第15話 変革する日本の風景、宇宙戦艦
2025年の正月である。
牧村一家は吉川家に招待されている。順平の母の洋子は、すでに専業主婦になって長く、今日は作ったおせち料理で、牧村家を招待したものである。牧村舞も、もう5歳である。父正樹および母の早苗と一緒に、ニコニコして出迎えた吉川家の涼平、洋子、順平に挨拶している。
早苗が舞にお年玉を渡している。
順平にはない。何しろ、彼の江南大学技術研究所から渡される年間報酬は、2億円を超えるので、この中で一番の金持ちだ。ちなみに、同研究所における発明によるロイヤリティの報酬としては、順平がダントツに多い。2番目は牧村だが、年5千万足らずである。
ちなみに、牧村はすでに教授になっており、江南大学技術研究所の先端技術教室を受け持っている。彼の学問的な名声は世界的にも高くなるばかりで、さまざまな学会の研究発表会で座長を務めることも多くなっている。
一方で、彼のことを『順平のおかげで』と陰口をきくものもいるが、牧村は事実ではあるので割り切っているし、一方で「発想」という意味ではみずからに自信をもっている。特に、今研究している空間理論、重力と時間に係る構成の解明と、その操作に関して発想は牧村である。
これには順平も大きな興味を示し、かなりの時間を費やしてのめりこんでいる。これは、アインシュタインの相対性理論を部分的に覆すことになる極めて画期的なものになるはず。
前段階の論文はもう書いて、ネイチャーにすでに掲載されており、いまや世界的な賛否両論の議論が巻き起こった。しかし、重力エンジンを積んだまもる1号と2号の存在がミサイル撃墜との派手な登場で知られると、少なくとも重力操作ついては正しいと反対派も認めている。
この場合、理論より応用の方がかえって進んでおり、いわゆる重力エンジンは“まもる”型という形で実用機は出来ており、基本特許の申請もすでに抑えている。さらには様々な用途のプロトタイプはすでに出来ていて、すでに基本的な試運転は済まして、耐久試験を行っている。
特に進んでいるのは、順平がのめりこんでいる防衛研究所との仕事と、まだ特許が成立していないにもかかわらず、その権利を買ったT自動車で進めている飛行車のプロジェクトである。
これらには、防衛省とT自動車という大スポンサーがついているが、その他の案件においても、現在は技術研究所のおかげで、研究費はそれこそ『好きなだけ使える』状態にあるので、開発のスピードは極めて速い。
また人材についても、順平セミナーお陰でどんどん育っているので、順平が方向を出すだけでプロジェクトは面白いほど進んでいる。
招待された牧村家の3人と、吉川家の3人は居間のテーブルに座っている。テーブルには洋子手作りのご馳走が並んでいる。
順平の父の涼平は、もう少しできあがっていて、顔か赤い。涼平は、自分の手掛けた開発品が爆売れしていて、現在は江南メカトロニクス㈱の開発担当常務取締役である。江南メカトロニクスも牧村が涼平に会ったころは、売り上げ100億円足らずだった。それからわずか2年で売り上げ250億円、社員も300人から700人に増えている。
「いやーー、牧村先生、お隣に住んでいますが、家ではなかなかお会いできませんね。順平が大変お世話になっています。また、私の仕事に関しても大変お世話になっていて。 まあ、おひとつ」
半分出来上がった涼平が、妻に顔を顰められながらビール瓶を差し出す。
牧村は「いやいや、順平君にはこっちこそお世話になっている方です」と、コップで注がれるビールを受ける。涼兵はさらに「奥さんもどうぞ」と早苗にも注ぎ、洋子には早苗から、「奥さんどうぞ」と注がれる。
「舞ちゃんは、このジュースでいいかな」
洋子から舞にジュースを注がれるが、順平は自分で勝手にジュースを注いでいる。
「「「「あけましておめでとうございます!」」」」
皆に注がれたところで唱和して乾杯する。
「そういえば、順平君は中学校についてはどういう形になっているのかな?」
牧村が聞くのに順平が答える。
「ええ、義務教育ですから付属中学校には所属していますが、実質ほとんど授業も受けていませんが、テストは基本的には受けています。実際は今籍を置いている技術研究所の職員というのが実際ですね。それと、現状ではいろんな研究所や、大学に行っているのをルーティンワークにすることになっています。
だから、大体半分は大学の外に出ている感じになっています。その中で、さしあたって、来月アメリカに1カ月ほど行くことになりました」
「アメリカの話は聞いてなかったな。良く政府がOKしたね」と牧村が驚いて言う。
「アメリカ政府の強い要望だったようですね。どうも技術的に日本に遅れをとり始めているので、だいぶ焦っているようです」と順平。
「まあ、あまり一方的にこちらが有利になると、だんだん摩擦が大きくなるのでしょうがない面もありますね。しかし、順平は前に米軍基地でセミナーを何度かはやっているだろう。あまり効果はなかったようだけど」と涼平。
「うーん。外人はちょっと違うんだよね。僕もちょっとノリが悪いというか、いまいち乗り切れない。やっぱり日本人の方が楽だし、成果も出るよ」と順平。
「いまは例のセミナーは、『開発発想セミナー』ということになったけど、さまざまな試みの中では、日本人が一番成果を上げていますね。反対に特に結果が悪いのは、中国人や韓国人。たぶん、協力するというところが日本人に向いているのだとか」と牧村。
「でも、米軍でやった結果は、僕としては不満足だったのですが、アメリカとしては満足だったようです。それで、もっと優秀なメンバーを集めてということらしいですね」順平が言う。
一方で、洋子と早苗は舞になにかと話しかけ、舞も楽しそうに話している。
「ところで、今度江南大学の学長選挙があるんですが、どうも山戸先生の名前が出ています。しかも、本命という声もあるようです。山戸先生は技術研究所の理事長が忙しくて、それどころではないと言っていましたね」
そのように牧村が言うのに涼平が聞く。
「うーん、間違いなく、大学より研究所の方が動く金は大きいでしょうね。研究所は、FR機、S型バッテリー・モーター他のロイヤリティですごいことになっているのじゃないですか?」
「僕も理事なんで、あまり詳しくは言えないのですが、江南大学の研究費はすべて賄っていますね。また、研究費として年間500億円以上の補助金を他大学や研究所に出しています。
また、重力エンジンを順平君が開発して、権利を売り払ったのはご存知だと思います。まあ、あれは順平君が自分の信念のために金を使いたいということで急いだのですがね。ちなみに、その権利を買ったT自動車は飛行車のプロトタイプはすでに作りましたが、現在造船メーカーと組んで貨物用の大型機を開発しています。
早晩、重力エンジンの普及で、いまの航空機は廃れますが、旅客用の航空機と共に、今の船舶と航空機を組み合わせたタイプの貨物航空機ができますね。重力を中和できる重力エンジンが使えれば、なにも機体を軽く作る必要はないわけです。
したがって、旅客用は、現状の航空機と同様なもので翼がないもので、鉄製でもいいわけですのでこれは自動車・バスメーカーの出番です。一方、貨物機は載貨重量1万トンくらいのものを考えているようです。
これは、今の技術レベルルでいえば船の範疇ですので、T自動車と提携した造船メーカーが盛んにボディを作っているそうですよ。
まあ、この種の開発はあくまでT自動車が中心にやっているのですが、防衛省といっしょに順平君がやっているのは宇宙船、というより宇宙戦闘艦です。すでに戦闘機を改造したまもる型は有名になりましたが、バッテリー駆動でなくFR機を積んだものを作っているようです。
これら宇宙で使う機体については、あくまで地球上で使うT自動車が中心にやっているものと違って、船体については完全な気密性を求められますし加速能力も段違いです。この実機は殆どできていると言われていて、もうすぐ試験飛行の段階のようですね」
そう言う牧村の話に順平がにやりと笑って自慢そうに言う。
「そうだよ。僕たちは間もなく宇宙戦艦を完成するんだ。飛翔型護衛艦という呼び名にするらしいけどね」
「それは聞いてないな。どのくらいの大きさ?」
涼平が聞くのに順平が答える。
「長さ50m、径8mの太めの葉巻型で重量は1000トンかな。乗員は最大40名だよ」
「重力エンジンというのは、どのくらいの能力があるものかな?」
涼平がさらに聞く。
「うーん、理論上は光速を超えるよ。一切噴射物は必要なく、自分で重力を発生してそれで自らを引っ張って飛ぶという感じかな。基本的には相対世論とは違う考え方に元づいているんだ。
牧村先生とやっている理論に基づくもので、時間の要素も操作因子に入っているので、見かけ上は光速を越えて移動することも可能なはずだよ。機体はもうすぐ完成するから、試運転は少なくとも月の周回くらいはやりたいということで頼んでいる」
「ああ、お前が随分自衛隊に協力したやつだね。しかし、光速を超える?ちょっと信じられないな」
それに対して、牧村が、横から口を出す。
「それが、順平君が言った通りで、この世界とは違う次元を扱う理論なので、相対性理論の適用外になります。本当のところは運転してみないとわかりませんけどね。実は1月20日に試運転を予定していますので、早いうちに結果は判ると思いますよ」
「ええ!本当に?うーん、どこで作っているのですか?」と涼平。
「船体もエンジンも、機密保持がし易い四菱重工の江南工場内の造船所です。エンジンの組み立てはM電気かからも人を出していますし、防衛省からも10人ほどが来ています」
「うーん、酔いが回ってきた」
そう言って涼平がへこたれる。
ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー
1月20日、江南市四菱重工造船所において、長さ80mのずんぐりした葉巻型のうすいブルーに塗装した船体が鋼製の架台上に載っており、開いている横腹のハッチに梯子がかけられている。
15人ほどの来客が、100mほど離れた観覧席からそれを見つめている。背広の5人ほどに、自衛隊の制服を着た者が5名、米軍の制服を着た者も2名いる。順平と牧村も一緒だ。
皆の前には50インチのスクリーンが置いてあり、中の制御室が映っており、その中でシートに座っている35歳くらいの自衛隊の制服を着た精悍な男性がきびきびと言う。
「それでは、飛翔型護衛艦ヤマトの試験運転を行います。私は海上自衛隊の艦長予定者の森下義彦2佐です」と敬礼する。
「まず、重力遮断試験から行います」通訳が英訳している。
「重力遮断!」
「重力遮断!今!」
操縦パネルに向かっている操縦士が復唱して操作卓を操作する。
「いま、重力が遮断されました。この状態で強い風が吹くと動くと思いますよ。慣性があるので大変ゆっくりですが」と森下2佐。
「では次は反重力運転、これで上昇を始めます。最初はゆっくりですが徐々にスピードが上がっていきます。反重力運転開始!高度500mで停止」
森下の指示に操縦士が反復する。
「反重力運転、オン!高度500mで停止。」
ヤマトは軽やかに上昇を始め、最初はゆっくりだがあっという間に数百m上昇した。
「高度500mで停止しました。次は水平飛行を行います。速度は徐々で上げていって、時速500㎞に達したら引き返します。」
スクリーンの画面の森下が言う。
ヤマトは最初はゆっくりと、やはり軽やかに遠ざかって行き、あっという間に豆粒くらいになり、10分ほど経った頃、帰ってくる。
「飛行状況異常ありません。ただいまより着陸します」さらに森下。
ヤマトは、なめらかかつあたかも重量がないように、軽々と離陸した船台の上に着陸する。しばらくして、ハッチが開いて、森下2佐が出てきて、差し掛けられた梯子を下りてくる。
「飛行状況異常ありません。皆さん、乗船よろしいですね?」
機体から降りてくる森下を見ていた皆が頷くのに森下が梯子に導く。
「それでは、粗末な梯子で申し訳ありませんが、これでお乗りください」
中に入ると、副長の桧山美奈3佐が迎え、そこには人数分以上の18人分のシートがある。
「どうぞお座りになって、シートベルトを締めてください」
副長がシートに向かって手を広げて言う。最後に乗り込んだ森下が、皆がシートベルトを締めたのを確認して案内する。
「只今より飛行を開始します。外の様子は正面のスクリーンでご覧ください。飛行の案内を申します。最初は垂直に500m上昇します。次に、45度の角度で上昇しますが、重力は常に床を向いていますので安心してください。
速度は最大千㎞/時に達すると定速とし、高度3万㎞まで上昇します。目の前のスクリーンは、右が前方下部、左が下斜めをとらえています」
その声の後、操縦士が操縦を始めるが、皆に聞こえるように操作の都度声を出す。
「重力遮断!」
「反重力運転開始」
「上昇飛行開始」
これらの操作で、地上から遠ざかり前進しているのはスクリーンからは分るものの、電車に乗っているほどの振動や加速度も感じない。
飛行中、「何か、ご質問があれば?」と森下が聞くのに米軍の将校が質問する。
以下はその問答である。
「最大速度はどれほど?」
「高度3万mであれば、摩擦熱に耐えられる限界の2千㎞/時程度ですね」
「最大高度は?」
「これは基本的には宇宙船であり、必要であれば、月まででも行けます
」
「航続距離は?」
「FR機を積んでいるので、燃料面ではほぼ無限に近いが、酸素の供給および心理的な面で100日間の連続運転以下を推奨されています。ただし、居住性からいえば、その場合は最大30名とすべきと考えています」
「武装はどの程度考えているか?」
「100㎜のレールガンを2基、25㎜機関砲4機、空対空ミサイルランチャーが4機です」
「米国には供与するのか?」
「国の方針によるもので、我々が答えるべきものではありません」
ヤマトは、2時間の飛行の後、同じ場所に着陸した。
さすがに、この飛行は外から見えたので、四菱重工にはマスコミの問い合わせが殺到した。このため、この夕方4時から同工場で記者会見が開かれた。
まず、船体の様子及び試験飛行の様子を写したビデオが公開され、 その後、概要の説明が防衛省の担当者からなされた。
「これは、飛翔型護衛艦『ヤマト』です。全長50m、最大径8m、満載重量千トンの外構は高張力鋼による鋼板製であります。
この艦の特徴は、江南大学で開発された重力エンジンを積んでいることです。飛行に際しては重力遮断、反重力浮揚、重力推進を行うことにより、発生させた重力による浮揚および推進を行うものでいかなる噴射体も必要としません。
高度3万mでの最大速度は、摩擦熱の関係で2千㎞/時でありますが、空気の無い状態では、10万㎞/秒以上の発揮が可能です。動力にはFR機を使っていますので、乗員さえ耐えられれば航続距離は事実上無限です。では、ご質問をお受けします」
以下はその問答である。
「江南大学の誰が開発したのか?」
「理論的な解明は、牧村教授と吉川順平氏であり、実機の開発はその指導のもとで防衛省も協力して数社の民間企業が加わって実施したが、実質的な発明者は吉川氏である」
「先ほど最大速度は空気抵抗が無ければ、10万㎞/秒と言っていたが、/時の間違いではないか?」
「理論上、重力エンジンは光速まで出せる」
「建設費用は、どのくらいか?」
「現状では、正確には出せないが、100億円くらいとなる」
「そのような予算は、今年度の防衛省にはないはずだ。秘密予算ではないか?」
「いや、防衛省の予算を集めて閣議で承認されているので、秘密などではない」
「このヤマトは先般実用化したというレールガン、それにミサイルは積むのか。その場合、侵略兵器と言わざるをえない」
「レールガンとミサイルは当然積む。どのような武器も侵略に使おうと思えば使える」
「そもそもヤマトという名前そのものが、軍国主義への回帰を狙っている。そうではないのか?」
「この場合の“ヤマト”の名前は、実質的な発明者である吉川順平氏の発案である。技術を提供頂いた我々は、それに従ったまでのことである」
後にマスコミから名前の由来を聞かれた順平が、「ビデオで“宇宙戦艦ヤマト”っていうアニメを見たんだよ、かっこいいじゃん。だからあれは僕の中ではあれは宇宙戦艦ヤマトだよ」
と無邪気を装って言ったので、記者も文句は言えなかった。
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