エピローグ
淡く爽やかな春風がカーテンを揺らし、太陽のきらめきとともに、窓から入ってくる。
近所の子どもたちがはしゃぐ声を聞きながら、まったりと過ごす日曜日の午後。
リビングのソファでくつろいでいると、紅茶の芳しい香りが漂ってきた。
「何見てるんだ?」
それと同時に聞こえたのは、耳に馴染んだ優しい声音。
二人分のティーカップをテーブルに置くと、彼はわたしの右隣に腰を下ろした。
「……おっ、懐かしいな。教育実習のときの写真か」
「そうよ」
そんな彼に寄り添うように、自身の肩をぴたりとくっつける。
今わたしが手にしているのは、彼の教育実習最終日に、花束と一緒に手渡したあの色紙だ。
愛おしむように、懐かしむように、彼との日々に想いを巡らせる。
「変わってないわね、昴さん」
「え? いやいや、それはないだろ。こっちのほうが、だいぶ若々しいよ」
「今でも十分若いです」
謙遜する彼に、茶目っ気をたっぷりと含んだ言葉を返す。それに応えるように、彼はわたしの頬にそっと口づけてくれた。
あれから七年。わたしたちは、夫婦になった。
教育実習生と生徒という関係から、夫と妻という関係に。
わたしたちの左手の薬指には、伯母が作ってくれたプラチナのウェディングリングが輝いている。世界で一組だけのオリジナルリングだ。
昴さんは、六年間勤めた前の高校を退職し、この春、わたしの母校である皇条学園高校に着任した。
一年生の担任を受け持っている彼だが、隣のクラスの担任は、なんと百合ちゃん先生だそうだ。わたしと結婚したことを百合ちゃん先生に告げると、自分よりも早く結婚したことに衝撃を受けていたものの、温かく祝福してくれたとのこと。
アメリカの母にも、彼との結婚を電話で直接報告した。夏に予定している挙式の日取りも知らせると、参列してくれると返事があった。
「……ありがとね」
「ん?」
「昴さんがいたから、わたし、ここまで来れた。本当にありがとう」
「何言ってんだ。そんなのお互いさまだろ? その言葉、そっくりそのままお前に返すよ」
入籍する前、わたしと昴さんは、父と水無瀬教授のもとを訪れた。
これからのわたしたちの姿を二人に見せることはできないけれど、二人がわたしたちに繋げてくれた想いは、しっかりと受け継いでいきたい。それがきっと、せめてもの恩返しになるはずだから。
「……でも、一番感謝しないといけないのは、この子かもね」
「ああ、そうだな」
わたしたちの視線の先には、お気に入りのクッションの上に丸まり、日向で気持ちよさそうに眠る雪の姿。
「この子のおかげで、あの日、昴さんに出会うことができたんだもの」
彼に出会い、彼が導いてくれたから、今のわたしがある。
あのころは、こんな未来が待っていたなんて、想像すらできなかった。
伸ばした手はちゃんと——空に届いた。
<END>
あまつそらに 那月 結音 @yuine_yue
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