赤子の笑顔と、僕の涙。


 夢籠との約束が成立してからおよそ一年後、

 僕らは再び、「縁」の両親宅を訪れた。

 もちろん、今回も幽体で。


 このぐらいの時期なら

 既に退院しているだろうと踏み、

 夢籠にも調べてもらってやってきた。



 僕はこの日をずっと待ち望んでいた。


 なぜなら今日は、縁が死んでから始めて、

 生きている姿を視覚で確認できるんだ。

 これほど、感動的なものはないだろう。


 加えて僕は幼い頃の縁を写真でしか見たことがない。

 出会ったのも、

 縁が転校してきた小学校四年生のときのことだ。

 だから僕は色んな意味で初めて、赤子の縁を見る。



 時期から推測するに、

「縁」は今、生後二ヶ月弱頃だろうか。



「ほら、中に入るぞ」



 夢籠に促されるまま、家に足を踏み入れた。

 もちろん幽体の僕らは、

 気づかれるはずないけれど。


 二階の角部屋から侵入した僕らは

 階段の方から一階へ下り、居間へと向かった。


 思った通り「縁」の母親が

 赤子を抱き抱えたまま、居間でくつろいでいた。

 そっと正面に回り込み、赤子の顔を覗き込んだ。



 どうやら赤子は眠っているようで、

 長い睫毛が下を向いている。


 寝顔だけでも十分可愛いけれど

 どうせなら、目を開いているところが見たい。

 きちんと、生きている様を

 この目に焼き付けておきたい。



 触れられないと知りながらも、

 赤子もとい、「縁」の頬に手を伸ばした。

 しかし、幽体の身体では

 手を翳しているようなものだけれど。


 感触も何も分からないが、

 赤子独特の大人よりも暖かい温もりだけが感じられた。



 胸が締め付けられるような思いになって、

「縁」の頬の前の宙を撫でてみた。

 何も伝わるはずないのに、

 虚しいだけなのに、そうしてしまった。



 しかし次の瞬間、赤子の寝息が止まる。

 緊張を解すような甲高い声。



「ぅ、うぁーあー」



 見えていないはずの僕の方を向いて、

「縁」が笑ってくれたのだ。



 あまりにも無垢で無邪気な赤子「縁」の笑顔を見て、

 僕はこの子のために頑張るのだと決心を強くしていった。


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