悪役令嬢は勝利する!

リオール

悪役令嬢は勝利する!


王立学術院の卒業パーティ会場は、そうとは思えないほど静まりかえっていた。


ドキドキドキドキ……


静かすぎて、私の鼓動音が周りにも聞こえてるんじゃないかと思える。


「公爵令嬢エルシェイラ、私は……」


そんな心臓バクバクの私の目の前で、会場中心に鎮座まします王太子が今まさに言葉を発せんとしている。

怒りに彩られても金髪碧眼の絶世美男子はやはり麗しい。


だがそんなものはとうに見飽きた!

10年以上見てりゃ飽きる!

今はそんな美形顔より大事なものがあるのだ、私には!


さあこい!どんとこい!私が待ちわびてる言葉こい!!!


「私はそなたとの婚約破棄を今ここに宣言する!!!」


バッと手を前に突き出して、そう王太子は声高々に宣言したのだ!

決まった…!と本人は思ってるかもしれない。


…………


しーーーーーーーーーーん


そんな王太子の宣言後も誰も何も言おうとはしない。

いや、言えないのだ。

ただ顔色だけは赤くなったり青くなったりする者もいる。


そんな中で私――公爵令嬢エルシェイラはといえば――




「や」

「や?」


「やりましたわあぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!!」


勝利直後の格闘家よろしく、両こぶしを高らかに突き上げたのだった!




☆*:;;;;;:*☆☆*:;;;;;:*☆




「やったやったやった!婚約破棄ですわ!やりましたわ、みなさん!!」


嬉しさのあまり高揚して顔が赤くなってるのが分かる。やだ、嬉し涙まで出てきちゃった。

頬をつたう涙を拭いつつ、私は後ろで待機していた学友たちを振り返った。


「エルシェイラの勝ちね!」

「おめでとう、エルシェイラ!」

「凄いわ!」


賞賛の声が降り注ぐ。それに笑顔で答える。みんなありがとう!

そしてバッとまた振り返り、私は会場の一番高座となる場所に……立派な椅子に座る国王を見やった。

国王は何も言わず…言えず真っ青な顔で放心していた。


「賭けはわたくしの勝ちですわ、国王様!!」


「う、うぅむ……仕方ない」


「は???」


私の言葉に、ようやく国王は絞り出すような声で答え。

頭に疑問符いっぱいの王太子は間抜けな声を出すのであった。


青い顔はそのままに国王が立ち上がり、こちらへと歩いてくる。

そこへ駆け寄る王太子に……



 どごぉっっ!!!



強烈な音と共に王の右拳が王太子の左頬をクリーンヒットした!


「この馬鹿者があぁぁぁ!!!」


わー痛そー(棒読み)


床に倒れこみ、目を白黒させてる王太子に、国王が続ける。


「貴様、何をしたか分かっておるのか!?婚約者であるエルシェイラ嬢を放置して別の女の色香に惑わされ……あげく勝手に婚約破棄だと!?それが次期王となる者のすることか!!!」


「な、なぜそれを…」


そう、事もあろうに王太子は、一年ほど前に編入してきた男爵令嬢に入れ込んでしまったのだ。

それに嫉妬した婚約者の私が様々な虐めを男爵令嬢にしているという根も葉もない話を信じ……ついに今回の暴挙へと行動をうつしたのである。


根も葉もないんだよね、本当に。

男爵令嬢が『いじめられたんです~、クスンクスン』と訴えただけなんだから。

真相を確かめようともしないなんて、

「阿呆か」

としか言いようがないよね。


「エルシェイラぁぁ……」


王太子にジトっと睨まれた。あらやだ声に出てた?

コホンと軽く咳ばらいをし、私はニヤリと王太子に笑顔を向けて今度は聞こえるように言ってやった。


「かりにも次期国王となるべきお方が、たった一人の令嬢の意見を鵜呑みにして真実を見ないとは…阿呆と言わずして何と言えと?」


くー言ってやった、言ってやったよ!常々思ってたんだよね、言えてスッキリ!は~スッキリ!


「ミューリンが嘘を言うわけがない!!」


真っ赤な顔の左側が少し赤黒い顔で王太子は叫ぶ。どうでもいいけど誰も治療しようとしないのね。冷やさなくていいの?顔しか取り柄のない人なのに。


「ミューリン、ミューリンはどこだ!?」

「わたくしはここにいますわ、殿下」


キョロキョロと周囲を見渡しながら叫ぶ王太子の前に、一人の女性が前に進み出た。

腰に届きそうな髪は夜の闇のように黒く、けれど瞳は炎のような赤を抱き、同じように赤い唇は綺麗な弧を描いていた。整った顔に、スレンダーだが出るとこ出て引っ込むとこは引っ込んだ美しいボディラインを持った女性は、ピッタリと体に貼りつくようなドレスを身に纏い……一言で言えば妖艶な美女であった。


王太子でなくとも入れ込んでしまう男は少なくないと思わせる程の美女。


エルシェイラも十分すぎる程の美人ではあるが、どちらかと言えば可愛い系で、若い男が虜になるのはミューリンの方なのかもしれない。


「おぉミューリン!さあ私のそばへ!そしてエルシェイラにされた悪行を全て話すんだ!!!」


パアア……と光るような笑顔になった王太子は両手を広げてミューリンをその手に抱……

けない!!!


スカッ!!!


と効果音が聞こえそうな見事なスルーで王太子の動きをかわしたミューリンは、スススとエルシェイラに近づくのだった。それを見て王太子はなるほどと思う。


「そうだミューリン、目の前で文句の一つも言わないと気が済まないだろう!私が許す!いくらでもエルシェイラに言うがいい!!」


「ばっかじゃないの?」


が、ミューリンは、いかにも馬鹿にした顔でそう言ったのだ。王太子の顔を見ながら。

そして。

ガバッとエルシェイラの腕に自身の腕を絡ませる。


「エルシェイラ様、わたくし上手に演技出来てました?」

「ええ、もうさいっこーの演技だったわ!女優顔負けよ、ミューリン!!」


私はグッと親指を立ててミューリンに最高の笑顔を向けた。ミューリンも可愛らしい笑顔を返してくれる。みんな妖艶な美女とか言うけど、ミューリンはとっても心優しくて可愛らしい女の子なのよ!


フフフと微笑み合う私たちに王太子は益々わけが分からないという顔でオロオロし始めた。


うーん、まだ状況が掴めないかあ。本当に何も気付いてなかったのね。ばっかだなあ。


「このバカ息子が、まだ気付かんのか!?そなたはエルシェイラ嬢や男爵令嬢その他もろもろ……全てにだまされておったのだ!」

「えええええ!?!?!?」


国王の叫びに叫びで答えた王太子を見て、国王は頭を抱えてその場に座り込んでしまった。


「こんな馬鹿者を、余は次期国王にしようと思っておったのか……我ながら情けないやら恥ずかしいやら」

「ししししかし父上!こんな事が許されるはずもないでしょう!?これは立派な不敬罪です!」


慌てて言い募る王太子だが。

お忘れでしょうか?この国の法律を。


この国は……


「わが国では国が認めた賭け事は許されるのだ。そしてその結果による褒美は絶対である…忘れたわけではあるまい?」


そう、この国はちょっとした娯楽……皆の不満を和らげるためとして、国が認めた賭け事は許されている。相手の身を滅ぼすような酷いのはダメだけど。一番多いのが後継者争いが勃発した場合。どちらが後継者になるか民衆は賭け、後継者たち自身も後継者になればこうするなれなかったらこうする、などの賭けをするのだ。もちろん後継者になれなかった者が路頭に迷うなどといった悲惨な結果は受け入れられない。


そして今回の場合だと……


「そ、それではエルシェイラは何の賭けを?」


聞きたいような聞きたくないようなか細い声で、王太子は恐る恐る父王に問う。


「そなたがエルシェイラ嬢に婚約破棄を言うか言わないか、だ。わしは言わない、エルシェイラ嬢は言うに賭けた。もし言わずにこのまま卒業なら当然結婚してそなたを支え続けるがわしへの褒美、婚約破棄をそなたが言ってしまったら」

「言ってしまったら?」


覗き込むように顔を近づけてくる王太子をチラッと見たのち大きなため息をついて国王は続ける。


「婚約は勿論破棄。エルシェイラ嬢は公爵の後を継いで女公爵となる。王家はそれを全面的にバックアップする、だ」

「なななななんですって!?」


どもりすぎたよ王太子。


女公爵は前例がないわけではない。少ないだけで禁止されてるわけではないのだ。

そして我が公爵家は私以外に後継者はいなかった。一歳下の弟がいるのだけれど病弱で、とても家長になれる状況ではない。

私が王太子と婚約した時点ではまだ弟は健康で発病するなど誰も思っていなかったのだ。発病後、王家は私が王太子に嫁いだ場合助けてくれるとは言っていたが、お父様亡き後、悪意ある者が、もしくは王家が我が家を乗っ取るような事があってはたまらない。


だからこそ、私はこの王立学術院に入学する時に、王に賭けを打診したのだ。


その時点では王太子との仲は悪くなかった。むしろ良かった方だと思う。けれどそれは恋心ではなかったのだ。あくまで友達レベル。だからこそ、私はこの賭けを申し出たのだけれど。国王は私たちの気持ちなど気付いてなかったのだろう。仲が良い=結婚するだろうと高をくくっていたのかもしれない。かるーく賭けに乗ってくれた。


「幼い頃からのお友達に学術院に入ってから出来たお友達、そしてミューリン様。みんなわたくしに協力してくださいましたわ」

「み、みんな知っていたってことか!?」


真っ青な顔で王太子が周りを見渡せば。

私のそばにいる友人たちはみな一様に頷く。


「ミ、ミューリンもだと!?」

「はい」

「あんな見え見えの誘惑に乗ってこられるとは思いませんでしたわ」


頷く私と呆れた声で言うミューリン。


「ミューリンはわたくしの遠縁にあたる親戚ですの。病弱な弟の静養地としてたまに訪問しては一緒に遊ぶとても仲の良い……親友ですのよ。我が家に来ることはありませんでしたから殿下はご存知なかったでしょうけど」

「そ、そんな……」


「わたくし、自分の見た目にずっとコンプレックスを持ってましたの。みんな外見ばかり見て、本当のわたくしを見てくれない。でもエルシェイラ様とハイシェ様は違いました。お二人は本当のわたくしを見て可愛いと心からそう言って仲良くしてくださってました。お二人には感謝してもしきれません」


ハイシェとは病弱な私の弟だ。


「ハイシェもミューリンの住む地だと調子も良くなるみたいだし、そろそろ永住を、と考えてたのよね。となるとますます公爵家の後継問題が出てくるし。わたくしが後を継ぐしかないと思いましたの。ハイシェはミューリンと一緒ならもっともっと元気になるだろうし!」


そう言ってミューリンの顔を覗き込んでニヤリと笑うと、ミューリンは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら微笑みを返してくれた。


「全て賭けの為の行動とわしも聞いておる。まさかエルシェイラ嬢という婚約者がおりながら、他の女に心をうつすとは思わなんだわ…。わしもまだまだじゃ」


またも大きなため息と共に首を振って愚痴をこぼす国王。

そしてすっくと立ちあがった。


その顔は、もう国王としての威厳が復活していた。


「エルシェイラ嬢、こたびの勝利は見事であった。また、王太子がいかに愚か者であったか教えてくれたことに感謝する。文句なしで賭けはそなたの勝ちだ。そなたの望み通り褒美を与えよう」


「ありがとうございます、国王陛下」


その場にいた全員が(王太子を除く)、国王に向かい礼をとる。

それを見やった後


 ムンズ


「ぐえっ!く、苦しいです、父上!」

「うるさいバカ息子が!その腐った性根を叩き直してくれるわ!明日より……いや、今これよりみっちり鍛えてやるから覚悟せい!!!」

「そ、そんなああ……」


国王に首根っこを掴まれた王太子は、情けない声と共にその場を退場していったのだった。


残された私たちはしばし無言でお互い見つめ合い……そして。


「さあ、パーティを続けましょう!」


私の声と共にワッと歓声が上がって、音楽が再び流れ出した。楽しいパーティが再開されたのであった。




「そういえば」




楽しそうに談笑するミューリンをはじめとした友人たちを眺めつつ、私は小さく呟いた。




「あの王太子、名前なんだったっけ……???」




未来の女公爵の呟きを聞いたものはいない。








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[補足]

他の女に現を抜かす王太子なんざ心底どうでもいい主人公は、あっさり王太子の名前忘れちゃったっていう。周りも殿下とか王子、王太子としか呼ばないから本気で思い出せなくなっちゃいました。

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