魂の変換


 それから三年と五か月ほどが経ち、

 ここに来てからは幾年かの歳月が流れた。


 この前の件で暫くの間、

「縁」の寿命の心配はないと夢籠と言われた。

 そのためか、

 最近ではすっかり気が抜けてしまっている。



 加えて、一歳も年を取っていない。

 無論、年を取っていないというのは、外見の話だ。

 ただ、中身で言うなら、僕は三十路手前である。



 この法則でいくならそれは夢籠も同じだ。


 すらりとした体型も変わらず

 綺麗な白髪も、赤い目も、色艶を保っている。


 外見なら……いや、こいつ、年齢不詳すぎて、

 十代後半から二十代半ばまでとしか言い様がない。

 見た目でさえ、これだ。

 中身なんて、知れたものではない。



 それにそもそも今の僕は、

『縁』を救うために存在しているのだ。

 ようなものではない、それだけのためにここにいる。

 だからこそ、「縁」の命が保たれているなら、

 僕は用無しだと言っても過言ではない。   



「ところで夢籠、僕が代償に受け取った寿命は

 縁の寿命に変換するときに

 一体どれぐらいの寿命になってるの?」



 今さらな質問かとも感じたが、

 この際、訊けることは訊いてしまおう。   



「……怒るなよ?」



 夢籠は柄にもなく、額に汗を浮かべ、

 おまけに僕と視線を合わせようとしなかった。



「どういうことか、教えてくれないと……怒るよ」



 最後の一言にだけ明確な怒気を込めて、

 夢籠にぶつけた。


 普段、あれだけからかわれているのだから、

 こんなときくらい仕返しをしないと。

 それに、十割が悪意というわけでもない。


 本当に、真実を知りたい気持ちもある。

 六割くらい。

 ただ少しくらい、

 夢籠の弱い所を見てみたくなっただけだ。


 僕の些細な下心を知ってか知らずか、

 夢籠はびくびくと警戒しながら、

 返答をした。



「じ、実は…………その、三分の一ほどなんだ。

 エネルギーの補給は別として」



 夢籠の言うエネルギーの補給とは、

 願いを叶える上で不可欠になってくる。

 具体例は、テレポートや武道館のセッティングだ。


 夢籠があれほど動揺を見せたのだから、

 それなりの数値が出されることは予想していたが、

 それ以上だった。

 それ以上に、酷い数値だ。

 百分率で言えば、約三十三パーセント。

 半分未満という事実。


 あまりにも惨い現実に、僕は閉口した。



 だって、他人の願いを叶える代わりに、

 残りの寿命を代償に受け取って

 それを縁の延命に使うというのに、

 たったそれだけの力にしかなれないのだから。

 二人に申し訳ない。



「…………そっ、か」



 やっとの思いで絞り出せたのはたったのそれだけ。

 何を意味するかも分からない、意味不明な一言だ。


 正直なところ、

 自分でも怒っているのかさえ分からない状態だ。

 ただ、今はひたすらに、切ない。 



「でも、でもな、

 他人の命を別の人の命に変換するってことは、

 もの凄くエネルギーを使うんだ。


 もちろん、

 俺もエネルギーの補給をさせてもらったが、

 それは私意的な理由からじゃないぞ。


 もしものことや予測外のことが起こったとき、

 お前に手を貸すべきときのために力を蓄えているんだ」



 いつになく夢籠が優しく思えた。


 励ましているのか、

 説教しているのか判然としない内容だったけど、

 それでも少しは納得できた気がする

 ――頭では、ね。



「……うん」



 ようやく脳では処理できるようになったけど、

 どうにも心が追いつかない。


 でも、頭では分かってしまっているため、

 懸命に自分の気持ちを抑え込もうと

 静かに奮闘していた。


 すると、またもや、夢籠が語りかけてきた。



「それでも、お前がやっていることが

 間違いだとは思わない

 ――正しいとも言えないがな。


 ただ、お前が誰かの願いを叶える度、

 その彷徨い人は救われるし、

 きっとその瞬間だけは幸せなんだろう。


 それからお前が苦しみながらも、

 夢飼いを続けていることで、

 由野縁は生きていられるんだ。ほら」



 夢籠は僕の部屋の壁に、

 何かの映像を映し出した。



『ママー、絵本読んでー』


『縁は本当に絵本が好きねー。

 もう、一冊だけだよ?』


『やったぁー! ママ大好き!』



 そこには黒髪ストレートがよく似合う

 無邪気な女の子と、その母親の姿があった。


 頬はうっすら桃色をしていて、

 肌はほんのり桃色が入り交じった

 色素の薄い肌色をしている。白色にほど近い。

 何よりあの、無垢な笑顔。

 可愛すぎて、たまらない。



「縁って、小さいときから

 こんなに可愛かったんだなぁ……」



 僕が愛くるしい縁の姿を前にデレデレしていると、

 強引に現実に引き戻される。



「と・に・か・く!

 お前はこの子のために、

 この笑顔のために頑張るって決めたんだろ。

 だから、他のこと遠慮して

 自分のやるべきことから逃げようとするな。


 それにな、他人や第三者から見て、

 その人が不幸そうに見えても幸せかなんて、

 分からないんだ。


 だから俺らは、彷徨い人の願いを叶えるだけなんだよ。

 本人が願うことより、

 本人が幸せになれることなんて他にないだろう?

 だからお前は一心不乱に、夢飼いを続けて、

 由野縁の延命をしろ。

 お前の使命が終わるそのときはまた、

 考えてやるから」



 全く、夢籠という奴は、つくづく無茶苦茶だ。

 思いやりや思慮なんていうものを破壊してくる。

 間違っていないと言いながら、

 正しいとも言えないなんてことを言う。


 豪快で、強引で、全く白くもない夢籠の話だけど、

 不器用なまでの直向きさには心惹かれた。



「うん、そうだね。

 誰かのことなんて、気にしていられないや。

 気づかせてくれてありがとう、夢籠。

 これからも末永くよろしくね」



 にこっと笑いかけて感謝を伝えた僕に対して、

 夢籠は例のごとく毒吐くのである。



「別に、感謝されるほどのことじゃない。

 それに、お前はいちいち他者に感情移入しすぎだ。

 女々しすぎる。

 毎度毎度、

 慰めさせられるこっちの身にもなってみろ――」



 それ以降も罵倒を続けていたが、

 僕は大して気にならなかった。


 頬が若干赤く色づいているし、

 こういうやりとりを何度も経験したから分かる。

 こういうときの夢籠の台詞は、照れ隠しなのだと。

 そう思うと、出会ったときよりも

 随分丸くなったなぁと微笑まずにはいられなかった。


 もしかしたら、

 夢籠にも大事な人がいるのかもしれないな、

 いや、きっとそうだ。


 これは単なる勘でしかないけれど、

 それが間違いであるとは微塵も思わなかった。


 夢籠が僕のことを分かってきたように、

 僕も夢籠のことを少しだが理解しつつある。



 そして、縁を救い、

 延命をするという長期戦の僕の願いの中に、


「役目が終わるまでにいつか、

 夢籠の大事な人の話が聴きたいな」


 という些細な願望も加わったのだった。



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