流れる竜は粒を留めて高昇する
藤泉都理
流
廊下には、一定間隔に並べられる高価な工芸絵画彫刻品。
天井に描かれているのは、金銀をふんだんに使った四季の風景。
落ち着いた色の壁にカーテン、絨毯が出迎えてくれる部屋の中でさえ、私は自由に呼吸ができない。
ひきこもって、不摂生がたたって、死亡。
生きているのに、意味を見出さなくても構わないだろうと、毒を吐いても。
生きていくのに、目的を見つけなければ、ただ眠るだけの屍に過ぎず、生きているとは到底言えないのだろう。
虫とカビを湧かさない。
トイレも風呂も完備してある部屋の中。
私が生きる為に見つけた。
食べ物が身体に取り込めなくなってからも、ずっと、身ぎれいにして、部屋の掃除だけは怠らなかった。
ただ、それ以外は、根を生やした木のように脚の低い机の前で座るだけ。
TVもネットも本も見ずに読まずに、ただずっと、窓にかけている簾を見ているだけ。
見守ってくれている両親に申し訳ない。
この現状を打破したいのか。
他人に会いたくない声さえ聞きたくない。
この現状を打破しなければならない。
拒否するのも、力がいるのに。
眠ることでさえ。
心にも与えられる栄養があれば、食べられるのかな。眠れるのかな。この部屋から出られるのかな。
話したいと、思えるのかな。
でも、見つける気力なんて、どこにもなくて。
疲れた。
ごめん。
どちらの言葉を先に出したのか。
過って、答えられなくて、目を瞑った。ら。
イギリスの王族が着るような、真っ白な軍服を着た男性が間近に迫る夢を見て。
久しぶりに生身の人間に近づかれた私の緊張度が限界のさらに限界を超えて、嘔吐してしまった。
口の中が酸っぱくならなかったのは、夢補正なんだろう。
おぼろげに見れば、真っ白い向日葵が床に落ちていた。
けたたましい男性の叫び声を耳にしてから、何かを飲まされて、私は、死んだ。
現実でも死んで。
夢の中でも死んで。
異世界でも死んだらしい。
気づいたのは、同じことが百回あって、今回、九十回目に嘔吐を何とか防いで、顔色の悪さを指摘したメイドのおかげで、無事にこの場をやり過ごすことができて、寝台の上に横たわってから。
ではなく。
百回目に、私が憑依しているお姫様が話しかけてきてから。
私が異世界転生してお姫様に変わった時から、お姫様は竜に変化してずっと私を見ていたらしい。
私と同じ緊張症で、どうにもこうにも話しかけることができなかったけど、今回はどうしてか話しかけてきてくれた。
何かきっかけがあったのかと思えば、竜のまま逃げる決心がついたので、現状の説明と別れの挨拶をしたかったらしい。
見る角度で灰と青に変わる鈍く光る強固な鱗。鋭い銀色の爪と歯。蒼の蝙蝠みたいな翼。金色のまんまるい眼。
ぽつん。
枯れた泉に、一粒の雨が落ちてきたように感じた。
小さな小さなその雨粒は、跡形も残さず、あっけなく消えてしまったけど。
確かに、私はその小さな、けれど、重要な栄養分を受け取ったのだ。
私の二の腕ほどの大きさの竜になってしまったお姫様は、紅の涙を流しながら、ごめんなさいと、謝った。
時折、緊張してよく出していた高笑いの代わりか、髪の毛からぽんぽんと白い向日葵を出しながら聞いていた私は咄嗟に、私も竜になって、一匹になって、生きていきたいと、言っていた。
竜になったからと言って、上手に生きていける保証はない。竜にも竜社会があるだろうし。ならば、衣食住が整えられているここに留まるべきでは。
諭す自分もいたけど、今は、この衝動に任せて動きたい気持ちの方が強かった。
どうしても今は、人間社会にいたくなかった気持ちもあったと思う。
「いずれ人間に戻らなければならないと仰いました。けれどわたくしはもう戻るつもりはございません。どうにかして、竜のまま生きていけるように手段をさがそうと思います」
お姫様は紅の涙を流し続けながら言った。
「なら、私は、竜になる方法をさがすよ」
「では、今回の不思議な現象を起こした、わたくしの魔法の師でもある竜族のライアーにお尋ねになれば力になってくれると思います」
後ろにいらっしゃいますから是非。
言われた途端、私の髪から出した白い向日葵の花で部屋が埋め尽くされてしまった。
お姫様はもういなかった。
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