第16話 加速する日本の変革

 この点は、早速翌日の国会で問題になった。

「政府は、このような侵略兵器をひそかに作っていた、許せない」野党が言う。


「侵略というのは我が国がどこを侵略するのですか?」加藤首相が反問する。


「どことは特定しないが、かつての侵略国家日本に戻るのか。直ちにあのような兵器を廃棄せよ」質問者はさらに要求する。


「あなたは、具体的に日本の領土を占領している隣国、さらに海底に眠る資源の欲しさに我が国の領土を自分のものと主張している国、それも隣国の存在を知っているでしょう?」首相の質問を野党の質問者がはぐらかす。


「そういうことを言うから戦争が起きるのだ。あなたの考えが甚だ危険だ」


「あなたがどう言おうと、私には国土とそこに住む人々を守り抜く使命があります。そして、国の安全保障というのは、最悪を考えて備える必要があります。あなたは、周りの人を信用して、戸締りもせず暮らしていますか?戸締りをしているでしょう。


 私ども政府は、国土と人々の防衛は当然しますが、他国の侵略は一切考えていませんし致しません。はっきり言って、周りの国々をもらってくれと言われても迷惑というのが、私どものみならず国民の皆さんのお考えだと思います。


 しかし、侵略の準備、軍備の強化を継続的に行って、かつ軍事的な恫喝を行う国が周辺に存在する以上、いくらあなたが反対しようが、我が国の安全保障のため、政府は宙航艦ヤマトの配備を実施します」

 この国会中継の首相の発言は、大部分の国民の支持を受けた。


 1月25日、順平は斎藤と一緒に呉を訪れていた。ヤマトはセキュリティのために呉に移され、岸壁に着陸していた。むろん、自分で飛行してきたものである。

 順平は敬礼をして言う。


「森下艦長お世話をおかけします。こちらは、江南大学の斎藤博士です。私の世話係として一緒に行ってもらいます。月への飛行よろしくお願いします」


 森下2佐は、順平に付き合って答礼し応答する。

「幕僚長からの伝言です。『約束なのでそれを果たすが、絶対無事に帰ってほしい』とのことです」


 そう、順平はヤマトの開発に係わる条件として、開発時には月に連れていくよう要求していたのだ。勿論、その前にエンジニアも乗り込んでヤマトの地球の周回を含む基本的な動作試験は終え、正常に動くことは確認されている。


「いや、申し訳ないとは思っているんですよ。だけど月にはスパイはいないから、セキュリティの面では地上より安全ですよね」と肩をすくめて言う順平である。


 森下もにやりと笑って応じる。

「実は私も、月にいけるなどいう点ではわくわくしています。ちなみに、今度の飛行は乗組み員が私を入れて25名、研究所の人間が3人、広報部が2人乗ります。それでは乗り込んでください。出発します」


 ヤマトの艦体の前で順平と斎藤は、すでに乗り組んでいる20人余を除く他の人員に紹介された。その後、順平たちはヤマトに乗り込んで部屋に案内される。その部屋は幅3m×長さ4m程度の部屋に2段式のベッドとデスク2台がついているが、順平と斎藤の部屋だ。ただし、トイレ、シャワーは当然共用である。


 順平は肩に掛けて持って来たリュックを置いて、コントロールルームに入るが、10人ほどの乗員が位置についている他に、研究所と広報の人員が乗員以外の乗客用に用意されたシートに腰掛けている。順平と斎藤も指示されたシートに腰かける。


「それでは、出発します」森下が言って、操縦士に出発を命じる。


 1時間後、大気圏を抜けてすでに高度は300㎞に到達している。そこで、森下艦長がアナウンスする。

「大気圏を抜けたので、加速度、速度試験をします。現在、月までの距離は120万㎞ですが、加速と速度試験にはちょうどいい距離です。では、推進用の加速は最大5Gですので、最大まで順次上げていきます」」


「現在3㎞/秒で加速度は2Gですが、1Gずつあげていきます。3Gに上げました。3.5㎞/秒、さらに4㎞/秒。4Gに上げました。5㎞/秒、6㎞/秒。最大の5Gに上げました。7km/秒、8㎞/秒、9㎞/秒、10.5㎞/秒、地球の脱出速度を超えました!」


 森下の指示に操縦士が復唱してG値と速度を報告する。5Gの加速度であれば1分間に3㎞/秒弱ずつ速度があがっていく。だから、単純な算数では10万秒、28時間加速を続けるならば30万㎞/秒に達するので光速に達する。


 そして、FR発電機で駆動される反重力エンジンは1日強程度の継続的な加速は十分可能である。しかし、相対性理論によれば光速に達するには無限のエネルギーが必要であり、不可能とされているので、同じ駆動をしていても徐々に加速が鈍って来るだろう。この領域は無論誰も試していないので、実際にどういうになるのか実際のところは誰も解っていない。


「順平君、この機でずっと5Gの加速を続けたらどうなるのかな。試してみる必要があると思うけれど、どうだろうか?」森下艦長が順平に軽く尋ねるのに応じる。


「うん、相対性理論のその部分は正しいようです。僕の計算では光速の80%レベルまでは実用上はほぼ問題なく増速できるけど、85%以上になると5Gの加速にセットしていても幾何級数的に加速が鈍るようです。


 だから、25万㎞/秒まではほぼ1日の加速で到達するので、まあ太陽系の中であればそれほど問題なく行けます。一番遠い海王星が45億㎞だから、25万㎞/秒だったら5時間だ。加速と減速を入れても1日強あれば到達するはずです。


 だけど、残念ながら太陽系には人間が住めるような環境の惑星も衛星もないので、そのような環境に適応した生物は居るかも知れないけど、あまりお付き合いはしたくないな、ねえ?」


「ううーん、太陽系の端まで1日か。なにか夢のようだなあ」

 森下が天井仰いで言うが、順平の質問にまで頭が回っていない。彼の周りにいる彼の部下も同じ感想のようだが、彼らの反応にお構いなしに順平は更に言う。


「だから、太陽系内に行くだけでは資源開発の面ではいいかも知れないけど、面白くはないなあ。僕は間違いなく宇宙には他の知的生物が沢山いると思う。ぜひそういう相手に会って、その文明を味わってみたい。そのためには、他の太陽系に行かなくちゃ。でも一番近い恒星でも4.3光年だからなあ」


「でも、順平君。人類はまだ月に行っただけだし、火星だってまだまだだ。だから、このヤマトが今から月に行くのだって夢心地だし、太陽系の端まで行くのなんて私らには全くピンとこないよ」今度は斎藤が言うのに順平が応じる。


「うーん。ロケットをベースに考えるとそうだよね。噴射剤の限界があるから、長時間の加速は出来ないので速度も低いし、工程の大部分が無加速の飛行だ。その点、無限とは言えないけど、このヤマトなら工程の全体で加速を続けることができる。増速と減速の両方だけどね。

 だけど、それでも恒星間の飛行には何年もかかるし、近くの恒星に知的生物が住んでいる可能性は低い。だから、光速を超える方法が必要だ」


「順平君、それは牧村先生とやっている時間の要素を考慮した……」


「うん、どうにかなりそうなんだよね。相対性理論というのは単一の時間軸での話だから。時間の要素を変えてやれば……。まあ、帰ってなんとかしてみるよ」


「ああ、でも君はなんでもテンポが早すぎるよ。なかなか僕らはついていけない」

 ぼやく斎藤を見守る自衛官たちであった。


 まさに理論通りの加速の後の減速の後、出発後わずか2時間半後に、月が巨大に見える位置まで到達した。

「うーん、望遠鏡で見る通りで、余り興味深いものではないなあ。せめて、地上1万m位まで降りましょうよ。その後、その高度で飛行して裏側まで行きましょう」

 月面を見ながら順平が頼むが、現在は、月は地球からみて半月なので、裏側は半分太陽に照らされている。


「いいでしょう。1万mの高度だったら危険はないですから。速度は千㎞/時とします」それに森下が応じる。

 操縦士が指示通りに飛行の2時間後、ヤマトは地球からは決して見えない月の裏側に到達した。


「全然代わり映えしないな。やっぱり、生命の無い世界はつまらないね。ところで資源探査結果はどうですか?」

 操作盤を操作している研究員に順平が聞く。ヤマトには、順平効果で急速な進歩を遂げた資源探査機を持ち込んでいたのだ。


「だめですね。資源はありますが、それほど濃度が高くないですね。だから鉱石としての価値はほとんどありません。月の場合ごく初期に水が失われたと考えられますので、やっぱり水が無いと金属資源は濃縮されないようですね」

 そのように研究員が、操作盤から顔を上げて順平に答える。


「うーん、やっぱりな。では、昼間の部分を過ぎたら、月を離れましょう。黄道面を離れて、星間物質の密度の低いところで速度を思い切り上げて下さい。これは、発生させた加速度と速度の変位というか、僕の計算した相対性論的効果の実際を観測しておきたいのです」順平が言って、森下が応じる。


「わかりました。もともとそういう予定ではありましたから」


 その後、2日かけてひたすら加速をかけて速度増加の観測、減速のための加速度をかけて精密なデータを取っていく。やがて、順平が満足して言う。


「ありがとうございました。これは来てよかった。中々いいデータが取れました。重力推進と時間との関係がわかってきました。やっぱり牧村先生は正しかったのだな」


 そのように順平が言うことは、一緒に研究している斎藤はある程度察することはできるが、他の人にはさっぱり解らない。結局出発してから、3日後、ヤマトは呉港に帰ってきた。

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