第12話 変革する日本の風景

 7月20日、閣議の席であった。福山官房長官が開会の言葉を述べ報告を促す。

「今日はまず、加山財務大臣から最近の経済情勢についてご報告願います」


「はい、皆さんのご存知の通り、とりわけ、FR機を始め一連のS型バッテリー・モーター等の急速な建設・製造、それを組み込んだ自動車の急速な普及、つまり買い替え需要ですね、さらに関連する種々の企業の設備投資に伴い日本経済は大きく上向いています。

 経済企画庁の調査では、民間の設備投資が大きく膨らみ、今年のみで昨年度を30兆円上回る状況です。それに伴って雇用率が大きく改善され、さらに消費が活発になっています。結果として、今年のGDPの伸び率は、現状では9%に近いという見込みです。


 一方で、物価の上昇が続いており、今年の物価上昇率は2%から、場合によっては3%を超えるという予想が出ています。来年は、GDPの伸びは10%を超えると予想されており、インフレ率も今年以上という予測です。インフレ率については、極端に振れないように政府として何らかの手を打つ必要があると思います。

 我が国は、長くデフレで苦しんできたわけですが、これで解消されたと言ってもよろしいと思います。税収については、多くの企業が黒字化し、給与所得者の所得も増えていることから、大幅に増えて30%以上の増収になろうかと思います。

 いずれにせよ、我が国の全体のみならず政府の経済情勢は大幅に改善されたと言っていいでしょう。これが、殆どすべて江南大学発の種々の発明による波及効果というのは、やや複雑な感情はありますが」


「ちょっとよろしいですか」

 城田文部科学大臣が手を挙げる。


「どうぞ」官房長官が促す。


「今話題になっている数々の発明は、いわゆる順平効果によるものですが、徐々に、彼の持つ触媒効果がほかの人でもある程度代用できるようになってきました。いくつかの大学および企業で、順平セミナーの経験者を加えて同じようなセミナーを継続的に開いており、さすがに順平君が入るほどの効果はありませんが、従来には考えられないほどの成果が出ています。

 来年以降、我が国では様々な新開発ラッシュになると思いますよ。そこで、われわれ文科省としては、このサークル活動を全国に広げるためのマニュアルを作るとともに、資格制度の創設などの試案を作っているところです」


 この言葉に出席者がざわめくが、官房長官が話を進める。

「大変、ボジティブな話をありがとうございます。次は、中根経済産業大臣から現状のFR機ほかの進捗状況をお願いできますか」


「はい、しかし十分マスコミが報じていますので、私が報告するまでもないとは思いますが、折角のご指名ですので。

 FR機は、2年前の最初の年度に着工したものは20基がすべて稼働しています。 昨年着工した50基は20基がすでに運転しており、さらに20基が今年度中に運転に入れますので、今年度中には当初より増えて6千万㎾になります。

 しかし、目標の大型FR機のみで4億㎾というところまでは道は遥かに遠いわけです。ですから、まずは工期短縮、さらに担当技術者の増員、建設・製造の標準化、自動化を大胆に進めています。


 工期短縮については、天候に左右されずに自動化しやすい工場で、出来るだけブロック化して、現場での作業を最小化にするするということをやっています。さらには現場では、2交代あるいは3交代でロボットや自動化重機を使って昼夜間工事をしています。

 こうしたことで、100万㎾の大型FR機については、8ヶ月で建設完了、10ヶ月で運転可能なレベルまで来ています。また、出来るだけ既設の発電所に設置していることから、送電設備がそのまま使えますので、FR機のみを建設すればよいわけです。

 また、このような工事に、研修生の立場で多数のエンジニア、職人を送り込んで、施工管理と工事につきものの特殊工事ができる技術者を増やしています。さらに、FR機の製造ができる工場も、情報漏洩には配慮しつつ出来るだけ増加させています。

 こうしたことで、ピークには年間100基の建設ができるところまで持って行って、あと3年以内で国内の大型FR機の建設を終えようと計画しています。そして、今年の大型FR機の着工数は90基となっていまして、来年はピークの100基を予定しています。


 それから、小型機と言える10万㎾機は何しろコンパクトなので、工場で設備ができれば現地の組み立て試運転を入れて1ヶ月で運転が可能になります。また、10万㎾機は電力のみならず、鉄や金属の精錬などの工場で設置の要望が大幅に増えています。

 特に製鉄をはじめとして、石油や石炭などの化石燃料を使っていた工場は、温室効果ガスゼロを前倒しするとして、自前の発電機の設置を要望しています。実態はコストが低くなるからという動機が大きいと思いますが。

 だから、小型FR機は部品製造の工場を分散して大増産に掛かっていまして、今年の製造数は500基を超えそうです。

 おかげで、少し余裕が出たので爆発事故で発電機が壊れたフィリピン・マニラに3基緊急に入れることができ大変感謝されました。とは言え、今のペースでいっても我が国の電力の発電装置、さっき言った化石燃料から電力への入れ替えのための発電機が全部入れ替わるのは、後3年かかります」


 中根大臣はそこで言葉を切り、出席者を見渡して続ける。

「ところで、FR機については、大体の報告をしましたが、S型バッテリー、モーター及び自動車及び船舶への応用について報告しておきます。

 すでに、皆さんご存知の通り。S型のバッテリー、モーターを搭載した車は各自動車メーカーが一斉に発売しましたが、各社フル生産体制にあっても、半年以上の予約待ちです。今年は新機種の国内販売のみで4百万台を超えるでしょう。

 当然賦活工場は全国に完成しており、全国で222か所の工場が稼働しています。ガソリンステンドは、当分の間バッテリーの交換と給油を兼ねることになりますが、問題なくバッテリーの交換も行われています。

 新型車は、現状では国内だけで生産を行っていますが、技術の世界への公開に伴って海外でもバッテリーの賦活工場が建設されています。そこで、バッテリーの交換ができるようになってきた国が増えたので、国内自動車メーカーの海外工場で生産を開始する準備が進んでいます。


 また、船舶にもS型バッテリー、モーターの適用が始まっていますが、現状では実用が進んでいるのはバッテリーで動く程度の小型船ですね。FR発電機を積んだ船は、建造中の“ゆきかぜ”型護衛艦“ゆきかぜ”に搭載しており、1カ月後には竣工します。

 これは御蔵防衛大臣の範疇ですが、“ゆきかぜ”は5千トンの船体にFR機10万kWの発電機を備えていますので、40ノット以上の高速運転が可能で、燃料という意味ではほとんど無限に走れます。

 また民間の船にも、建造中の船の主機をFR発電機として、モーターを回す形式に改装が進んでいますので、今年度中には5隻ほどが完成します」


 そこに亀山外務大臣が官房長官に指名されて話を始める。

「国内は順調なのですが、海外からさらに技術を供与するようにという要望というか、要求が非常に強く、外務省としては大変苦慮しています。

 皆さんもご存じのように、地球温暖化の問題もあって、これらの技術を我が国が独占することはできないということで、取捨選択をして海外へも供与するということで実行しています。


 つまり、根幹を握る一部の技術の部品については日本が供与するとして、発電所の建設、ACバッテリー、高効率モーター、さらにバッテリーの賦活化工場については各国で建設できるように出来るだけの技術を公開しました。またそのパテント料も無理のないように設定しています。

 ですから、今は100万㎾級FR発電所の建設が世界の525か所で進んでいますが、完成したのは12か所のみですし、10万㎾級については把握している限りでは530基が稼働して、3000基以上が製造中です。


 また、自動車については、米、欧州、中国、韓国、等でACバッテリー搭載のS型モーターを使った自動車が販売されていますが、売り出した世界の車を全部集めても日本で販売された数程度です。標準設計も供与してのこの結果ですが、日本との対比で不満が出ています。

 だから、特に要望が強いのは日本からの指導者の派遣、研修生の受け入れです。これは段階的に受け入れていかざるを得ないと思っていますが、この点について中根経産大臣からお話しを願いますか?」


 外務大臣の要請に中根経産大臣が応じる。

「はい。実際のところ、石油価格の駆け込みとも言える高騰傾向に対抗するためもあって、国内では発電への切り替え、エンジンからのモーター切り替えに全力で当たっております。そのため、エンジニアの数は完全に不足している状態で、派遣の余裕はここ2年において全くありません。

 研修生の受け入れですが、これも実施部隊に負担を掛けることは間違いないのですが、派遣で人を持っていかれるよりは増しです。しかし、出したくないノウハウも多く、これらを持っていかれるのはともかく、権利化されるのは困るということです。 

 そのことで、とりわけお隣の2国については長い間痛い目にあっていますからね。

この件については、外務省さんと時期とか人数についてはする合わせをしましょう。


 あと、海外においてFR機とか、ACバッテリーの生産、賦活工場の建設と稼働で問題が続出して進行が遅いというのは、新しい技術の場合はやむを得ないことのようですね。我が国の場合に例外的にうまくいったのは、最初に優秀な管理者がいたこと、それに何でも解決できる“順平君”という存在があったからです。

 本来新しい技術の導入がそんなに順調に進む訳はないのだそうです」


 そこで、再度亀山外務大臣が話を続ける。

「ありがとうございます。良く分かりました。研修生の受け入れに当たってはきつく条件を付ける必要がありますね。それと、権利化されると困るようなものは、早くこちらが先に権利化しておいていただきたいと思います。

 さて、それから対応に苦慮しているのは、米国からFR機、ACバッテリー賦活化の全技術の提供を要請というか要求されている点です。米国については我が国も摩擦を懸念してすでに、研修生を受け入れて、あの国では比較的スムーズにFR機の建設とACバッテリー、新型モーターの導入と普及が進んでいます。


 しかし、それでは満足できないらしく、これらの技術のすべてと、重力エンジンと電磁砲、それにレールガンの根幹技術を渡せということです。レールガンは元々アメリカから供与された技術で防衛研究所も研究を進めていた発展形ですから、すでに渡すことに同意しています。

 また、重力エンジンについては、軍事技術と直結するものですので、彼らの執着も強いわけです。米国のこうした要求は貿易に関する規制とか、安全保障に絡めてくるので、なかなか単純に拒否とはいかないので困っているわけです」


「ちょっとよろしいですか」

 そこで、御蔵防衛大臣が手を挙げるので、福山官房長官が発言を促す。


「さきほど、経産大臣からお話もありましたが、防衛省では艦船にFR発電機を積んでエンジンのモーターへの切り替えを行っていきます。先ほどの話の“ゆきかぜ”については新造船でしたが今後は既存の艦全てについてですね。

 これが終われば、自衛隊の艦船は全てが航続距離は事実上無限になります。とはいえ乗組み員のことを考えるとそうはいきませんが。

 それから、外務大臣のお話にありましたレールガンについては、米国に一切の技術資料を見本と共に渡しました。ただ、重力エンジンについては、各国の軍事事情を一変させる技術であるだけに少しここで議論したいと思います。


 率直に申しますが、わが自衛隊の戦力は基本的に米軍に従属したものです。最も重要な情報は米軍の情報ネットワークの一部分であり、基本的に日本の戦力は米軍の補完として位置づけられています。これは、実戦部隊は自分で何の戦闘行動を起こす権限がないことも大きな原因の一つです。

 しかし、今日本は重力エンジンという技術を握り、順平君という存在があれば多分今後3年うまく立ち回ることで軍事的に米軍に並び立つ存在になりえます。


 一方で、日本に核と軍事力の傘をかけてくれているという米国は、当然ではありますが自らの国益が最優先です。だから、以前から議論はありましたが、核の傘も自分の国が攻撃されるリスクを冒してまで広げるかと言えば、私は否だと思います。

 じゃあ何のために日米安保条約があるかと言えば、アメリカが日本を守るという宣言と、その国が世界一の軍隊を持っているという他への威嚇のためです。そして、その体制を続けていく限りは、わが国は安全保障をてこに米国に対して譲り続ける必要があります。

 ですから、この場合先ほど外務大臣に話のあった技術は、結局全て譲ることになるでしょう。


 翻って我が国の安全保障環境について少々私の見解を述べさせていただきます。

 中国は、世界からの締め付けもあってバブルが崩壊して、経済的な苦境にありますが、かたくなに軍事予算は減らさないで来ています。この国の経済規模は、最近明らかになった実態のない土地に係わる部分を除くと我が国の1.5倍程度です。


 この国は軍備を最近10年間で急速に伸ばしてきましたので量としては大きく、核の脅威を除いても、我が国単独では対抗が難しい相手です。しかし、先ほど以来議論されているわが国の新しい技術によって、今後1年もすれば、質の面で我が国は彼らを上回ることが可能です。

 しかし、中国は経済の落ち込みで生活が苦しくなり、支配層の腐敗が明らかになってきたこともあって、国民の不満が高まっています。そしてそうした場合に不満を逸らすために、何らかの軍事行動を起こす可能性があります。そして、その際に米軍がどの程度我が国に協力するか、私は大きな不安を持っています。


 そして、韓国ですが、中国と米国とを二股にかけていたものが、中国が落ち目とみてまた米国に色目を使っています。しかし、経済的には中国とより深く結びついているので、信頼できず、私はあの国を同盟国とは思っていません。

 北朝鮮は依然として続く制裁によって経済的苦境にありますが、キム体制を維持しており、核兵器を手放そうとはしません。だから、ミサイルへの警戒は今後も必要です。

 後はロシアですが、かの国は北方領土をどうあっても手放さないが、日本の経済援助は欲しいということですね。ただ、彼らにしてみれば辺境である極東で、軍事的を起こす必然性は少なくとも近い将来においてありません」


 御蔵大臣は一旦言葉を切って再度口を開く。

「その情勢で、わが国の当面の脅威は中国の軍事力と中国と北朝鮮の核です。中国の通常の軍事力は、今自衛隊で緊急的に行っている重力エンジンとレールガンの導入で、米軍の助けがなくとも対抗できるでしょう。

 そして、北朝鮮はともかく、アメリカに対して届く核を持っている中国に対しての核の傘はあてにならないと私は思っています。


 それに対しての対抗策を見つけることができました。これは、またしても順平君のお陰ですが。そして、これについては総理のご配慮で予算をつけて頂き、すでに建造に掛かっています。それは、宇宙空間に到達できる宇宙戦艦と呼ぶべきもので、そこで、弾道ミサイルを迎え撃ちます。


 地上を見下ろす宇宙空間においては、地上の気候には関わりなく完全な形で地上及びその直上の空間を見張ることができます。さらに、そこから迎撃ミサイルを撃つ場合には、重力の底から上昇する必要がないので、小型での長射程の物になります。

 更にはレールガンを使えば、その軌道をそらす空気という要因がないので100㎞先でも正確に狙えます。だから、宇宙空間に有人の戦闘機または艦を重力エンジンで持っていければ100%の迎撃が可能になるのです。


 しかし、有人でFR発電機を積んだ宇宙機、まあ宇宙戦艦と言っていいでしょう。これの建造は24時間体制で1年間を要します。そこで、その隙間を埋めるために、古い戦闘機を改造して宇宙に行けるようにした宇宙機を4機すでに建造しました。

 すなわち、中国、北朝鮮の長距離弾道ミサイルはもはや脅威ではありません」

 胸を張る御蔵大臣の言葉に閣僚達はどよめき、加藤首相は満足げにほほ笑む。

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