「おめーはこの山から食べられる植物をさがせ」


 見る角度によって変わる灰にも紫にもなる鱗。細長い口の上顎から飛び出ている鋭く大きい銀の牙。光の反射によって時折四角い片眼鏡で隠される眠そうな目。表は鱗に、裏は銀色の渦巻きの毛に覆われている細長い腕と太短い脚。

 今は、成人男性ほどの大きさであり、二足で立っている姫様の師匠、ライアーは邸から飛翔して、私こと晴海はるみを森の中、小川が流れる場所へと連れてきていた。


 理由は二つ。

 一つは、晴海がライアーを見た途端、頭から飛び出した白い向日葵が部屋を埋め尽くすばかりか、廊下にまでなだれ込んで邸全体まで被害が及んでしまいそうだったため。

 もう一つは、晴海が飲める水へとろ過してくれる植物を探すため。


 




 ライアーが姫を竜に変化させて、晴海をこの世界に呼び寄せて姫の身体に憑依させたのは、たった一つの目的のため。

 二年後に姫に王位を継承させるためだった。

 

 自他共に姫の王位継承は認知されていたのだが、姫は極度の緊張症。他人、いや、親の前でさえ、顔は赤面し、頭は真っ白になって言葉は出てこず、元々あった重圧がさらに肥大化してしまった。

 幼少期の頃からそうであったが、誰もが年を重ねれば治まるだろうと思っていたのだが、姫の状態は悪化の一途をたどる始末。

 すべきこと、やりたいことは明確。なのに、話すという単純なことでさえできない自分にほとほと嫌気がさした姫は、どこをどう思考回路を繋ぎ合わせたのか。

 突然、竜になりたいと言い出した。

 竜になって、この城から逃げたい。と。


 王位継承権を放棄するとは言わなかった姫。

 きっと、逃げた先で何かを掴みたかったのだと思う(思いたい)。


 姫の身体を竜に直接変化させようと思ったが、まったくの別ものになりたがっている姫の意思を尊重して、ライアーは一輪の向日葵を竜に変化させて、姫の魂を憑依しようとしたが、その前に、姫の身体に憑依させる魂をさがし出した。

 姫が戻るまで魂がなくとも眠らせることも可能であったが、まだまだ成長期にあたるのだ。できれば、身体は動かしておきたかった。

 ただ、魂の捜索は困難を極めた。

 ライアーの魂どころか、この国、いや、この世界のあらゆる魂を姫の身体が拒絶しまくったのだ。


 手間をどれだけかけさせんだこのがきゃあ。


 ライアーは苛立ったが、そこは社会竜。一度受けた依頼はきっちり最後までこなすのだ。


 ライアーは異世界にまで手を伸ばし、そうして、たまたま見つけた晴海の魂からおおよその情報を読み取って、こいつならばと、少々の禁忌を犯しながらも、この世界に連れ帰り、姫の身体に憑依させた。


 その際に、晴海の【さが】をきちんと姫の身体に組み込んだ。


 姫の魂が身体に戻ってから、のちのち、役立つと思ったからだった。


(役立つと思ったが)


 ライアーは僅かばかり鼻の皺を作った。


 邸からこの森へと連れてくる際、通り雨が降った時のことだ。

 霧雨だったので、鱗で身体をかばわずともいいかと判断したが、強制的に眠らせているはずの晴海が突然うめき声を上げたので、目を動かして見れば、ドレスに覆われている以外の露出している肌には、まるで、大蜂に刺されたように大きな発疹ができていたのだ。


 どうやらこの世界の水が合わなかったらしい。


 判断して、この森に連れてきたのだ。

 

 ろ過して、晴海に合う水へと変えてくれる植物をさがすために。





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