首のない天使

男性二人と、ある画家の話

演者不問

5分程度


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「首のない天使」

作者:嵩祢茅英(@chie_kasane)

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- ある美術館の前。チケットを購入する男性


「大人、ニ枚…………(チケットを受け取り)ありがとう」


- チケットを片手に、一人の男性へ駆け寄る


「お待たせ」

「サンキュ。しかし珍しいな、お前から美術館に行こうだなんて」

「んー。今やってる三井鞍吾郎(みついあんごろう)展、CMで見てさ」

「お前、この作家好きだったっけ?」

「んー?興味湧くだろ?億の値がついた、天使の絵」



- 彫刻やキャンバスに向かう三井鞍吾郎


「ダメだ…こんなんじゃない…」

「こんなんじゃないんだ…こんなんじゃ…」

「もっと…もっと…!」



「ガキの頃、二つ上の兄と家の近くにある川へよく出かけた。

たいして大きい川ではなかったが、春先の冷たい水に体が凍ったのを覚えている。

俺たちはよくそこで魚を捕った。


ある日、前日の雨でいつもより水も多く流れも早い川に入った。

川底にあった苔まみれの石を踏んで足を滑らせて溺れた俺は、たまたま通りかかった近くに住む農夫に助けられ、その後、親からこっぴどく叱られた。


川に飲まれ、上も下も分からなくなりながら、苦しさで意識を失いそうになった時、目の前に強烈な光が差し込み視界は真っ白になった。その時、俺の名前を呼んだその人はとても美しい容姿をしていた。

あの時は分からなかったが、ありゃあ天使様だったんだと、後で知った。」



「おお、すごいな…どこを見ても天使の像ばかり」

「三井が幼い頃に見たとされる、天使をモデルとしたものなんだと」

「見た?見たって、天使を?」

「ああ。ほら、ここのキャプションに書かれてる」

「なになに、川で溺れた時に…へぇ…

しかし…(会場にある作品をぐるりと見ながら)

ここまで天使だらけだとある種の狂気を感じるな」

「三井の父親が敬虔なクリスチャンだったことが、更にのめり込ませる要因になったと言われている。

彫刻がしたいと言えば道具を揃え、絵が描きたいと言えば画材を買い与えたそうだ。

父親はそれを宗教活動に利用した。

神は在らせられます。天使様を遣わせ私の息子の命を救ってくださいました、とね」

「フン、胡散臭い事この上ない話だな。

いくら天使をモチーフにしても首がないんじゃあ、なぁ…三井はなんだってこんな不気味なものを」

「首のない彫刻は全て未完成わ失敗作品なんだよ」

「失敗?」

「元々は首もあったんだ。三井自身が壊してる」

「え…これ、全部?」

「ああ」



「亡くなる数年前からは一変して天使の顔、つまり表情を描いた作品が多い。

それで、こんな事を言い出したやつがいる。『これは本当に、幼い頃に見た天使を描いたものなのか?』と」

「ん?実在のモデルがいたってことか?」

「いや…ずっと、三井の側にいたんじゃないかって言われてる」

「…側に?」

「そう、悪魔のような存在が、ずっと側に」



「ぷっ…なんつう顔してんだよ」

「…お前さぁ…(舌打ち)」

「真実は三井本人にしか分からない。

いや…三井も、そう思っているだけかも知れないしな。


天使に執着した芸術家はその実、天使に目を付けられていたんじゃないかって話だ。

幼い頃、溺れていた所を助けた代わりに、その魂を予約されていたんじゃないか、って」

「そりゃ確かに悪魔だな」

「まぁ、何者の仕業かなんて誰にも分からん」

「それはそうなんだろうけど」

「…三井は、溺死だったそうだ。

家の近くの川で溺れて、下流で見つかった。

でもな、靴は川の横にあった」

「…自分の意思で川に入ったと?」

「…さぁね。『謎の死』として今も語り継がれているよ」





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三井:御使(みつかい)から

鞍吾郎:ギリシャ語のアンゲロス(Angelos)から

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【朗読台本集】 嵩祢茅英(かさねちえ) @chielilly

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