噴出する音が生まれた。テレジアもリアムもサイラスの言葉選びのセンスの無さに苦笑している。本当の本当にテレジアのことを心配しているのだとしてももっといい言い方があっただろう。それをサイラスの肩越しに二人が共有していた。


「起き抜けの女を口説こうだなんて、人としてどうかと思うよ、あたしは」

「テレジア。私は言った筈だ。『事実確認をしたい』と」

「リアム、あんたからも何か言ってやんな。このボウヤに色ごとは三十年早いのじゃないかい」

「女将、セイが冗談でも女を口説くと思ってるなら残念だけど女将の方がやばい」

「やばいって何さね。全く。気の利かないボウヤたちの子守なんてあたしはごめんだね」


 面倒を持ち込むのなら帰れ、と言外にある。それでも、サイラスは眉一つ動かさずに結論だけを淡々と告げた。ここで言葉遊びをしている余裕はない。そういう次元に達しているのだと告げなければならなかった。


「テレジア。ことは急を要する。談話室は空いているか」

「ボウヤ、わかってるんだろう。この寄宿舎にあんた以外、こんな時間に起きてるような変人はいない」

「ならば話は早い。四十秒で支度して談話室に来い。施錠を忘れるな。絶対に、だ」


 言って何度も釘を刺して、サイラスはテレジアから談話室の鍵を受け取った。鍵には小さな星型の飾りがついている。サイラスが十五の年に初めて受け取った「Sスター」を示すバッジを学院で鋳造を研究しているものに依頼してチャームへと作り変えてもらった。そのスターがこの寄宿舎では今でも燦然と輝いている。あれからもう四年だ。月日の流れというのは実に早いものだ、と思いながらサイラスは談話室に入る。

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