第八段 過客~ホステル・草加
浅草ではカプセルホテルも利用したが、併せてドミトリーも利用した。元々、他の人と閨を共にすることに抵抗がなく、色々な話を伺うのが好きな私にとっては正にうってつけの場である。ここでは、袖擦り合うも何かの縁ということで、ある一夜に共用室で語らっていた人々をとりとめもなく紹介したい。
ロシアもシベリアからいらした女性は日本語がお上手。スナック菓子を食べていたが、はじき豆をあげられなかった。なぜ、日本人は外国語を旅行者に使おうかするのか、向こうではロシア語でどんと構えているのに、と不思議がっていた。
ニュージーランドの男性はラグビーを熱く語っていたが、訛りと語彙力不足のせいで上手く聞き取れなかった。ヨーグルトがお好きなようで、五箱も買っていた。
宮崎の女性は児童養護施設出身とのこと。教育学部に在籍しているものの、先生になる気はないとのことであった。洗濯乾燥機で悪戦苦闘されていたが、快活な方であった。
カリフォルニアとドイツ出身の男性二人鵜組は楽しそうに料理をされていたが、その危なっかしい手つきに思わず人参を割って入って切ってしまった。出来上がった焼きそばを前にお祈りをささげられていたので、クリスチャンかと尋ねたところ返事の跡に、逆に宗教を聞かれる。慌てて「神道」と答えたところ「ゴッド」はと聞かれて答えに窮してしまう。アマテラス辺りと答えた。
韓国もソウルの女性はアイドル好き。黒い服の着こなしが見事であった。この方も日本語がお上手。愛情が秘訣なのかもしれない。
もう一人の女性はインスタントの唐辛子のラーメンを作られていた。ワンピースと具の白菜の対比が異国感を漂わせる。
台湾の女性もまたアイドル好き。先の宮崎とソウルの女性とで盛り上がっていた。
大阪の女性もいる。イントネーションは違うものの、言葉は標準語であった。
台湾からの男性は朴訥とした喋り。質実剛健を体現している。
熊本から来た男は野暮天。近くの酒屋で仕入れたという地酒三本とポケット瓶一本を呑もうと上機嫌。栓抜きがなく、飲むのに苦戦。
浅草にいた三日のうち、一日を割いて埼玉は草加を訪ねた。この地を訪れるのは二度目であり、学生の頃に市の主催したジュニア文学賞の表彰式以来のことであった。その頃はまだ今のように心の余裕もなかったのか、奥の細道でも最初の宿場であったにも関わらず、草加煎餅を嗜むばかりで歩き回ることをしなかった。それが心残りとなってはや十二年が過ぎ、此度の旅路で憂さを晴らすに至った。
草加宿で芭蕉は、この先に待ち構える陸奥での出会いに対する希望を抱きつつも、手向けに貰った荷物の多さを嘆いた。荷の多さだけは私も変わらぬものであったが、当方は間もなく旅も終を迎える。その対比を思いながら人通りの穏やかな街中を歩けば、現代の社会に彩られた街並みもやや色褪せて見える。途中に設けられた休憩所では無料で茶がふるまわれており、それだけでこの地に残る親切を十分に味わうことができた。そして、綾瀬川に至り芭蕉像の前で一礼をしてから望楼に登れば、綾瀬川にかかる万緑が見事に江戸の風を運ぶのであった。
ただ、この感動に影を与えたのは、日光街道に落ちていた空き缶の入ったビニール袋であった。松原も整えられた道も陸橋も、全ては人々のこの地に対する思いを十分に表している。だからこそ、このうち捨てられた塵芥に一陣の寂寥を感じたのであった。
なお、漸草庵の中は拝めなかった。三度の旅を故キーン氏から誘われたのであろう。
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