駆け出し冒険者の人助け
三谷一葉
駆け出し冒険者、走る
新米冒険者の人助け
俺は駆け出し冒険者、ジェフ。
相棒の文字魔術師、リムと一緒に、〈石化熱〉に苦しむ村へやって来た。
〈石化熱〉────酷い高熱と喉や関節の痛み、最期には患者の身体が石のように固くなってしまうという、恐ろしい病。
リムはもちろん、回復術が使える魔術師たちは、患者を救うために尽力しているが、そろそろ解熱剤となるコーリ草が切れそうだ。
コーリ草は、村の近くにある《沈黙の森》の中にある。
《沈黙の森》では、魔術は使えない。魔術を発動させる時の鍵となる呪文が、森の木々に吸われて無効化されてしまうのだという。
おまけに、《沈黙の森》には、鋭い牙に硬い鱗の、恐ろしいドラゴンが棲んでいる。
俺は冒険者だ。装備は銅の剣と革の鎧。魔術は元々使えないから、関係ない。
リムは患者の治療で忙しいから、俺一人で行くしかない。
なあに、大丈夫だ。俺はまだ駆け出しの冒険者だけど、《嘆きの洞窟》の最奥まで行ったこともあるんだぜ。
ドラゴンなんて大物、そうそうお目に掛かれるものでもないし、パッと行ってちゃちゃっとコーリ草を採って来るのくらい、俺一人でだって、
「いいぃぃぃやああああああぁぁぁぁっ!! 出た出た出た出た出たああぁぁぁっ!!!」
回れ右。逃げるが勝ちだ。
走れ俺。逃げ切るんだ俺!
ていうか何故だ、何故出てくるんだドラゴン!
大体ドラゴンって言えば物語の終盤、成長した冒険者たちの強さを示すために出てくるような凄い魔物であって、駆け出し冒険者が『近所の森に薬草採りに来ましたー』って時には出てこないのが普通っていうか、ああもう結構走ったよなそろそろ諦めてくれないか
「ああああぁぁぁまだいるううぅぅぅっ!」
なんで着いて来てるんだよドラゴン! なんで立派な翼があるのに二本足で歩いてるんだよドラゴン!
いや、良い! 飛ばなくていい! そのまんまで! できたら止まってくださいお願いします!
ていうかなんで向こうは歩いてて俺は全力疾走なのに引き離せないんだよ。足か? 足の長さの違いか? 俺が短足なの悩んでるの知っててやってるのかもしかして。
ああそうかわかったぞ、これはドラゴンって怖いよねみたいなのを知らせるためのものなんだ。だから俺はこのまま無事に村まで駆け戻ってドラゴン出たぞーってみんなに、
(村まで戻るって?)
こいつを、ドラゴンを引き連れて?
《沈黙の森》の入口あたりで、ドラゴンが諦めてくれるのなら良い。
でももし諦めなかったら?
〈石化熱〉に苦しむ人の元に、患者を救おうと今も頑張っているリムの元に、こいつを連れて行くのか?
まだ、コーリ草を採ってすらいないのに?
「··········っ、ええいっ!」
奥歯を強く噛み締めて、方向転換。なんかちょっと泣き声が混ざったのは気のせいだ。
村まで続く太く広い道ではなく、道とも呼べないような木々の隙間に飛び込む。
あの巨体だ。こんな狭い道なんて通れるわけが────ああああ、バキバキって、バキバキって言ってるううぅぅ。
ドラゴンだもんな。そりゃ森の木ぐらいなぎ倒せるよな。うっそだろ、おい。
何か、何かないか。洞窟とか洞穴とか、俺は入れるけどドラゴンは無理な大きさのなんか都合の良いやつ────!
「ほぎゃっ!」
右の足首に嫌な衝撃。
身体が宙に浮いて、顔面から地面に叩きつけられた。
都合の良いことなんて起きなかった。木の根に思いっきりつまずいて、派手に転んでしまった。
やばいやばいやばいやばいやばいって。
すぐに起き上がって走らなきゃなんだけど、つまずいた拍子に足首を捻ったらしく、立ち上がれな────
「うきゅう?」
····················なんか、凄い可愛い声が聞こえた。
おそるおそる振り向くと、ドラゴンが小首をかしげていた。
目が丸く大きく、全体的にずんぐりむっくりしている。
逃げている時は必死過ぎて気づかなかったけれど、薄緑色の鱗で覆われた胸の前に、溢れんばかりのコーリ草を抱えていた。
「え、コーリ草、なんで」
「きゅうきゅう」
ドラゴンはこくこくと頷いて、俺の足元にどさどさとコーリ草を落とした。
それからくるりと背を向けて、しゃがみこむ。
「えーっと、もしかして、乗れって言ってる?」
「きゅうう」
··········どうやら、そういうことらしい。
☆★☆
「ドラちゃんだ! ドラちゃんが来たぞー!」
「まあ、コーリ草がこんなに! ありがとうねえ、ドラちゃん」
「ドラちゃーん! これ、私が焼いたの! 食べてって!」
《沈黙の森》のドラゴンに乗って帰ったら大騒ぎになるんじゃないかと思っていたが、まさかの大歓迎だった。
ドラゴンことドラちゃんは村人たちに向かって得意げに胸を張り、顎や翼を撫でられるたびに気持ち良さそうに目を細め、村娘の焼き菓子を口一杯に頬張った後に《沈黙の森》へと帰って行った。
「恐ろしいドラゴンって何だよ··········」
村人曰く、ドラちゃんは村の守り神のようなものなのだという。恐ろしい魔物が村の近くに現れたら追い払ってくれたり、村が流行病に襲われた時には今回のように薬草を届けてくれたりするらしい。
だが、あまりにも人間と親しく警戒心が無いため、タチの悪い冒険者に狩られることのないよう、ドラちゃんは『恐ろしいドラゴン』ということになった。
「ごめんなさいねえ、説明が足りなくて。あの時は大変だったから」
「ああ、いや。そうですよね、あはは」
つまり、俺を手伝おうと近付いてきたドラちゃんにビビって、勝手に走ってすっ転んだ俺は、すげえビビりな間抜けってことに────
「ジェフさん、ドラちゃんとお友達になったんですね」
「リム」
いつの間にか、相棒のリムが隣にいた。
大きな三角帽子に黒いマント、いかにも魔術師といった格好だ。
ここ数日、不眠不休で病人達の治療と看病をしていたせいで、目の下に隈ができている。
「怪我したんでしょう? 診せてください」
「お、俺は良いよ。何にもしてないし」
「ジェフさん」
リムが、俺の右足首にぺたりと札を貼り付けた。
リムが書いた回復札だ。痛みが少しずつ退いていく。
「ジェフさんは、ドラちゃんが恐ろしいドラゴンだって思ってたんですよね」
「うん」
「それでも、コーリ草が無くなったら大変だからって、採りに行ったんですよね。私は治療で忙しいからって、一人で」
「··········うん」
リムが、ふわりと笑った。
「凄いじゃないですか。怖いドラゴンがいる森に一人で行くって。ジェフさん、頑張りました。頑張りました大賞です」
「そうかなあ」
「そうですよ」
じわり、と目の前が滲む。
リムに気づかれないようにと、慌てて目元を拭った。
ああ、そうだ。
だってあの時は、本気で死ぬかも知れないと思ったから。
「だけど、今度行く時は私も一緒ですからね。一人で行っちゃ駄目ですよ」
「あいたっ」
べちり、と額を叩かれた。結構痛い。
額を抑えて呻いていると、リムは大真面目にこう言った。
「私、心配したんですからね。あんまり無茶しないでください」
···············早く、一人前になりたいなあ。
駆け出し冒険者の人助け 三谷一葉 @iciyo
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