05 : Be Proud - 03

 リアム自身の預かり知らぬところでリアムを媒介とした魔力散布が行われてしまう。そうなると耐性の低い幼子たちから順に体調に異変をきたすから、必ず中和剤を飲めと指示しているのにリアムは毎年毎年それを忘れてくれる。ソラネン以外にも当然、魔術は存在する。他の旅先でどれだけ迷惑をかけているのか。そのことを推し量るとき、サイラスの胸中には溜息しか溢れ出てこないのだった。


「何だったら、セイも一緒に来てくれればいいんだけどな」


 そうしたら、中和剤の飲み忘れもないし補助魔術も付与してもらい放題だ。

 そんなことをいつも通りの顔で言うリアムを見ていると、多分、この言葉は半分冗談で残りの半分は本当の本当に本心なのだろうと察する。叶わないと知っているから願う。サイラスはリアムのそういう強さを好ましく思っているから、呆れ顔でリアムの腕を叩き返した。


「行くぞ、リアム。マクニールより先に魔術師ギルドに報告をせねば心証を損ねる」

「セイってさぁ、本当に損得勘定も天才的に早いよな」


 その言葉には言外に研究を諦めるのか、と含まれていてサイラスは心の中でだけ苦虫を噛み潰した。

 そうだ。研究は明日でも来月でも来年でも出来る。それでも、今、この問題から逃避しておいて今更ソラネンの為に学術研究をしている、だなんて嘯けるほど分厚い面の皮を持っているわけではない。

 だから。


「魔術師ギルドから研究費をしこたま回収すれば帳尻が合うだろう」

「俺、セイのそういう現実的なとこ嫌いじゃないぜ?」


 理想を追い求め、高次元の理屈をこねまわし、高潔で聡明。生きている次元が違う。

 ソラネンの街ではサイラスのことをそんな風に評価するものがいるのもまた事実だ。

 それでも。サイラスが生きていく為には衣食住の全てと金銭が必要で、それを無視して理念だけで腹を満たすことは決して出来ない。だから、サイラスはこのよくわからない「友人」を通して学び取った。

 人が生きるということは決して美しい表面だけではない。傷付くことも、もがくことも、苦しむことも、痛むこともある。それでも、生きるという志を高く掲げたのなら負の感情から目を背けても何にもならない。人の人生は無数の傷の上で一瞬だけ輝きを放つ。

 それを教えてくれたのは他ならない、今、サイラスの隣に立つウィリアム・ハーディだ。

 だから。


「お前から教わったのだがな」

「うん?」

「どうせ今年も私の部屋に泊まるのだろう。テレジアに土産話でも聞かせてやれ」


 テレジアというのはサイラスが部屋を借りた寄宿舎の女主人だ。トライスターの栄誉を得た年以来、サイラスの部屋はテレジアの好意で一人で暮らすには十分すぎるほどの広さになった。その部屋の一間をサイラスはゲストルームとして使っている。リアム以外が使うことは殆どないにも関わらず、テレジアは毎日サイラスの居室と同じように丁寧に手入れをしてくれた。

 テレジアはソラネンに住んで長い。街の外の話を聞くのが数少ない楽しみだと言ってはばからないから、リアムの土産話は毎年テレジアを心底楽しませた。

 その代わりにテレジアはリアムから宿代を取らない。

 需要と供給が釣り合っている。

 そのことをほのめかすとリアムは満面の笑みを形どったまま言う。

 

「女将かー。女将は話長いからなー」

「お前自身も十分、話が長い部類だろう」

「えー、セイほどじゃないけどなぁ」

「言っていろ」


 軽口を叩きながら、サイラスとリアムは石畳の上を進む。

 夕暮れ時が近づいて、少しずつ空の端が色を付けようとしていた。

 魔術師ギルドのある塔まではもう少しかかるだろう。

 テレジアは多分、リアムの来訪を知らないだろうから今夜の夕食の準備は間に合わない。酒場で夕食も済ませた方がいいだろう。ならばサイラスの分の夕食は不要であると伝えるべきだ。羊皮紙にその旨を記して丸める。そうしてサイラスは首から下げている鳥笛を鳴らした――と言っても音は何も出ない。魔術式によって具現化しているこの鳥笛を吹くとサイラスのフクロウの耳にだけ信号が届く。その想定を踏襲した灰色のフクロウが間を置かず舞い降りてきて、サイラスは羊皮紙を彼女に託した。

 ソラネンの裏通りで酒場で明かりが灯り始めている。昼とはまた違う、賑わいの時間の到来を告げようとしていた。

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