第14話 地震予知顛末
9月10日午前10時、江南大学で記者会見が行われている。
マスコミに呼びかけたのは、理学部地球科学科 吉田健一教授だ。会見には理学部長として山戸教授も立ち会っている。
呼びかけは、『新たに開発した地震予知の手法により、精度の高い予知が可能になった。これにより、近く発生する地震について災害予防の見地から発表したい』という内容だ。
近頃、さまざまな技術開発で注目を集めている江南大学の発表ということで、100人以上のマスコミの記者とカメラマンが詰めかけている。
「本日はお集まりいただきまして、ありがとうございます。それでは会見を開きます。最初に本学理学部長の山戸教授より今回の発表の意義について説明します」
司会進行の大学職員の言葉で記者会見が始まり、山戸教授が話を始める。
「理学部長の山戸です。さて、今から発表を行う吉田教授は、当理学部の地球科学科に所属され、近年は地震予知、および防止の研究に集中されています。
吉田教授は、この度極めて精度の高い新しい地震予知方法を開発しました。これは、地殻に電磁波を打ち込むことで起きる変動を、新開発の分析システムで解析するものです。このことで、地殻への電磁波の伝播と変化を計算して、地殻の急激な変動すなわち地震の兆候を予知するという方法です。
本日は、この結果を用いて、関東以西の解析を行った結果、極めて危険な兆候を見つけたので、被害予防のため今日の会見を開きました。それから、お断りをしておきますが、我々はこの解析結果には自信はもっていますが、自然界の現象の100%の予知は不可能です。
しかし、吉田教授は、予測が外れて非難・嘲笑される危険性より、この発表により救われる命を選んだのです。その点は、ご承知おきください。では、吉田先生お願いします」
「山戸先生ありがとうございます。
予知方法については、お手元の資料にある程度詳しく書いていますので、ご覧ください。すぐには御理解頂けないと思いますので、後日説明の機会を設けます。この中で重要な内容は、3ページ目に示している図です。その図1は、9月1日からのもので、ご覧のように9月3日に小さいピークが出ています。
ご存知のように、長野地方で9月3日にマグネチュード(M)4.5の直下型地震が起きています。その地点は図2の通りで、震源地は全く一致しています。図1をさらに見てください。9月18日に大きなピークが出ています。
図2では震源地は、岐阜県の恵那地方であることを示しています。今までの研究でこのピークからするとM7近い揺れが発生します。
予測結果を申し上げます。
9月18日午前5時ごろ、恵那地方の地下10㎞を震源とするM7弱の内陸型直下地震が起きます。お配りした図3をご覧ください。各地の震度予想を示しています。
震源地の直上では震度7の揺れに見舞われます、恵那市で震度6強、中津川市で震度6弱の揺れが発生する見込みです。この予想は、100%ではありませんが、私は精度に自信をもっています。どうか、予想された地域の自治体及び住民の方々は、この予知が当たると考えて準備をお願いします」
どよめきが起きた。記者は一斉にしゃべろうとするが、司会が遮る。
「どうか、順番に所属を明らかにして質問をお願いします」
そして、一人の記者を指名する。
「A新聞の、安田と申します。大変具体的な予知ですが。私の知る限り、正確な地震予知は現在の技術では無理だと言われています。各地の震度に該当する地点及び時間までを具体的に指摘されていますが。当該地には大変なショックだと思います。外れたらどう責任を取られるつもりですか」
吉田教授は、意地の悪い質問に質問者をジロリと見たが、回答の声はマイルドだ。
「私はこの発表に学者生命をかけています。できれば、このようなリスクを冒す発表は、したくありません。しかし、もしこの発表をせず予知が当たったら、予知された地震の規模からして、必ず数十人以上の犠牲者がでます。
一方で、外れた場合、経済・社会活動に大きな障害がでるでしょうし、私及び大学は大きなお叱りを受けると思います。私はこの2つを天秤にかけて、発表すべしと判断したわけです」
白髪の温厚な顔の吉田教授はひょうひょうと言う。
山戸教授がそれに追いかけて言う。
「先ほども申しましたが、100%の予知ということはあり得ません。しかし、吉田教授はあえて発表し、人々が備えることを選んだわけです。その点はご理解ください」
安田記者は、この言葉に周りからにらまれて居心地悪そうにしている。次いでの質問者が、先の質問など無視し興奮した顔で立って言う。
「Y新聞の浅川です。あの、このような精密な予測ができ、この予知が当たるということは、こ、これは大変なことです!今後高い確率で大地震が予測されている日本でこれは、……。吉田先生!今後は、地震はすべて予知できるということですね?」
「はい、地殻に打ち込む電磁銃と、解析装置が必要ですが、日本全体で100か所くらいの観測点を設ければ日本全土の解析できます。岐阜県のケースは、有名な活断層が岐阜に多いため岐阜大学に頼んで8か所に観測装置を置かせてもらったものが功を奏した結果になりました。
今回の予知が的中すれば、技術は世界に公開するつもりです。しかし、電磁銃について当大学の他の学科から供与を受けたもので、かなり特殊な技術がつかわれていますので、その製法を含めた公開は出来ないと思います。しかし間もなく量産体制に入りますので、購入してもらうことは出来ます」
次の指名された質問者も興奮して顔を赤らめている。
「Uテレビの進藤です。先ほど、吉田先生の最近のご研究は地震予知と防止とおっしゃられました。あの、それは、災害防止ということでしょうか」
「いえ、災害防止でなく地震防止です。この度の研究で、予知については目途がついたと思っていますので、地震防止に取り組んでいます。
今回の地震予知の研究の段階で、地震のメカニズム把握に自信が持てたと思っています。つまり、地殻変動において地震が始まり、本震に至るメカニズムを把握してモデル化できました。
従って、その知見を使えば、防止も地殻に適当な刺戟を与えることで可能と考えて実際的な手法を確立できたと思っています。むろんそのことで、地震を引き起こすようでは困ります。
しかし、モデル上ではうまくいっていますので、確実な予知ができれば、その対象地に防止措置をとれるわけです」
「ええ!」会場に衝撃が走った。
その記者会見はその後1時間続いたが、様々な質問が出て極めて盛り上がったものになった。
その日の昼のニュースで、早速記者会見の様子が報じられた。新聞の夕刊には1面トップに次のキャプションが踊った。
『岐阜県恵那地方で、今月18日に発生する震度7級の地震が予知される!江南大学が発表!』
夕方のニュースはその話題一色であった。しかし、予知に関して否定的な意見も多く、とりわけA新聞およびその系統のテレビ局で、内外の学者の否定的意見を集めて喧伝する。
そのなかで、岐阜県は知事が翌日江南大学の吉田教授を訪問した。
「吉田先生、今回の発表は大変ありがたく聞かせていただきました。私は先生の発表を信じます。いずれにせよ、先生の発表を100%信じて対策に当たらせます。人に関しては絶対被害者は出しませんし、物的被害も極力抑えます。
わが県は活断層が多く、地震に対しては不安を抱えていたのですが、予知できるとなれば大安心ですし、まして防止方法も研究されているとか。是非お願いします。当面この職員川村君と酒井君を江南市に残しますので、何か変化等があれば教えてください」と、30代終わりごろと20代の男性職員を紹介する。
その後、知事は関連市町村関係者を集めるとともに、準備、緊急応急補強(これは震源地がわかれば、振動の方向がわかるので支持棒等の対策で倒壊防止なども期待できる)措置の実施、前日・当日の避難計画、等を徹底して準備させた。
9月18日午前5時ジャスト、県職員および関係市町村職員、対象地区の住民は、みな起きてかたずをのんで待っている。
5時12分、弱い振動が走る。初期微動だ。2分後、震源地に近い恵那市早良の農家の前で、御嵩洋二は地面が突き上げるような動きをするのを感じた。家族は家の前の広場に集まっている。市からは避難所への避難を呼びかけられたが危険が無いと考えた家の前に留まったのだ。
揺れは大きく、ゆっさ、ゆっさという感じでゆっくり上下左右運動が起きる。まだ暗い中、懐中電灯で照らされて、自分の家も揺れている。県の指導に従って応急で取り付けた斜材が、ぎしぎしと鳴っている。
有効に機能しているようだ。窓ガラスは1枚2枚とはずれ割れる音が響く。しかし、ゆれは収まってきて、やがてギシギシ、ズンズンといった音も止んだ。
家は! 家は少なくとも倒れなかった。
「みな、無事か!」
「怖かった!」
声も出せずに、母親に抱き着いていた5歳の早苗がようやく泣き出す。
洋二は、もし予知が無くて家で地震が起きたら、どんなことになっているだろうと思う。家そのものも倒壊していた可能性は高い。また、家のなかの家具は全部倒れるだろうし、その下敷きで8人の家族の誰かが大けがをしていただろう。
地震が予知できるということは、こんなに大きな効果があるのだ、としみじみ思うのだった。
吉田教授も無論起きていて、5時14分本震発生を知った。まず感じたのは、安心感であった。重くのしかかっていた重しがとれた感じで、思わずふわっと気が抜けた。 携帯が鳴った。いつも使うスマホは切っていたが、国から重要事項伝達用として渡されたもので電話のみの機能のものである。
「はい、吉田です」
「突然お電話して申し訳ありません。首相の加藤です」
「はい!」さすがに驚く。
「今回は本当にありがとうございます。先生の勇気のおかげで、たぶん数10人の命と大きな物的損害が救われました。先生の研究のお陰で、今後我が国の安全性は飛躍的に高まりました。地震防止ご研究もされていることのこと、国として協力できることは何でも致しますので今後ともよろしくお願いします。
実際に、我が国の安全に関して、迫りくる海洋型大地震と関東震災が国際的に脆弱性として指摘されております。地震防止ができるなら、これにこしたことはないわけですので、ぜひお願いします」
「はい、精一杯努力します」
「お願いします。それでは」
昼頃、全体像が明らかになった結果の概要は以下の通りであった。
死者、重傷者はなく、ゆれで転んで軽傷を負ったものが5名で、人的損害は無しに等しかった。全壊家屋は120件、半壊530件で思ったより仮補強は有効に働いたようで、それらの補強なしだと、全半壊は3倍以上になったと推定されている。
こうした、全半壊した家屋も中の重要な家具等は多くが運び出されており、概ねは建物のみの損害であった。公共インフラも、水道管、電線、道路の損傷等があったが、あらかじめ万全の準備を整えた修理チームが準備していたのでその日のうちにほとんどが片付いた。
吉田教授は英雄になってしまった。
一方で、ネガティブなことを言い立てていた学者や、特にマスコミとして予知に懐疑的な意見を垂れ流していた、A新聞、系統のテレビはあっという間に意見を翻して、『成功を信じていたが、あえて厳しい意見を言わしてもらった』などと言い立てて、失笑を買っている。
そのニュースを見ながら牧村が順平に聞く。
「吉田先生はいい成果を出したね。どの程度協力したの?」
「先生は、方向としてはすでにつかんでおられたので。ちょっとヒントと、必要な機器は提供しました。地震防止は、調査用の電磁銃の出力を高めてやれば、成功しますよ。まあ、その場合使うのは電磁砲ですね。レールガンと一緒ですよ。弾を打たないだけで」
「うん、聞くと、やはり東海地震より関東地震が早いらしい。これは、そのまま来ると被害がしゃれにならないからね」
「ええ、あと2年くらいで危ないようだから、2年あれば大丈夫ですよ」
その後、吉田教授の観測、診断システムは、国の緊急予算で慎重に選ばれた100カ所に年内には設置されて、日本中が観測網の中に入った。
海外からも多くの引きあいが来ており、来年に1000セットほどの観測・診断システムが輸出される見込みであり、吉田教授の研究室に海外から専門家が研修にやってきている。
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