第二話
03 : Be Proud - 01
魔力を秘めた輝石を掌に載せるとサイラスの身体にある魔力と反応して対流が起きる。
触媒と術者の魔力の対流が大きければ大きいほど効力の高い魔術を紡ぐことが出来る、と知ったときサイラスは生まれて初めて天賦の才に感謝した。ソールズベリ家は魔術師の家系ではない。サイラスが知る限りにおいて魔術師を輩出したという記録は残っていないから、この認識で間違っていないだろうという感触がある。ただ、サイラスはもう一つ別のことを認識していた。ソールズベリ家において子爵家という身分が魔術を試みる障壁となっていたのだろう。支配階級にあって魔術を学ぼうと思うものなどいない。魔術師はまだまだ卑しい職業の一つだと認識されているのだから。
ではなぜその卑しい知識である魔術を王立学院で研究することが許されているのか、と問われるとシジェドの国民はエルヴィン王を筆頭に誰もが皆一様に返答に窮することが目に見えている。
世の中というのはそういうものだ。
不条理と不条理と不条理の上で成り立っているのが世界だ。
だから、自らに魔術の才があったことを誇ればいいし、新しい生き方を見つけられたことを喜べばいいのを今のサイラスは理解している。
魔力の対流を感じながらサイラスは魔術式を詠唱した。刹那、サイラスの感覚が鋭敏化する。魔力を指先に集中して光の形に留めた。それをランタンの中に収める。
魔術式によって灯ったランタンの光を魔獣は嫌う。地下水道にいる魔獣の類はそれほど凶暴ではないが、念の為避けるに越したことはない。地下水道の定期点検に魔獣の駆除は含まれていないのだから、必要以上に仕事をすると後々魔術師ギルドから彼らの領分を犯したと恨みを買うだけ損をする。
暗闇の一部がランタンによって照らされている。その境界線がぶれるのに合わせて小さな影が逃げ隠れするのが見えた。サイラスとリアムが駆除すべき害虫、害獣たちだろう。
鋭敏化したサイラスの視覚が駆除対象の範囲を計算した。昨年の対象よりもやはり増えている。毎年増加傾向にあるということは、ソラネンの地下水道は何らかの問題点を抱えていると判じるべきだ。この定期点検は騎士ギルドからの依頼だとリアムは言ったが、別の組織の人間――役人たちに何らかの報告をしなければならない。
その場合、流れの傭兵のリアムからではなく、トライスターのサイラスが口を挟む方がより効力を持っている。王立学院主席研究員というのはそれだけの肩書だ。わかっていたが、役人たちに報告すればサイラスの研究時間はごっそりと持っていかれるだろう。サイラスの考える仮定を告げ、それをもとに現場の調査を行い、そして原因を突き止めて対策を実施する。そこまででゆうに半年は必要だ。
それでも、サイラスは知っている。
自分の保身の為に結果報告を怠ればソラネンの街はゆっくりとだが確実に蝕まれていくだろうし、何よりサイラス自身を嫌悪することになる。建設的な提案をして協力する。それが一番合理的だ。わかっている。わかっているが、どうしてそれが自分でなければならないのだ、という思いも当然ある。
サイラスの施した補助魔術に守られたリアムが定期検査を着々と進めていくのを見守りながら、サイラスの気持ちはずっと揺れていた。
地下水道では地上の音は殆ど聞こえてこない。
リアムが狩った害獣たちから素材を回収し終えて、地上に戻った頃にはとうに昼を過ぎていた。
布袋にして三つ分程度、向こう一年分をゆうに回収出来たことについては喜ばしいことだとサイラスも思う。騎士ギルドに報告をして嫌味を飛ばされたことについて目を瞑ってもいいとすら思える。
それでも。
「セイ、役所に行くんだろ」
その問いに素直に首肯することが出来なかった。
理由は二つある。先述のサイラスの研究時間を奪われるという懸念。それに加えてもう一つ。
「リアム、私が思うに役所ではなく魔術師ギルドの方が適所であるような気がしている」
「っていうと?」
「魔獣が繁殖している気配がある」
「えっ?」
「直接的な害はない。ただ、魔獣の気配に引き寄せられたものたちが集まってきているように見受けられる」
魔獣の気配、というか魔力を帯びた体毛、あるいは排泄物から魔力を回収しようとする生物が集まっている。野生の生物というのは概ね魔力を持たない。持たないが、魔力を帯びた物質を経口摂取することで何らかの進化を遂げてしまうものもある。だから、攻撃的な魔獣でないからと言って安易に見過ごすことが出来ないのが事実だ。
ソラネンの地下水道で駆除した害獣たちからは微量だが魔力が感じられた。リアムは純粋剣士だ。近接戦闘においてリアムに勝るものを探すのは中々骨が折れるが、彼は魔力を持たない。魔力を感じることもない。サイラスが魔術を使っても、リアム自身の魔力と感応しないから効果時間は短くなる。
そのぐらい、リアムは魔力とは縁のない世界を生きている。
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