使命の日々

 俺は、世界の異物を狩る正義の味方だ。人魚、狼男、フランケンシュタイン、やおびくに、デュラハンなどなど。お伽噺の中にしか存在しないと思われている異形は実在する。それらが人類に害をなす。それを未然に防ぐのが俺たち退友会の仕事だ。楽しい仕事じゃない。大手を振って自慢をできるような仕事じゃない。だけどやりがいはある。だからその日も、勘と経験を頼りに街を見回りに努めていた。そこで、見つけた。

 吸血鬼だ。とある街でいつもと同じように街中を見回っていた。その時に偶然見つけた。

 吸血鬼は基本的に人間の形をしている。伝承で弱点とされているものは多いが、それらが効くかどうかは個体差がある。これといった特定の手段は少ない。だけど人間と見分ける手段が全くないわけではない。奴らは度々ボロを出す。人ではないものが人の姿に化けている。実に巧妙ではあるが、完璧ではない。気が緩んだ瞬間に、人の姿から一瞬外れる。

 俺は見た。視線の先にいる男の目が一瞬、猫のそれのように縦長の瞳孔に変わったことを。人に化ける異形にはままあることだ。だから確信を持って、確認をすべく接触を試みた。まあ、すぐさま退友会だと勘付かれて逃げられたが。

 それでもその姿を頼りに近辺の住人に聞いて回って住居を探し出した。だがとんとん拍子とはいかない。どうやら吸血鬼は人間の子供と一緒に二人で暮らしているらしい。そこまでの情報は得られたが、その家をいくら見張っていても俺が見た吸血鬼は姿を見せなかった。代わりに、情報にはない若い女が出入りしているようだった。吸血鬼は姿を自在に変えられる。あの女が吸血鬼の化けた姿なのかもしれない。だが確信が得られるまでは何もできない。

 退友会は長年人類に対した大きく貢献しているが、日陰の存在だ。組織として公の場で活動できないため、制約も多い。あの女が万が一吸血鬼ではなく人間だった場合、退友会からのフォローは期待できない。俺は人類の法に則って逮捕され、裁かれるだろう。だから確たる証拠が必要だった。そのために家にべったり張り付いて、外出があれば尾行した。

だが今日に至るまで成果は得られていない。

 応援を呼ぼうにもそこに吸血鬼が潜伏しているという確たる証拠がなくては申請は通らない。だからこうして一人、限りあるリソースの中で寝食を削って確信が得られる瞬間をじっと待っているしかない。うんざりする。うずくまって道端で頭を抱える程度には。参っていた。だから接近されるまで気づかなかった。


「大丈夫ですか?」


 頭上からかけられる柔らかな声。それに驚いて顔を上げる。

 少女だ。目深に被った野球帽と黒縁眼鏡のおかげではっきりその目を見ることはできない。身体にフィットしたTシャツと短パンのおかげでよい身体つきをしていることがわかった。まだ二十歳にはなっていないのだろう。美女というよりは美少女と形容する方が正しそうだ。

 あの吸血鬼が化けているのでは、と一瞬考えはした。だがすぐに打ち消した。吸血鬼はプライドが高い。能力的に格下の人間に対してだまし討ちなんて卑怯なことはしない。だから可能性から除外した。


「うん、大丈夫。ありがとう」


 道端でうずくまっている男なんて怪しいだけだろう。通報されなかっただけでも儲けものだと考えるべきだ。

 連日の張り込みで疲れているせいもあって笑顔はぎこちないものになる。幸い不自然には見えていなかったようで、彼女はこちらと同じようにぎこちない笑みを返してきた。

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