ドラマツルギー(2)

「おいっ」



 そう言って、夢籠に頬を指でつつかれるまで。



「ひゃ、ぁあ……」


「なんて、間抜けな声出してんだか」


「あ、あれ、そう言えば夢籠、

 いつから実体になってたの……?

 それに、他の人間に実体に

 なるところを見せてもいいの?」



 おろおろと慌てふためく僕に対して、

 夢籠は至極冷静だった。



「さっきお前が自分で首締めかけてたときだよ。

 それと、この爺さんは願いと

 引き換えに残りの寿命を渡す。

 時期に死ぬから平気だ。

 そんなことどうでもいいから、ほら、さっさとしろ」

 


 優しすぎない夢籠の対応に安心感を覚えながら、

 儀式のようなものを始めた。


 夢で得ていた契約の証である欠片を

 幣造さんの胸元に翳してみる。

 すると、彼の心臓付近から眩い光が溢れ出し、

 それが欠片の中に吸収されていった。


 一連の流れが終わったかと思うと、

 幣造さんが瞼を閉じて、

 ぱたりと、ベッドに倒れ込んだ。



 あまりの刹那的な出来事に頭がはたらかず言葉を失い、

 その場に立ち尽くしていると、夢籠に囁かれた。



「爺さんの残りの寿命はもらったことだし、

 もう用はない。見つかると面倒だから、

 今の内にさっさと帰るぞ」


「え、え? っちょ――」



 僕が抵抗する間もなく、夢籠は瞬間移動を実行する。

 あの館、僕らの家へと強制的に飛ばされてしまった。

 

 さらに、夢籠は僕に落ち込む暇など与えてはくれなかった。



「おい夢飼い、さっき爺さんから

 受け取った寿命が詰まった欠片を貸してみろ」



 言われるままに欠片を差し出すと、

 夢籠はそれから光を取り出し、自分の中に取り込んだ。



「ちょ、何して――」



 何をしているんだ、と言おうとしたのも束の間、

 彼は自分の中から光を取り出し、

 欠片の中に戻していた。


 よく見るとその光はさきほどよりも

 一回り程度小さくなり光の強さが増し、

 琥珀色から無色透明に変化していた。


 そして、夢籠は用が済むと、欠片を僕に返してくれた。



「爺さんの代償分の寿命、

 そのままじゃ使えないから、変換しておいた。

 それと、俺のエネルギー補給にも少しもらったぞ。

 そうしないと、力が使えなくなるからな」



 夢籠はいつか聞いたような台詞を

 言い訳のように使っていた。

 別段そんなことは気にならないのに。

 縁の寿命を得られた、

 そう思うだけで沈みかけていた心が浮上した。


 そのとき、ふと疑問が生じて、思ったままを口にする。



「この欠片って、必要なもの?」


「ああ、そうだな。

 それは代償と変換した寿命の器に丁度いいからな、

 きちんと持っておけ」



 そう聞くと、この欠片を

 このまま持っておくことが怖くなってしまった。

 心配性である。



「でも、このままじゃあ落としたり、

 なくしたりしそうだよ……」


「仕方ないなー」



 夢籠は僕から欠片を奪い取り、

 どこからか取り出した革紐や金具などを駆使して、

 ただの欠片をペンダントに作り替えてしまった。

 恐るべし、手先の器用さ。



「水を差すようで悪いんだけど、

 欠片に小さな穴を開けたりしていたけど、

 代償とかの器なのに大丈夫なの?」



 しかし夢籠は、

 毅然たる態度で何のことはなく答える。



「大丈夫だよ。器って言っても、ほとんど形だけだから。

 これ本体を持っていることが重要だから、

 細かいことは気にしなくていい」



 そう言って、手渡されたペンダントは

 透き通った海のような彩をしていて、

 さりげなく、蓋が付けられていた。

 そして、欠片の形も相俟って、泪のように見えた。



「ありがとう。これで大事に持っていられるよ」



 その泪は贖罪と罪悪感に似ていると思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る