07 : Bad Joke - 02
「馬鹿。よく見ろ。接待だよ、ほらあの有名な」
「有名な、何なのか答えてみろ、カイン。便利屋なら良、悪友なら優、間男なら不可を与えてやろう」
サイラスが揶揄われるのは今に始まったことではないし、自身のことをどう表現されてもあまり好悪の別はないが、リアムについてまで揶揄しようというのならばそれは話が別だ。数少ない貴重な友人を嘲笑されて許せるほど、サイラスは大器ではない。
冗談もほどほどにしろ、と言外に含ませると学生――カインはぎょっとした顔をして、そうして結局は愛想笑いをしながら問いに問いを返してきた。
「それって今期の単位じゃないですよね?」
「勿論」
カインが胸をなで下ろすのを見届けて、サイラスは次の句を継いだ。
「今期の単位に決まっているだろう。君の普段の受講態度からして、このまま上手くいけば君のご両親への温情もあるがゆえに可を与えようと思っていたが気が変わった。それで? 君はこの男を何と評する? その答えによって私は今期の単位を決めよう」
君から見てリアムは私の何に見えるのだ。答えてみろ。
追撃を放つとカインの顔からさっと血の気が引いたのが見て取れる。同じ円卓に座っていた別の三人の学生たちも一様に狼狽していた。
「すみません! 冗談です! 言い過ぎました!」
「冗談でも言っていいことと悪いことがある、と君のご両親は教えてくださらなかったのか」
そういう不慮の事故であればなおさらカインには自省を促すためにも不可を与えるという旨を伝えると、カインは顔面を蒼白にして必死に自己弁護を始める。
「そんな! ちょっとした失言じゃないですか、トライスター!」
「ではカイン。私も言おう。『冗談だ』と。それで? 本当にこれで終わっていいのか?」
「以後よく反省します」
「反省では足りないのではないか?猛省してくれたまえ」
次に同じようなことがあれば、サイラスはトライスターの全権を用い、カインの今期の成績を全て不可にするか、自主退学を促すための心算がある、と最後の追撃を放つと楽しかった酒宴が一瞬で懺悔室のような雰囲気になった。
わかっている。こんな無粋なことをするためにサイラスは酒場へ来たのではない。
だから。
「カイン。挽回のチャンスを与えよう。君から見てリアムは私の何に見える。単位は関係ない。君の思うままに答えてくれていい」
「気心の知れた、とても大切なご友人のように思います」
「残りの君たちも同意見か?」
その問いに残りの三人が間をおかず首肯する。それを見届けて、サイラスは柔らかく微笑んだ。
「とても大切な友人を貶められるのは君たちにとって不快ではないのか」
「……大変、不快です」
「よろしい。私の言いたいことは伝わったように見える。さぁ、君たちも楽しい酒宴に戻ってくれたまえ。麦酒のこともご両親には不問にしよう」
今の心持ちを期末まで保つことが出来ればそのときは彼らに良を与えることも検討していい。そんなことを考えながら、先に席に通されていたリアムを探すと壁際の二人がけの席の片方に彼はいた。
リアムが妙ににやついた顔でこちらを見ているのに気付いたから、向かいの席に腰掛けるように見せかけて彼の向こう脛を思い切り蹴りつけてやった。リアムが痛みに煩悶する、と思ったのに戦士の彼の向こう脛は脛当てで守られており、対して学士のサイラスはただの木靴だから寧ろ自身の足の痛みに煩悶することになった。
その一連の動作を見ていたリアムが堪え切れないといった風情で噴出する。
「セイってたまにそういう馬鹿やるよな」
「馬鹿と言うな。ちょっとした手違いだ」
「それを馬鹿って言うんだよ、セイ」
セイって何だかんだ学生のこと、好きだよな。言われて否定する必要を感じなかったから適当に頷く。
「いいなぁ、俺もセイみたいな先生がいたらもっと学が付いたのかも」
「お前に教えることなどない」
「えっ? 俺が頭悪すぎて?」
「通り一遍の知識などお前には不要だろう。お前に必要なのは実経験だと私は思っているが」
それに、とサイラスは思う。
リアムは人から手解きを受けなければならないほど愚昧ではないし、彼は彼の経験を通してサイラスの知らない何かを既に学び取っている。そのことを恥じる必要はどこにもない。人には様々な生き方があり、その一つ一つが輝くかどうかは本人の素養とそのうえに積み重ねた努力だけが決める。
だから。
「リアム、楽士殿の登場だ。話の続きは私の部屋で聞こう」
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