命を狩り取る「夢飼い」


 目が覚めると僕の手元には、

 煌めく硝子の欠片のようなものが残されていた。



「これは……?」



 僕が目を丸くして首を傾げていると、

 横から夢籠が顔を覗かせてきた。



「契約成立の証だ。

 それは、契約が遂行されるまで消えない。

 それがある限り、契約主との繋がりも保てる。

 ああそれと、

 その欠片から契約主の情報なんかが分かるから、

 上手く活用しろよ」


「え、何これ、

 そんなにハイテクなものだったんだ!?

 それよりも、どうやって願いを叶えるのさ」



 夢籠はその問いを予測していたかのように、

 難なく答えてみせる。



「夢飼いとして夢に現れる彷徨い人の願いを叶えろ。

 そして、残りの寿命を願いの代償に要求しろ」



 あまりにも命令口調だったのと、

 端的過ぎて、理解に苦しむ。



「他人の願いを叶えたところで、

 どうして縁を助けられるって言うんだよ?」



 もどかしさと個人的な嫌悪感で

 苛立ちが口調に表れてしまう。

 こんな訊き方では、

 夢籠を怒らせてしまうかもしれないのに。



「それを俺がお前の助けたい奴の寿命に変換する。

 そのときにエネルギーの補給として、

 俺も代償の一部をもらうことになる。

 肝心なときに使えないと意味がないからな」



 だから僕は一刻も早く

 願いを叶えなければいけないのだと。



「補給のせいで、

 縁の寿命が足りなくなることはないんだよね?」



 子どものように喚いてもいられない。

 今、すべきことを見つけなくては、

 縁は助けられないから。



「ああ、その心配はいらない。最低限の補給に抑えるさ」



 相変わらず機械的な夢籠の返答だったが、

 必要な答えは揃っていた。



「分かった。じゃあもう一つ

 訊いておきたいことがあるんだけど」



 やっぱり、夢籠に好感は抱けないため、

 突っかかるような言い方をしてしまう。



「何だ?」



 しかし、夢籠はそんなことを

 気にも留めていないようだ。

 さすが、非情と言うべきか。



「時間を遡ったなら何もしなくても

 二十四歳の二月十三日までは

 生きられるんじゃないの?」



 これは至極、単純な疑問だろう。

 単に、時を遡るのなら、

 同じだけ生きられるはずだ。



「……いや、そういう訳にもいかないんだ。

 俺たちはタイムマシンで過去に遡ることじゃなく、

 別世界へ渡った上で時間を巻き戻している。

 だから、前の世界では今も

 二〇一七年のまま時が流れている。

 この世界は一度、二〇一七年を経験している。

 その上に二六年前を上書きして、付け足した。

 まあ、ゲームの上書きのようなことだ」



 よく分からないが、こういうことだろうか。



「それって、上書きしても、

 ゲームのプレイ時間は増えていくことと同じってこと?」


「そんなもんだ。

 これはやり直し、言わば二週目世界のようなもの。

 だから、二〇一七年の後に、

 二度目の一九九一年を続けている。

 だから、婚約者の寿命は零から始まる」



 例えは理解できたが、

 どうして『縁』だけなのか納得できない。



「どうして、時間を遡るだけじゃダメだったの?」


「それには二種類の答えがある。


 一つは、別世界に行かない場合だ。

 それだと、世界から〝透夜〟が消えて、

 由野縁の人生が成り立たなくなる。

 そもそも、お前が存在していない時間だから、

 遡るとお前は消滅するか元の時間に戻るんだ。


 もう一つは、夢飼いでなきゃいけない理由だ。

 それは、今説明したようにお前が消えるから。

 そのために、お前を〝夢飼い〟という

 存在として独立させたんだ。

 それら二つ掛け合わせて初めて、

 お前が元婚約者を助ける準備ができる」



 やたらと難しい設定を

 説明されたような気がするけれど、

 要は時間を遡って、

 人を救うのは容易ではないということだろう。



「どうして、縁だけなの?」



 駄々をこねる子どものように、夢籠に詰め寄った。



「そいつが、この時間軸の元凶だからだ。

 前と同じにはならない。絶対に変化は訪れる。

 これは、ただのタイムスリップじゃないからな」



 僕のせいでこの世界の『縁』は

 窮地に立たされているだなんて。

 胸が押し潰されそうになるよ。

 さらに、夢籠は僕に追い打ちをかける。



「前の世界、お前の婚約者が

 亡くなった時間軸にはもう戻れないぞ」



 何もどん底まで突き落とさなくたって、

 いいじゃないか。

 一縷の希望くらい、持たせてよ。



「そもそもさぁ!

 どうして、前の……僕の婚約者だった

 縁のいる世界のやり直しじゃダメだったの?」



 色々な感情が混ざり合って、ぶちまけてしまった。

 しかし、夢籠は淡々と言い放つ。



「それは、その世界には〝お前〟がいなくなるから。

 お前の元婚約者の人生には、

 〝浪川透夜〟という存在が深く関与していて、

 必要不可欠なんだ。

 だから、この世界でなきゃいけない」



 あまりにも酷な話だ。

 したがって僕は夢飼いとして願いを叶えて、

 魂を搾取しなければならないのである。

 一刻でも長く、縁を生きさせるために。

 少しでも遅れてしまえば、助からない。

 二度も死なせてしまうことになる。


 そんなの耐えられるわけがない。

 この身が滅びようともどうか君だけは……

 幸せに、健やかに、生きていて。



 ただ、自分の身は投げ捨てられても、

 他人の命を奪うことへの躊躇いは消えない。


 長くて短い時、「三年」。



「ねぇ、三年って大きいよね……

 人生を満喫できちゃうもんね、

 それを僕は、奪うんだ」



 恋だって、愛だって、幸せだって知ることができるのに。


 でも、夢籠は冷徹な目をしていた。



「はぁ? 何言ってんだ。たかが、三年だろ。

 そんなの、人生において、刹那でしかない」 


「何言って――」



 夢籠を非難することははばられた。

 今から、僕も人の命を強奪してしまうのに、

 彼の考えを否定する資格なんかない。

 縁を延命するにはこんなにも労力が要るのに、

 他人の命を奪うのはこんなにも容易く、儚い。

 簡単にできてしまう。


 狂気の沙汰に感じるが、

 これは紛れもない現実だ。

 今、縁の延命と彼の余命は天秤にかけられている。



「ひとまず、今回の場合は行動あるのみだな。

 まずは、爺さんと接触して、財産を預かることだ」


「いや、そんなの……

 夢で会った人と実際に会ったって、

 信じてもらえるわけないよ。

 ましてや、遺産に直結することだよ」



 僕が不安そうに嘆くと、夢籠は不敵に笑ってみせて。



「その欠片を使えば、大丈夫だ」



 いつになく、端的な物言いだったけれど、

 自信に満ちた彼の断言は

 僕を安心させるのには十分だった。



「うん、ありがとう夢籠。じゃあ、今から行くよ」



 僕がそう答えると夢籠もそれに乗じるように、

 楽しそうに反応していた。



「じゃあ俺もついていってやるよ。

 もちろん、幽体でな。

 無音で会話できるようにしておくからさ」



 エネルギーに余裕がない夢籠は、

 省エネルギーモードに入るようだ。


 幽体とは透明人間、いや、

 姿を消すことを意味しているのだろう。

 実体を隠す、それはあまり好ましくないが、

 半分僕のせいでエネルギー不足に

 なっているわけだから、文句は言えない。

 それに、ついてきてくれるだけ有り難い。



「うん、助かるよ。じゃあ、行こうか」



 振り返ってみると、

 夢籠の姿は見えなくなっていた。

 音もなく、姿を消したのだろうか。



『おーい聞こえるかー?』



 どこからともなく、夢籠の声がした。

 どこにいるかは分からないが、

 これでひとまずは安心だ。


 だから僕は、『聞こえているよ』そう心の中で唱えた。


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