第13話 弾道ミサイル迎撃

 執務室で書類の決裁をしている加藤首相の非常時に使う携帯に、御蔵防衛大臣からの通話が着信する。

「はい、加藤です。うん、御蔵君か、どうした?」


「加藤総理、緊急事態です。今米軍から連絡があり、北朝鮮がミョウアンの基地の弾道ミサイルである最新型のテポドンⅣ型の燃料注入を始めたそうです」


「うん、わが国の衛星も撮影していたものだな。米軍の分析ではロフテッド軌道に乗せて太平洋に落とすだろうと。いずれにしても我が国を越えていくわけだな」


「はい、それで先日来申しているように迎撃したいのですが、よろしいですか?」


「うん、まあ迎撃するとあらかじめ宣言した以上、迎撃はするしかない。諸外国はイージス艦によるミサイルによる迎撃と思って失敗すると思っているようだが、実際にはF4Fを改造したまもる1号と2号を飛ばしてミサイルで迎撃するわけですね?」


「はい、百里基地にあるまもる1号と2号は、1時間で定位置である日本海上の高度500㎞の点に達します。各々パイロットとナビの2人が乗って、定点で6時間は待機可能ですので、その間に発射があれば、基本的に上昇の過程の公海上で撃破します」


 日本は、将来は飛翔型護衛艦と名付けられる予定の宇宙戦艦で、弾道ミサイルの迎撃をする予定である。だが、大型艦の建造時間を考えて、近々に迫っているとみられる北朝鮮のミサイル発射に備える必要があると考えた。

  

 そこで、退役間近のF4Fの機体のジェットエンジンを抜き取って重力エンジンを備えた。また、必要がなくなった翼を残して8基のAIM-120ミサイルのパイロンを設置している。 


 さらに、胴体の下部に25㎜のレールガン1基を固定して、AIによってコントロールされる、ミサイルとレールガンのためのレーダーと迎撃のコントロールシステムを装備している。


 一応オリジナルのF4Fのコックピットの中は気密にはなっているが、キャノピーと共に心もとない気密性であるので、樹脂を使って強化した。

 さらに、2酸化炭素の吸収を行い酸素を発生する空気浄化装置を設置してすることで、コックピットの中での2人の10時間の生存を可能にした。加えて、酸素マスクで3時間の呼吸が可能になっている。


 そして、この改造は4機について行われ、名称は自衛隊内でまもる1号から4号と名付けられた。現状のところこれらは対外的に伏せられている。だから、日本が北朝鮮に対して、日本列島を横断する軌道でミサイルを発射した場合には迎撃すると宣言したときは、驚きを持って受け取られた。


 それは、基本的にはイージス艦による迎撃と受け取られ、その場合のミサイルの射程距離は500㎞以下と考えられている。その場合にはロケットがロフテッド軌道を取った場合などには対応できず、恥をかくだけというのがもっぱらの評価であった。


 そして、その評価は日本人の軍事ウオッチャーも同様であり、彼らからは恥をかくだけだからやめろという合唱が起きている。色々言っても彼らは愛国者であり、祖国日本が恥をかくことを心配しているのだ。


 自信をもって迎撃できると考えている防衛大臣の言葉に加藤首相が応じる。

「うん、そうだったね。ええと、彼らが燃料の注入を開始したということは……」


「ええ、過去の例から言うと2時間の燃料注入、それから1時間以内の発射ですね。その場合には、あと1時間と22分で注入終了ですから、20分でまもる1号、その1分後にまもる2号の発信を命じたいと思います。よろしいでしょうか?」


「ああ、やって下さい、くれぐれも乗員の生命を最優先にするようにして下さい」


 まもる1号に座乗した二宮2佐は、まもる1号と2号からなる編隊の指揮官であり、後部座席の火器管制員の席に座っている。まもる1号~4号はまだ完成して2ヵ月であり、乗員に選ばれた二宮以下の隊員は集中的な訓練を続けてきた。


 二宮は39歳で、ジェット機の操縦時間が4000時間を上回る教官クラスのベテランであり、他の乗員も腕を見込まれた者たちである。だが彼らにしてみても、重力エンジンを積んで亜宇宙に飛び出すことができるこの機は全く異質なものである。

 

 これには千㎾時の容量のS型バッテリーが10基備えられていて、2Gの加速を6時間続けることができる。だから、その機能によって、亜宇宙に登ってミサイルを迎撃するという役割を果たすという任務を担う訳である。


 その際に、まずはまもる型機は全く新しい概念の機であり、そのため教官がいる訳もないので、最初はテスト飛行を始めることになる。二宮はまもる型の操縦士兼テストパイロットとして選ばれ、同僚の10人ほどと共に百里基地に集められた。


 彼らは、まずは座学を受けたが、最初の講師が通称“順平君”という中学生(実際に中学生の少年だ)にしか見えない少年である。彼は、自分の趣味で講義には自衛隊の迷彩服を着てきたが受講者も同様である。


 受講者には、百里基地の司令官から、順平君は自衛隊の重要な協力者だから、くれぐれも失礼のないようにときつく言われているので、彼らは神妙に彼の言うことを聞く。順平の講義内容は、重力エンジンの原理とシステム及び機能であり、訳の解からない内容かと警戒してみれば意外に解り易かった。


 つまり重力というのは、重量のある物体の周辺に生じる一種の力の場であり、その成り立ちを解明すれば、エネルギーを使って疑似的に同じ場を作ることができるという。その成り立ちの構造式というのを見せられたが、さっぱり解らない。


 しかし、ほとんどの人は理解できないので問題はないと順平が笑って言う。それは講師の順平君と牧村という学者が作ったもので、すでに権威のある学会誌に発表されたらしいが、酷評されているらしい。


「でも実機が出来ているもんね」と順平がこれも笑って言う。


 そして、疑似的に重力場を作ることができれば、それがすなわち重力エンジンになるということで、S型バッテリーを動力源としてすでに実際に作られている。彼らは、その1号機を巨大な格納庫の中で見せられた。


 それは幅1m×長さ2m×厚さ1mの縞鋼板が上部に張られた箱で、側面の一面は空いていて何かのごちゃごちゃした機械が詰まり、小さな操作盤がついている。その上部には手摺が巡らされそこにも操作盤がついていて、上面にはタラップで登れるようになっている。


 順平君は身軽に自分で登って皆に向かって言う。

「いまから、この反重力プラットホームを操縦します。僕の足の下に重力エンジンが設置されていて、これは1Gの加速が可能になります。

 でも、上には100mでストッパ、速度は30㎞でストッパが付いていますので危険が無いようにしています。ええと、僕と一緒に2人乗ってください。どうぞ」


 二宮はその近くに居たので、横にいた3尉と一緒に手を挙げて乗り込む。

「じゃあ、まず重力エンジンをアイドリング状態にして、10秒後に5m上昇します。いいですか?」


 その声と共に順平君が操縦装置を触ると、下からのウイーンという音と共に、かすかな振動がはじまる。頭の中で10を数えた時「では上昇!」の声と共に、小さいショックと共にすーと風を感じながら上昇する。


通常感じる重力変化はまったくなく、自分が動いているのではなく周囲が動いている感じだ。

「はい、5mです」


 そのような声がして、確かに天井まで15mほどもある格納庫内で、5mほど上がっている。さらに、「では次は格納庫内を回ってみましょうか」との声で、プラットホームは格納庫の中を10mほどの円を描いて回り始める。


 最初は結構な加速であるにもかかわらず、それは全く感じない点が不自然に思う。ただ、動くことで体に当たる風は自然な感じだ。その後、彼らは操縦方法を教えられ、自分たちで2時間ほども交代しながら夢中でそれを操縦したものだ。

 

 反重力プラットホームは2台作られていて、研修生には解放されていた。だから、彼らは毎日のように遊び感覚でそれを操縦したものだった。しかし、そのことで重力エンジンの動きというものを体で掴むことができたと、二宮は後で思った。


 その後、二宮は3番目のテストパイロットとして、まもる1号を操縦した。まもる型はF4Fの機体をそのまま使っている。二宮もF15のパイロットになる前3年ほどは、この機を操縦していてなじみがある。


 勿論、まもる型に改造するに際しては大きな改造をされているが、タンデムの操縦席は変えようがなく、それは樹脂で気密化が図られている。だが、そのまま亜宇宙に突入するには、その気密性と気浄化酸素供給装置の信頼性に少々不安を感じざるを得ない。


 基本は、操縦席内は亜宇宙でも酸素マスクを外して呼吸ができるという仕様になっており、そうでないと水分補給も食事もできないわけだ。しかし、酸素マスクで3時間の呼吸は担保されているので、生存という面では安心はしている。


 まもる型の最大の飛行時間は10時間に設定されているが、この場合に問題になるのは排尿・排便である。この点で、排尿は1種の尿瓶で可能になっているが、排便は“しない”ということだ。


 二宮の最初の飛行は、まず高度千mまで垂直上昇を行い、高度3万mまで上昇して直径500㎞の円を描いて帰ってくるというものであった。それを3回続けたのちに、高度100㎞まで上昇して、直径1万㎞の円を飛行して帰って来るという基礎訓練を行っている。


 その後も週に5回は亜宇宙の飛行訓練を行っているが、その中で的を放出したうえでミサイルの発射、レールガンの発射の訓練も行っているので、訓練を受けている者たちはミサイル迎撃に自信を持つようになってきた。


 この場合にミサイルやレールガンの弾丸が地上に落ちて被害を出さないようにということが考えられた。

 特にまもる型に積んだレールガンは、径25㎜長さ50㎜の弾を秒速8㎞で撃ち出すので、大気圏に入れば摩擦で蒸発する材質を選んだことで安全にした。またミサイルは遠隔で爆破することでこれも落下中に無害化されると考えている。


 まもる1号の二宮2佐と佐々木3尉、まもる2号の牛島3佐に村井3尉が、待機を命じられてだべっていたスクランブル待機部屋に、基地司令の山名空将からの命令が下ったのは5分前である。


「二宮司令以下まもる群各員、たった今、防衛大臣より間もなく発射されるテポドンⅥ号の破壊命令があった。直ちにまもる1号、2号に貴官及び隊員が乗り込み定点A11に到達し、待機せよ」 


「は、了解しました、まもる群4人は直ちに機に乗り込み、定点に向かいます!」

 机に立てかけたタブレットに現れた司令の映像に向けて、4人の隊員は起立して敬礼した。


 そして、二宮は自機に乗り込み座席に落ち着いて、機器を全て起動して点検を終了したところである。

「離陸準備完了、離陸許可を願います」


「離陸を許可する。まもる1号、10秒後発進、まもる2号はその1分後発進せよ」

 

 管制官からの連絡だ。佐々木3尉の操縦で、まもる1号は1分で千mまで上昇し、その後その時速200㎞の速度に加えて2G 加速で45度の角度で上昇し、時速1000㎞で一旦加速を止める。


 さらに、高度100㎞で再度加速を始めて秒速3㎞として高度500㎞のA11点に向けて飛び、その点で停止するために加速を逆にする。1分遅れてまもる2号がぴったりと同じ軌道を追ってくる。


 A11点でまもる1号が停止するが、停止のためには落下しないように上方に加速する必要がある。このように自由な点で停止できるのが、重力エンジン機の最大の利点の一つだ。


 人工衛星は、軌道にとどまるために高度毎に定まる軌道速度で飛行する必要がある。地上近くではその測度が約11㎞/秒になり、高いほど必要な速度が遅くなって地球の自転速度と同等になる静止衛星軌道(高度3600㎞)では1.6㎞/秒である。

 ロケットであれば、例えば500㎞の高度の定点に止まるためには、常時下に向かってロケットをふかしている必要があって、実質不可能である。


 まもる2号が2㎞離れた点に着いたのを確認して二宮が基地に連絡する。

「こちら、まもる1号、百里基地へ。まもり2号共にA11点に静止しました。状況を連絡願います」


「こちら百里基地、テポドンⅥ号の燃料注入が終わる予定時刻があと7分となった。過去の事例では残り1時間~1時間半程度で発射される見込み。待機して連絡を待て」


「こちら、まもる1号、了解」

 二宮は連絡を終えてマイクを切り、パイロットの佐々木に話しかける。彼らは酸素マスクを外しており、機内の空気を呼吸している。機内の気圧は地上の半分に保っているが、その代わり酸素濃度を倍にしている。そのために、声は通りにくい。


 しかし、狭いコックピットの中での会話に問題はない。

「佐々木君、訓練では何度もこの高度まで飛んだが。今日はどうだったかね?」


「ええ、毎日訓練をやっていたおかげで余り考えずに操縦できました。それに、この重力エンジン機は、ジェット機の時のような加速による重圧がないし、いくらでも補正が効きますので気が楽です。だからミスに怯えることもないので、メンタル面でも有効ですね。

 ただ、今後自衛隊のジョット機も、重力エンジンを積むことになるようですね。その場合、3次元の運動に慣れる必要はありますが、普通の自動車を運転できれば操縦はできます。その意味では、厳しい訓練に耐えてきた我々として寂しい思いはあります」


「うん、まあな。俺もそれは感じている。ただ、今FR機を積んだ飛翔型護衛艦、まあ宇宙戦艦だな、その建造が進んでいると聞いている。なにか“やまと”いう名になるという噂もある。

 だから、俺はこのまもる型は、将来宇宙戦闘機になると思っている。

 その流れで、自衛隊にも宇宙自衛隊ができると思うが、このまもる型に乗っている俺たちはまずそっちに行けると思うぞ。俺はSFが好きで、宇宙は憧れだったから楽しみだ。だから、俺は宇宙戦艦の乗り組みを狙っている」


「へえ、二宮さんはそっちですか。そうですねえ。宇宙、いいなあ。でも結局太陽系どまりなんでしょう?それじゃあ宇宙人も居ないしねえ」


「いやいや、順平君がいるじゃないか。この前の講義でちらっと言っていたぞ。空間を渡る技術とか……」


「ええ、だけどあれは出来たらいいな、という話だったでしょう。いくらなんでもねえ」


 佐々木はそう言うが、二宮は順平の言葉を信じたかった。

 このような、気楽な会話をしている彼らのところに通知と命令がある。


「まもる1号、2号!発射だ。テポドンⅥ号が発射された。命令する。撃墜せよ!」 


「お!発射されたか。発射基地まで300㎞か。多分60度の角度で上昇するから、ここで待っていれば80㎞の距離を通過するな。よし!」


 二宮は佐々木には聞こえるように言って、マイクに吹き込む。

「百里基地及びまもる2号、我々2機はここで留まる。予想では、ターゲットは80㎞の距離を通過する予定でそこは公海上だ。

 以下まもる1号に命令。我々2機は、レーダーよる探知の結果を元に、機のコントロールをAIに任せて先にレールガンを発射する。さらにレールガンが外れたら各1発ずつの迎撃ミサイルを発射する。

 各タイミングはまもる1号から指示する。まもる1号復唱せよ」


 まもる2号から復唱があり、間もなく二宮は再度2号に命じる。

「たった今、レーダーにミサイルを検知した。まもる2号も検知したら、艦載AIによって機体の操縦を委ねよ」


 レールガンは機体に固定されているので、艦載AIよって機体の操縦をさせないと100kmに近い距離の、動いている標的へのレールガンの命中は望めない。だから、二宮がそのような命令を出したのだ。


「こちらまもる2号。本機もレーダーに標的を感知した。AIにレールガンによる攻撃を指示し手動操縦を切り替える」

 検知時点では200㎞の距離のミサイルはどんどん近づいてくる。


「標的上昇中、現在高度250㎞、距離155㎞、レールガン発射まで35秒」

 AIからの音声通知があり、どんどん高度の上昇と距離が近づいてくる。


「標的、現在高度430㎞、距離95㎞、射撃まで10、9,8,7,6,5,4,3,2,1、発射!命中まで、9,8,7,6,5,4,3,2,1、命中!弾丸が命中し、ターゲットは爆散しました。状況終了、コントロールの切り替えを願います」


まもる1号、2号ともにAIから同じアナウンスがあったが、結局どちらの弾丸もミサイルの胴体を貫いたのだ。


「迎撃成功です!」

 百里基地を経由して迎撃成功の報を受け、防衛省防衛指揮所に声が響く。

「おお!」期せずして歓声が沸き起こり、拍手の音が響く。


 この結果は世界に驚きをもって迎えられ、とりわけ中国軍部には深刻なインパクトとなった。それというのも、防衛省は迎撃したのは亜宇宙機のまもる1号と2号であり、高度500㎞まで上昇してのレールガンのよる砲撃と公表したのだ。


 つまり、日本が亜宇宙に迎撃のための機体を飛ばすことができ、その機体によってレールガンで弾道ミサイルを迎撃することができる。これは中国の核弾道ミサイルが無力化された可能性が高いということだ。

 日本にターゲットを定めて戦争準備に入っていた紅軍は、短期間の激しい論戦の結果、準備を取りやめることに決した。


 無論、北朝鮮はヒステリックにわわめいて『戦争行為だ!』と、言いたてたが、中国が鞘をおさめおとなしくなる状態では、相手にされずに終わっている。

 さらに、日本から「今後日本に向けて撃つミサイルはすべて迎撃する」と言われてしまった。

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