初デートの記憶


 梨奈は、まだ齢十八歳だった。

 それなのに、自ら「死」を選び、

 復讐まで願っていた。


 さすがに、

 その願いは変更させてもらったけれど。


 だって、あまりに哀しすぎるじゃないか。


 色恋に悩んでいそうな年頃の女の子が、

 何の躊躇いもなく、

「魂あげる」なんて言った。

 僕なんか、縁でいっぱいだったよ。


 あれは、中学一年生、

 縁の誕生日のことだったはずだ。



  *



 僕は、縁の誕生日に購入しておいた

 プレゼントを渡すために、

 放課後、人気のない校舎裏まで呼び出した。


 なんだか、

 告白みたいでやけに緊張してしまう。

 でも、こうでもしないと

 縁がからかわれると思ったんだ。



「あの……っ誕生日おめでとう!

 これ、プレゼント、受け取って」



 意気込んだのは良かったものの、

 語尾までは持たず、片言になってしまった。

 恥ずかしい。



「え、ありがとう!

 嬉しい、開けてみてもいい?」



 それでも、

 縁が引かなかっただけ良かった方だ。



「ど、どうぞ」



 上擦る声で僕は促す。

 彼女は包みのリボンを解き、

 カサカサと包みを開けて、箱の蓋を取った。



「わぁぁ……これって、

 前に二人で行った雑貨屋で、

 私が見てたやつだよね。

 気になってたから、すごく嬉しいよ。

 ありがとう!」



 太陽の下で輝く向日葵のように笑う縁。

 僕はそれだけで胸がいっぱいだった。



「どう致しまして。

 そんな顔を見られて、僕も嬉しい」



 縁は何やらもじもじして、僕に誘いかける。



「あのね、一つ、

 お願い聞いてもらってもいい?」


「僕にできる程度のことなら、

 いいよ。何?」



 縁の可愛いお願いとあっても、

 無責任に請け負うことはできないからね。



「プラネタリウムを一緒に見に行きたいの」



 目が点になるほどの驚愕だった。

 そ、それって、つまり……。



「もちろん、いいよ。いつにしようか?」



 精一杯、平静を装ったが、

 縁からのデートらしきお誘いに、

 僕の脳内はお祭り騒ぎだ。



「じゃあ、今週末の日曜日がいいな。

 その日でも大丈夫?」


「うん、平気」



 かくして、僕と縁のデート(仮)が

 決定したのだった。

 夢ならば、どうか覚めないで。



  *



 デート(仮)当日、午後一時前。


 縁は白いワンピース姿でやってきた。

 胸元には僕が贈ったビー玉のネックレス。


 思わずときめいてしまった。

 自分が渡したものを

 身につけてもらえるなんて、男として幸せだ。



「お待たせ。と、透夜」


「いや、僕も来たところだから。気にしないで」



 ぎこちなさが目立つ中、

 僕らは市立の科学館に入館し、

 プラネタリウムのチケットを購入する。


 中に入ってみると、

 意外に小学生の子ども連れの親子が多く、

 盛況だった。


 なんとか空いていた右斜め上部の

 二席に並んで腰掛けると、

 その傾きに違和感を覚えた。



「これ、結構傾くね」



 そうやって、隣に座る縁に話し掛けると、

 顔が至近距離にあって、

 お互い赤面してしまう。



「…………」


「……そ、そろそろ始まるね」


「う、うん」



 気恥ずかしい気持ちが凝縮されていた中、

 照明が落ちていき、

 辺りは真っ暗闇に包まれる。


 それから、優しい声音をした語り部の声で、

 幻想的な星の世界へと誘われた……。



 四十五分間の上映も終え、

 僕らはプラネタリウムを後にした。



「意外と面白かったなぁ」


「うん、すごく綺麗だったね」



 自然と二人の距離も縮まっていて、

 それからは館内を見て回り、

 満喫する頃には四時を越えていた。


 帰りは電車で一時間かかるため、

 そろそろ帰ろうかと帰路を辿る。



 まだ帰りたくない。



 この時間を終わらせるのはおしい。

 また明日になれば、

 いつも通りの日常に戻ってしまう気がするんだ。


 今日が非日常で、昨日までが日常。

 それじゃ、物足りなくなってしまった。



「ねえ、少し寄り道してもいいかな?」



 誘ってしまったからには、言うしかない。



「ん? いいよ」



 縁は、不思議そうに首を傾げたけれど、

 すぐに頷いてくれた。



 駅までの道中にあった

 小さな公園のベンチに二人並んで腰掛けてみる。



「僕は、縁のことが好きなんだ。

 初めて会ったときから気になってて、

 中学生になってよく話すようになってからは、

 もっと好きになった。もっと一緒にいたいんだ。

 心優しい君は、傷付きやすいから、

 ずっと傍にいて、僕に涙を拭わせて

 ――どうか、僕と付き合ってくれませんか?」



 想いが募りすぎて、言葉も連なってしまった。

 これじゃあ、くどいかもしれない。

 キザな台詞と馬鹿にされるかもしれない。


 だけど、これが僕の本心だから。



 縁は、一筋の涙を流した。

 花の綻ぶような様だった。



「嬉しい……!

 本当に、傍にいてくれるの?」



 泣いているのか、

 笑っているのか分からないね。



「本当だよ」



 即答した。当たり前だよ。



「じゃあ、改めて、よろしくね。透夜」



 縁が僕の目を見据えた。



「こちらこそ、よろしく……ゆ、縁」



 今さら、現実味が増してきて、失敗した。

 縁には笑われてしまったけど、

 仕方ないじゃないか。


 それだけ、

 夢のような出来事だったのだから。



 これが、僕らの交際の始まり。


 でも、そんな縁も今は彼方で。

 誰のために奔走しているのか

 分からなくなりそうだった。

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