マッパーマッパー! 地図屋は全裸で迷宮を疾走すっ!

荒木シオン

地図屋は全裸でダンジョンを突っ走る!

 ゼンラード大迷宮。

 それは本日のゲームアップデートでクエルポオンラインに実装された新ダンジョン。

 ゆえに正確な攻略情報はなにひとつなく、まして迷宮内の地図など存在しない……。


 そんなダンジョンの入り口に独り佇む全裸のおとこ

 一糸纏いっしまとわぬ鍛え抜かれた輝く魅惑のスキンボディには、頭部ですら一毛いちもうとてなく彼の確固たるポリシーが見て取れる。

 全裸とは、マッパーとは、一糸一毛いっしいちもうまとわぬこの姿を言うのだと……そのツルテカな身体が無言の内に語っていた……。


 彼は身一つで飛び込むのだ。

 多くのプレイヤーが新迷宮の攻略に万全の準備を整えているこの瞬間にその場所へ。

 なぜならば、漢は未踏破エリアへ踏み込み現地の情報を伝えるマッパーだから。地図屋、それは冒険者以上の命知らずである……。


 禍々まがまがしい装飾の施された神殿のような門を潜りダンジョン内へ侵入する。

 見渡すと中は磨き上げられた漆黒の火成岩で構成され、暗く、冷たく、空気すら重い。脳裏に浮かぶのは地下大墳墓ちかだいふんぼのそれ。

 なるほど、今回はそういうステージなのだと納得し、おとこは覚悟を決めて駆け出した。

 

 目指すは迷宮の最奥。記録すべきはかの場所への最短ルート!


 走る! 走る!! 走る!!!

 漢は地下大迷宮を、いやさ地下大墳墓を疾走する!

 罠を避け、魔物の目をかいくぐり、なんなら助けを求めるイベントキャラすら無視して彼は奥へ、奥へ、下へ、下へと駆けていく!

 

 しかし、その足がついに止まる。

 場所は三十六階層、深い、深い地の底で漢の前に立ちはだかったのは広大な空間に整然と並ぶ魔物の土人形。その光景はさながら兵馬俑へいばようのごとし。


 立ち止まった漢は直感的に理解した。

 ここは死地であると……。一歩でもひとたび中へ足を踏み入れたならば、あれらは怒濤どとうの勢いで自身を襲ってくるだろうと……。

 

 まさに初見殺しの悪辣あくらつなギミック。この新ダンジョンは端から独り者や少人数パーティの攻略は想定されていなかったのだ。

 レイド、大規模のプレイヤー集団による戦闘を目的に創られた、個人では到底踏破できるはずのない不可侵領域。


 攻略不可能、そう察すれば普通のプレイヤーなら引き返す。

 負けると分かった無益な戦いに身を投じるのは愚者のやることである。

 これはゲームだが死ねば確かに多くのものを失うのだ。ここに至るまでに稼いだ、経験値、資金、装備などなど……この場で倒れればそれらの多くが水泡に帰す。


 だが――、


 漢は前へと一歩進み出た。


 ――なぜなら彼はマッパーマッパー! 一糸一毛いっしいちもう纏わず身一つでダンジョンに殴り込んだ、全裸の地図屋である!


 漢が中に足を踏み入れた途端、魔物の土人形たちが命を吹き込まれたように動き出す。

 様々な武器を手にし、怒号を上げ津波のように押し寄せるそれに、しかし彼は真っ直ぐに駆け出していく!


 最速で! 最短で! 真っ直ぐに! 一直線に! たった一つ、切り開くべき道がそこにはあった!


 激突する全裸漢と魔物の土人形軍団!

 魔物たちの手にした武器が、凶刃が、一糸一毛いっしいちもう纏わぬ漢の肌に――、


 ――届きはしなかった!


 漢のスキンボディを捉えようとした瞬間、魔物たちの得物は彼の肌の上をスルリ、スルリと滑り、外れる!

 

 それもそのはず! 漢の一糸一毛いっしいちもう纏わぬ魅惑の身体は、最高級オイル・竜の背脂を丹念に塗り込み極限までグリスアップされていた!

 これこそがマッパー! 全てを捨て身一つで迷宮を駆ける漢の切り札!

 ツルテカ! ツヤピカ! な輝くスキンボディに刃物など無粋な得物は通じない!


 魔物たちの間をスルリ、ヌルリとまるでウナギかなにかの如く滑り駆けていく漢。

 しかし、次の瞬間、一直線に走っていた彼が大きく横に飛ぶ。直後、響く轟音、届く熱波と衝撃!


 周囲を素早く確認すれば、魔物軍団の最後方に魔術士風の一団!

 そこから次々と漢に目がけて火球が放たれる!

 彼はそれらを視界の端に捉えつつ、前へ前へと走り続ける。部屋の出口までもう数十歩! もう一息!


 が、ついに火球が漢へと直撃する!

 一瞬にして燃え上がる全身! ことここに至って極度にグリスアップした身体が仇となる! 油はどこの世界でもよく燃える!


「うぉおおぉぉぉおおおおおおおっぉおおおおおおお!」


 瞬間、漢はダンジョンに入って初めて声を上げた!

 それは苦痛からくる叫びのようでも、自身を鼓舞するための雄叫びのようでもあった。

 ただ一つ確かなのは彼がまだなにひとつ諦めていないということだった。


 漢は火達磨のまま速度を緩めず走り続ける。

 その姿はまさに炎の悪魔! 全裸漢は魔物たちに炎を振りまきながら、そうしてついに広間を! 三十六階層を駆け抜けたのであった!


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 広間の先にあった階段を下り、辿り着いた大部屋には巨大な鉄扉が一つ。

 それを目にし、未だ炎は消えず継続的にダメージを受ける漢は心底安堵した。

 この先こそが迷宮の最奥。目指すべき到達点。


 彼は今にも命の尽きそうな身体を引き摺るようにして鉄扉を押し開ける。

 もう、走る体力は残されていない……。


 扉を開け、中に入るとそこにいたのは三面六臂さんめんろっぴの巨大な鬼神であった。

 その姿を目にした直後、漢は鬼神の振るった大剣に薙ぎ払われ、キラキラと光の粒を残し消滅した……。


 あとに残ったのはどこか不満げな鬼神のみであった……。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 王都コルプス。

 そこはフィールドやダンジョンで倒れたプレイヤーが強制的に戻される場所。

 別名、始まりの街コルプス。


 気がつけば全裸漢はその街の中心たる噴水広場に立っていた。

 それを確認し、彼は自分が仕事をやり遂げたのだと確信する。


 するとそんな漢を待っていたと言わんばかりに周囲から人がわらわらと集まってきた。


「マッパさん! マッパさん! ゼンラード大迷宮の地図データありますか?!」


「馬鹿野郎! お前、新人か?! マッパさんじゃねぇ! マッパーさんだ!」


「アプデから数時間か、マッパー! 地図データの他に魔物の情報があるなら言い値であるだけ買おう!」


「わぁ~、アレが噂の……本当に全裸……」


 などなど口々に漢へ話しかけてくるプレイヤーたち。

 そんな中で一際大柄の男性プレイヤーが漢の前に進み出る。

 数々の傷が残る真紅の鎧に身を包み、大剣を二振り背負ういわおのような男。彼こそは VRMMOクエルポオンラインの五大勢力、その一つを束ねるギルドマスターであった。


「タダタカ、迷宮の全データこれで貰おう」


 目の前に巨大な革袋が五袋積まれる。その全てに金貨が詰まっているであろうことは想像に難くなかった。

 数にしておおよそ五〇〇〇枚、一般のプレイヤーが常識的な時間内でゲームをプレイした場合、月に稼げる金貨の枚数が二~三枚という辺り、その破格さが分かるだろう。


「売った。持ってけ」


 あり得ない量の金貨を積み、有無を言わさぬ様子で迫る彼に全裸漢タダタカ・イノウはやれやれと肩を竦めて了承する。

 ここで断ればマップデータの価格を不当に釣り上げている、とあらぬ疑いをかけられる。

 ならば多少強引ではあるが適正価格で購入してくれる彼と取り引きをしたほうがベターだった。


 金貨を受け取り、データを渡した瞬間、噴水広場に轟く歓声!

 そうして次に始まるのはデータを手に入れたギルドのおこぼれに少しでもあずかるための交渉である。


 その光景を一瞥し、独り広場をあとにしようとするタダタカに誰かが声をかけた。


「あれ? マッパーさん、どこへ行くんですか?」


 けれど、タダタカは応えずただひらひらと手を振り姿を消す。


 やることは決まっている。

 今回マッピングしたゼンラード大迷宮はあくまで最奥までの最短ルート。

 かのダンジョンにはまだまだマッピングすべき場所が残っている……。


 ゆえに漢は再び走り出す! なぜなら彼、全裸漢タダタカ・イノウはマッパーマッパーだから!!


                 完

  

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