第11話 順平を取り巻く状況

 ちなみに、順平はすでに江南大学に隣接して作られた一戸建てに移っている。ここには順平一家と同等もセキュリティが必要と判断された牧村一家も移ってきている。

 この家は、牧村にとっては前の官舎よりずっと広くなって、1戸建てなので庭もある。隣は、おなじように引っ越ししてきた順平一家である。ここは大学に隣接する住宅地を、国が買い上げて、一部新設、一部改修して10戸ほどを確保したものだ。


 外からは厳重なゲートがあって、簡単には入れないようになっている。牧村の娘の舞も4歳になって、幼稚園に通っているが、行き帰りにはガード付きだ。生活は快適ではあるが不自由にはなっている。


 防衛省との協力がすでに始まっている2024年正月の牧村夫婦の会話である。

「ねえ、確かにお給料のほかに手当がでて、収入は3倍になっているけど、ちょっと不自由ね。どこに行くにもガード付きで、舞は簡単にお友達も呼べないものね」


「うーん、そうだね。もう、世の中に名前が通ってしまったからね。有名税というけど、われわれは油断すると誘拐があるからね。もっとたちが悪いよ。ちなみに、4月に国際物理学会に、山戸先生と呼ばれたんだよ。舞もつれて一緒に行こう。ドイツのフランクフルトだ」


「まあ、それはすてきね。あっちでは、こっちほど名前は売れていないでしょう?」


「うーん、知っている人はいないけど、ガードは付くと思うな」


「でも、海外には新婚旅行以来初めてだから楽しみにします。ところで、このころは研究とか、順平君とか、FR機の建設とかどうなっているの」


「うん、僕の場合は研究者としては極めて順調だね。例のネイチャーの論文以来、国内ではいろんな研究会や学会で基調講演をやらしてもらっている。海外の学会からも、今言った物理学会の他にもいろいろ話が来ている。

 研究も、やはり順平セミナーの効果はあるけれど、いまちょっとだいぶ方向を変えた研究、重力の仕組みにとりくんでいるところだ。理論面では大体めどがついたというところなんだけど、応用が先行しているという妙なことになってね。 


 重力操作ができるということについては、実際はすでに順平君たちが確かめて防衛省と強力して実機を組み立てている。したがって、理論が正しいことは疑いないのだけど、それを理論的にどう裏付けるかいうところなんだ。そんなことは不可能という反対者には気の毒な話で、誤りであることはすでに事実が証明しているからね。


 いずれにせよ、こんなことで、来年くらいには教授になれるだろう。

 順平セミナーについては、今は学内のみでなく、彼が外に行ってやっているよ。成果は相当出ているみたいだ。学内の話は知っているだろう?今年の国内の理系の学会賞は殆どわが江南大学が受賞した。


 最近は、順平君は防衛関係にのめりこんでいるね。セミナーは、防衛研究所でも継続的にやっているよ。レールガンはすでに実用化したようだね。プロトタイプの1号機はもう試射したらしい。

 例の10万㎾のFR機で起動できるらしく、米国の研究中のものが、初速2㎞/秒程度のものを、こっちは7㎞/秒を超えているらしい。しかも、10秒に一発撃てるらしく、有効射程も150㎞を超えている。

 だから、射程としては弾道ミサイルも十分撃ち落とせるけど、大気を通っていくのでは実際には無理だろうな。順平君は兵器が好きなんだね。護衛艦やヘリなんかに乗せてもらって生き生きしているよ」


「ふーん、順平君がねえ。ところで、FR機とかの建設はどうなっているの」


「うん、FR機は今、100万㎾機が24台、10万㎾機の80台が、同時並行で建設が進んでいる。10万㎾機は工場でユニットを作って、鋼製の架台に乗せて終わりだ。これは、防衛庁関係の要望もあって、いろいろ調整して、各20機5か所の工場で建設中だ。

 ちなみにマスコミで報じられたので知っているだろうけど、かの福島の原発の放射能除染は、いま装置が組み立て中だ。除染装置用の電源供給に10万㎾機の2基はすでに設置した。大体1年で、主だった除染は終わるようだよ。これに僕もからんでいるのは知っているよね。


 それで、FR機はたぶん春には10万㎾機は40台くらい運転に入れるし、100万㎾機も最初の8台が夏には動き始める。

 FR機が出そろうまでの石油だけど、石油関係の産油国、メジャー相手の価格ネゴ交渉は大変だったようだね。でも、米国に最優先でFR機の建設、バッテリー、モーターの技術を供与するということで、彼らから圧力をかけてもらって、思ったところに落ち着いたらしい。


 いま、アメリカから技術者を50人受け入れて、かれらが間もなくアメリカに帰って100万㎾機の建設に入る。このアメリカ優先は、安全保障の面もあって、きな臭い中国の動きを抑える面でも役立ってもらっている。

 だけど、昨今のアメリカの態度だと、どうなんだろうね。もっとも2年もすれば、順平効果で中国は軍事的には相手ではなくなるだろうから、それまでに辛抱だ」


「うん、早くFR機の建設が進んで、電気代が安くなってほしいわ」


「うん、今年末には5千万㎾位のFR機ができるから、20~30%は下がるかな。S型バッテリーとモーターを積んだ、新型の車は、4月ごろに発売のようだ。大体、車自体の値段はガソリン車より20%くらい安くなるらしい」


「発売されたら買いましょう。でもだいぶ待たなきゃならないのじゃ?」


「そのくらいは、コネで大丈夫だよ。最初のロットが入手できるようになっている。また、バッテリーの励起(充電)工場の充実が大事だけど、4月には江南市にも1か所できるから、交換するバッテリーの補給は問題ないよ」


「でも、バッテリーの交換は大変なんじゃないの」


「バッテリーの交換は、順平君のお父さんの会社がすごく便利な交換機を開発してくれて、各スタンドに備えるから、30秒くらいで交換できるよ。

 お父さんの会社の江南メカトロニクスは、モーターで先行していたのだけど、普及を全国的に特急でやらなければならないということになっただろう?

それで、ちょっと独占は無理ということになって、当てがはずれた格好だったけど、お父さん洋平さんが開発した装置が全国のスタンドに入ることで大きな仕事ができるようになった。お父さんもだいぶ出世するんじゃないかな」


「うん、奥さんもだいぶゆとりがありそう」


「ところで、最近はずいぶん景気がいいだろう?思わない?」


「うん、そうね。お友達の旦那さんは忙しいみたいだけど、残業代も増えてお給料も上がっているようよ。店にいってもお客さんが多いし、いろんなものも売れているみたいね」


「今年の日本のGDPは、企業の設備投資がすごく伸びて、全体として成長率5%上回るようだね。来年はもっとで、7%を超えるだろうと言われている。

 大学の新卒の就職率は完全に100%、それもそれなりのところばかりだ。特に江南大学はあっという間に全員が決まった。いま、院生に他大学からの転入志望者がすごいことになっている。

 入試志望者も過去最高で、偏差値がすごく上がって、工学部は医学部より高いらしいよ。っして、僕の理学部はいつも人気がないのだけど、その工学部とほとんど差がない」


「留学生は、どうなの?」


「それこそ、世界中から志望者は殺到しているけど、理系は米国の特別な推薦の線以外の全部拒否している。あまりにも国益に係る新規開発が多すぎるから、ちょっと留学生は受け入れられないということだ」


「でも在学生に留学生はいるでしょう?また、在日の人とかは?」


「いまは、順平セミナーを始め、重要な講義などや研究は特別な部屋でやって、留学生は入れないようにしている。また、今建設中の、技術研究所の構内に講義棟・研究室を作るので、そっちには基本的に留学生は入れない。日本国籍のないものは、留学生と同じ扱いだ。帰化した人も慎重に調べる」


 ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー 


 5月20日、柏崎原発サイトFR機の建設現場、A機の現場所長の狭山を中心に工程会議の最中だ。

「それでは、柴田君、昨日のリアクターの工場検査結果を説明してください」

 と狭山が聞く。


「はい、浦和のRB工業で組み立て中のリアクターは、現在函体は完成しており、内部の整流格子もほとんど取り付け終わっています。組み立て完了まであと1週間という所です。その後X線検査を経て、圧力検査等で2週間、6月20日には発送できるということです」


「ふーん、工程上クリティカルなリアクターが20日発送ということは、23日には組み立てを始められるな。そうすると、リアクター以外の組み立て配管・配線を全部終了させておけば、全体組み立て完了は7月頭だね。

 それから、調整、検査、8月盆までには試運転に入れるか」

 狭山が自分で言って、集まった15人の職員と下請けの責任者を見渡す。


「ところで、吉安君、B号機の進捗はどうなんだ」

 狭山の言葉に吉安は苦笑いして答える。


 B号機は、同じ御代田エンジニアリングが同じ構内で建設しているFR機で、お互いライバル視して早い完成を争っている。

「すこし、リアクターの製造が遅れているようですね。たぶん、こっちが1週間程度はリードしているのではないでしょうか」

 そのように吉竹が説明する。


 狭山がそれを受けて言う。

「うん、そうか1週間程度というのは、頑張っているな。また、聞くところによると、大飯の現場の四菱重工が少し先行しているようだ。さすがに、開発を担当したメンバーを入れているだけのことはある。

 それから、福島は少し遅れているようだね。なにせ、放射能の除染装置の設置、運転も並行してやっているから無理はないよね。でも、今年暮れには場内の除染は終わるらしい。ただ、周辺の低濃度汚染がね。

 これは、例の順平効果で開発された中和剤が使われるらしく、すでに試験運用が始まっている。たぶん、来年一杯では、福島原発周辺の放射能の問題は片付くはずだよ。しかし、このFR機は国のためにも1日も早く完成させたい。とはいえ事故の無いように慎重に手早くやろう」


 皆が、にやりとしてうなずいて解散していく。

 現場のメンバーの士気は高い。


 ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー 


 5月21日、護衛艦“あきつき”艦上、順平が叫ぶ。

「わあ!気持ちがいい!」 “あきつき”は今20ノットの速度で走っている。


 艦長の橋田一佐が笑いながら言う。

「順平君は、自衛艦は初めてかな」


「護衛艦どころか、船は初めて!」

 順平が気持ちよさそうに言う。


 今日は、初めて実機が完成したレールガンが“あきつき”に設置され、試射を行うということで、伊豆大島沖に出ている。制服組は海上幕僚長を始め防衛研究所の丸井所長にさらに事務方も来ており、米軍の将校も3名乗り込んでいる。


 昨今、経済は落ち込みつつあるが、軍事面での中国の挑発はやまず、米軍の協力が是非必要なのであるが、アメリカ政府の姿勢は冷たい。しかし、戦後ずっと米軍の従属的な立場であった自衛隊として、レールガンの開発を知られた以上、その技術は彼らに開示せざるを得ない。


 さらにベースになっていたレールガン技術はアメリカから出たものだ。直径7mほどの砲台に15mほど突き出した径1mほどの格子状の砲身を彼らは盛んに写真を撮っている。順平は今日の試射に立ち会うことは当初からの約束である。

 彼は、開発のキーマンであるし、いくらでもアイデアが出てくるいわば『うち手の小づち』だから、防衛省も今後のことを考えると、少々の無理は聞く。


 今日は、日米の合同演習に合わせて、伊豆大島沖で標的を準備しての試射だが、問題は威力が大きすぎて、通常の試射はできないことだ。なにしろ、秒速7㎞の弾速は200㎞飛んで重力加速度によって4㎞の落下だ。


 だから仰角5度程度の角度で打ち出せば、200㎞以上飛んでしまう。そこで、今日は、200㎞先の海面上に座標を決めて弾道計算の上で着水させることにしている。波による揺れはキャンセルできるが、通過する大気の揺れや温度変化は計算しきれない。

 だから100m程度の誤差に収まれば上出来であると判断されている。本命は大気の影響がない亜宇宙の射撃なので、今日の試射は実際に撃てるかどうかの試験になる。


「艦長!あと10分で試射位置に着きます」

 当直将校が報告する。


「よろしい、艦橋に行く。順平君、行こうか」

 艦長が順平に、艦橋に入るように入るように呼びかける。


 艦内に入り、皆で艦橋のスクリーンの映像を見つめる。上空のドローンからの映像で、標的の海面が赤く十字に記されている。

「あと、1分で予定位置です」砲術士官が言うが、艦は20ノットで前進しながら撃つことになる。走りながらの方が停止しての揺れより把握しやすいのである。


「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、撃て!」士官が叫ぶ。


 艦の振動に合わせてゆっくり動いている砲から、バシュ!と少し大きな音がして、赤い火が走った。弾速7㎞/秒でも、大気摩擦による減速を考慮すると200km先まで50秒を超える。


「弾着まで、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、弾チャーク!」


 上空500mからの映像を皆がかたずを飲んで見ているが、赤い十字から左にそれた場所に、蒸気がボンと言いう感じで上がり、それから大きな爆発が起きて太さ5mほどの水柱が30mほども巻き上がる。標的の十字からは約15mのずれであり上出来だ。


 映像を見ていた皆は無言で顔を見合わせた。

「水蒸気爆発ですね。10㎏の砲弾が白くなるほど発熱して水面に打ったわけですから、その程度にはなるでしょう」丸井所長が解説する。


 順平は、覚悟はしていたが、大気中のレールガンの威力については大したことはないと、改めて思った。相手が、艦船で30㎞程度の距離だったら必中だろうが、100mm砲弾では被害は知れている。

 だけど宇宙空間だったら100㎞での必中だろうし構造の脆い宇宙機だったら完全に破壊できる。やはり、宇宙で使うべきものだ。

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