第17話

藤野さんが、フロントで鍵を受け取るのを、離れたところで待つ。


自動ドアの向こうを行き交う人たちを見る。

今が最後のチャンスだ。逃げるなら、今しかない。

部屋まで行ってしまったら、もうどうすることもできない。

今は無害な表情で私に接している藤野さんも、部屋に入ってドアを閉めた瞬間に豹変するかもしれない。


逃げた方がいい。今ならまだ間に合う。


目の前に、鍵を受け取った藤野さんが立っている。


「すいません、お待たせしました」

「いえいえ!」


藤野さんから見た私は相当挙動不審だったらしい。


「緊張してます?」


笑いながら、少し呆れたように言われた。


「はい。すごく・・・・・・あ、いえ、全然」


今度は声を上げて笑った。


「大丈夫ですよ。めっちゃ楽しいですから」


藤野さんが歩き出す。私は彼について行く。もう、後戻りはできない。

もうどうにでもなれ。

これから私の何かを彼に奪われたとしても、そんなものはきっと無価値なものだから。

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